007 レベル・アンロック
「待ってろ……」
チッ、という火花が眼球の奥で瞬いた。
一度だけでない――間隔を開けて、再び。
やがて、間隔が狭まっていき、果てに導火線を辿るように、眼球の奥から脳へ。
視界に亀裂が走っていく。
世界が変わっていくように、破片がぼろぼろと崩れ落ちる。
見えている景色は同じだった。
しかし、もう以前のようにアンナを目の前にしても、天変地異を起こす覚醒者に立ち向かう自分に、引け目など感じていなかった。
『レベル・アンロック』
無意識に、カムクが呟いていた。
そして。
地面に縫い付けられていた感覚が軽くなり、今のカムクなら簡単に立ち上がれる。
「え……、な、なんで!?」
立ち上がったカムクを、信じられないとでも言いたげにアンナが動揺する。
その隙に、立ち塞がる彼女の横を駆け抜けた。
平原の上を走る、というより跳躍し、数十歩分を一歩で潰す。
風を切る速度は、体感で言えば馬よりも速かった。
「……足が軽い。しかも、全然疲れない――」
多分、胸の傷がなければもっと速く走れただろうが、充分だ。
自分の体に起きた異変のカラクリは分からないが、それよりも今は、プラムである。
プラムを運んだ象と、商人を乗せた象が並んでいる。
立ち止まって、商品であるプラムを引き渡しているところだったようだ。
「ご苦労だったな、お前たち。こいつは久しぶりに良い値がつきそうだ」
袋に詰め込まれた、目隠しをされ、口を塞がれた少女は抵抗をしなかった。
できなかった、と言うべきだ。
「あ、でもその子、呪い持ちなんだけどね」
「そんなもの、こっちでどうにでもなる。あえて呪わせたまま売るのも――いや、それは勿体ないか。完成品で充分に稼いでくれる商品だ、下手なことはしない方がいい」
商人が現金をベルに手渡した。
「おー! いつもより多いー!!」
「お前ら、手数は少ないがこうして質が高い商品をきちんと納品してくれるからな、まあこれからもよろしく頼むってことで色をつけておいた。ピエロさんも喜ぶと思うぞ」
「ありがとうおじさん!!」
「……一応、お前らの上司なんだが……。今更か。で、商品とは別に、戦闘員も補充できるって連絡があったが」
「それはアンナと一緒にいる。その商品の子のことを大事にしてるから、従えば返すって取引すれば、馬車馬のように働いてくれるはず」
「おいおい、こいつはすぐに売れるのにか?」
「会わせる必要はないでしょ。どうせ買うのは有権者だろうし、たまに遠くから眺めさせるだけで、効果はあると思う」
淡々と企むダリアに、人を売り買いしている商人の方が引いていた。
「……向いてるよ、お前ら」
なにに、とはわざわざ言わないでも、なんのことかは誰もが分かっていた。
「じゃあ引き続き頼むぞ。商品はいくらあっても困らないし、人員も猫の手も借りたいくらいにすぐに不足するからな。最近は『夢魔』が本人自ら動いているみたいだ、奴らに先を越されるなよ」
「ほーい」
「ったく、返事くらいはちゃんとがぶぁ!?!?」
と。
勢いよく蹴り飛ばされた商人の体が、平原を何度もバウンドして、豆粒ほど小さく見える場所で止まる。
彼が持っていた袋は反射的に真上へ放り投げられており、遅れて落下するが――その落下地点には既に人影があった。
落下してくる袋を掴んで引くと、中に入っていたプラムが顔を出す。
両手両足を縛られ、目と口を塞がれていた少女の細い体が少年の腕の中に収まった。
片手で目隠しと、口の布を取る。
「遅れて、ごめん」
幸いと言っていいのか、気を失っているプラムは、攫われる恐怖を覚えていなかった。
ただ、気を失っているということは、体調が良くないことを意味しているので、喜ぶべきことでもない。
「……あ」
「きたねきたね、カームクぅ!!」
ダリア、ベルが反応を示し、
「アンロック状態、確認したよ」
ステラが機械的に情報を読み上げた。
そして、カムクが三人を一瞥し、
「――この喧嘩、買ってやる」
釣針尻尾団――団員。
フー・ダリア。
剣士クラス……レベル13
アスター・ステラ。
魔法使いクラス……レベル10
チャーミング・ベル。
武闘家クラス……レベル12
これが、彼女たちが知る己のステータスである。
対して、カムク・ジャックルと言えば。
彼に自覚はないが、現在、ステータスがアンロックされた状態だ。
俗に言う、覚醒者になったと言える。
もちろん……レベルは、1である。
早速、飛び込んだのはダリアだった。
太い剣をカムクに向けて容赦なく振り下ろす。
その刀身を両手で挟んで、カムクが止めた。
両肘が肩よりも上にあることで懐ががら空きになってしまった。
狙ったのか、偶然か、カムクが剣を止めたことに目を見張っていたことから、計算ではなかったようだ。
カムクの隙を突いたのがベルだ。
がら空きの懐に潜り込み、胴に向けて蹴りを放つ。
身の丈がそう変わらない少年の体が、勢いよく後方へ飛んでいった。
しかし、
「……手応えがない」
不可解な表情でベルが漏らす。
「蹴られる瞬間に、後ろに跳んで威力を弱らせた……?」
ダリアが独り言のように呟いた。
「あれが、レベル1……?」
ネタばらしをしてしまえば、ステラは人のステータスを盗み見ることができる。
彼女はカムクのレベル1を疑ってはいなかった。
覗いた結果、レベルは確かに1だった。これを誤魔化す方法は発見されていない。
だから、彼女が驚いたのは、細かい数値の方だ。
筋力、魔力、知力、体力、精神力など……細分化された項目にそれぞれ数値がある。
レベルと比例して上昇していくものだが、レベル1であるカムクの数値は、一般的なレベル1とは比べものにならないくらい、高かったのだ。
レベル差がある彼女たちと匹敵するほどの数値が刻まれていた。
「これは、まるで……」
「ステラ! 支援して!!」
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