019 黒鼻外道

「ほお」

「マスターに向かって、こいつ……ッッ」


 ぐいっと髪が引っ張られる。


「あ……うッ」

「さっさと全部、吐けってんだ!!」


「やめろ」

「死にたくなければよぉ――」


 パァンッ、という弾けた音と焼けた匂いと共に、アンナの背後にいた下っ端が倒れた。

 泥に流れてくる赤い液体が、白光の下に見えてくる。


「やめろっつったろ……――悪いな、続けろ」


 ごくり、と息を飲む。

 理解していたつもりだった……それでも、こうも近くで実際に人が死ぬ場面を見ると、唇が震える。


 覚悟が揺らぐ。

 次に倒れているのは自分なのかもしれないのだから。


 鎖が手足を縛る。

 ここは敵陣地のど真ん中。


 アンナを狙うのはマスターであるピエロ・ブラックだけではない。

 彼が統率する、ギルド全員だ。


 そこには釣針尻尾団の三人も含まれている――今、この場にいるかは分からないが、仮にいたら容赦なく手を下すだろう。


 彼女たちは仲間想いであっても、損得勘定を優先させる。

 アンナには知らされていない、果たしたい目的があるように思えたのだ。


 あの三人は、そのためなら互いをも犠牲にする、そう思わせる覚悟があった。


「どうした? 続けていいぞ」


「…………。きっと、なにをしたって、メアリーを慕う一割未満の人たちは裏切らないって、言えるよ。たとえ、モンスターを町に放って恐怖を植え付けて、それをこれから先、脅しに使おうとしたところで――絶対にっ!」


「そうか。まあ、そうだろうな。胡散臭い投資家の方は、いくらか脅して引き込めるが、夢魔の方となると奪えるライセンスのボーダーラインに達しているからなあ。見込みは薄かった。予想もしていたから驚きもねえが」


「…………結果が伴わないって、分かっていたの……?」


「伴わない、とは思ってねえよ。可能性が僅かだが、あると思ったから高い買い物をしてまで実行したんだ。予想はしていたが、予想通りに失敗して残念だ」


「たくさんの人が……だって、モンスターに……ッッ」

「もしかしたら死ぬかもな。でもよ、そこに俺の仲間はいたのか?」


 彼が、まあ、と吐き捨てるように、


「いたとして、だ。巻き込まれて死ぬような役立たずはギルドに必要ねえよ」


 バロック・ロバートも、ライト・メアリーも、敵には厳しくとも仲間には優しい。


 そこだけは揺るがない。

 だからこそついてくる人たちがいる。


 だけど、ピエロ・ブラックは、その二人とはまったく違う。


「…………外道」


 かつてピエロ・ブラックの下にいたとは思えない評価だ。

 ぼそっと呟いたアンナの一言を、離れた彼は聞き逃さなかった。


「そりゃあそうだろう。俺は天下を引きずり下ろす、黒鼻外道だぜ?」



 アンナから、これ以上の情報を引き出せないと悟ったピエロ・ブラックが嘆息し、


「……残念だ。反抗心が消えてねえみたいだし、そんなお前を手元に置いておくとこいつらの士気に関わるだろうしなあ……」


 アンナを囲むギルドメンバーたちから向けられる視線には怒気と殺気が含まれていた。


「一度でも裏切った者は簡単に繰り返す。目の前にぶら下がった餌に飛びつくように、ころっとな。たとえここで俺が許しても、見えないところで闇討ちされるだろ。納得がいってねえ奴がいるみたいだからな。止めないぜ? ここはそういう場所だと分かって、お前は俺と手を組んでいたんだろ?」


 理由は様々あるが、都市から拒絶されたはずれ者の集まりであることに変わりない。

 路地裏に棲みついた者たちは、同類であるからこそ仲間意識が強いのだ。


 だからこそ、誰かが勝手に日の当たる場所へ進んでいくことを絶対に許さない。


 結局のところ。

 巡ってきた幸せに選ばれる誰かを、羨んだのだ。


 そういう予感を、アンナから感じ取った者が逃がさないと敵視している。


 だけど、それはつまり、誰もが幸せを願っているということだ。


 できることなら。

 薄暗い世界じゃなく、日の当たる場所で当たり前の生活をしたい――。


「……こんなとこで、みんなで集まって、徒党を組んでるだけだから……なにも変わらないままなんだ……ッ!」


 集団でも、個々が持つ力でもいい……現状を変えようと努力をしていたなら……。

 都市の四割五分の人数を手中に収め、支持を得ていながら――どうして!!


「人を嫉んで傷つけて……っ、そんなんじゃあ、誰も救われないでしょおっっ!」


「あのなあ」

 と、ピエロ・ブラックが呆れたように、


「そんな道、とっくのとうに通ってんだよ、バカが」



「たっだいまーっ! って、なーんか重たい雰囲気ー?」


 ぱんぱんに膨らんだ袋を担いで、金髪の少女が白光の下に現れた。

 遅れて、同年代の黒髪の少女と緑髪の少女が追いついた。

 同じく袋を担いでいる。


「ん? アンナじゃん。なーんだ、こんなとこにいたんだ。てっきりモンスターに襲われて殺されたもんだと思ってたけど」

「…………」


 敵味方という関係だが、奇しくも釣針尻尾団が注目される光の当たり方だ。


「マスター、お土産」

「……ああ、そこに置いてくれれば後で見る」

「嫌。いま見て」


 太くごつい剣が、ピエロ・ブラックが座っている、高く伸びた台座の根元を狙った。


「下りてこないならこれ壊す」

「やめろっ。分かった、見るから壊すんじゃねえ」


 ピエロ・ブラックでさえ手を焼く三人娘だ。

 アンナとは違い、裏切るつもりはないようだし、忠誠を誓うためか、こうやってよく手土産を持ってきている。


 金銀財宝から他の領土の特産品まで、人員補充のためのメンバーの引き抜きなどもこなしている。

 手を焼くが彼女たちの貢献度も高い。

 そのため、ギルド内でもよく目立っていた。


 裏切ったアンナは元々影が薄く、仲間はずれにされていたせいか、ピエロ・ブラックでさえも微かに記憶に残っていたくらいだが……。


 五メートルの高さから飛び降りたピエロ・ブラックが地面に着地すると、周囲に風が吹き抜けた。

 ベルとダリアは普通に立っていたが、近くにいたら吹き飛ばされる勢いだ。


 実際、アンナの体が浮き上がる。

 じゃらら、と鎖が地面と擦れるも、すぐに音が止んだのは後ろでステラが支えてくれていたからだ。

 そんなステラも同じく、吹き抜けた風ではぴくりとも動いていなかった。


「マスターっ、喜んでくれる!?」


 言われるがまま、袋に手を伸ばしたピエロ・ブラックが眉をひそめた。



 



 その隙間から、やってくる。



 短刀を握り締め、レベル99に無謀にも挑む、

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