023 解放軍
「――真面目に卑怯な戦い方を教わってるって、変な言葉だね」
「卑怯なんて非難は弱者からしか出ないよ」
ダリアの言葉に、ベルが首を傾げた。
「強者は相手の策を押し潰して勝利を手に入れるから」
「そっかー。確かにあたしたち、卑怯者っ、って言ったことないもんねー」
町中で堂々と、ギルド内での領土戦ならぬ模擬戦を眺めながら、ステラが呟く。
「……アンナ、どうしてるかな……」
プラムとカムクが抜け、ライト・メアリーの元で一人きりになっているはずだ。
三カ所でばらけた方が収まりはいいかもしれないが……別にケーキを三分割して取り分けているのではないのだ。
一カ所に二人が移っても構わない。
アンナのことだから、誘われたら当然、そうでなくともカムクについていきそうなものだったが、実際はこうして残留している。
……ステラはそこが気になったのだ。
「あの人にもっと近づく、チャンスじゃないですか……!」
後悔しても知らないですから、とは、彼女にとっては過ぎた言葉だろう。
「ついていけば良かったのでは?」
緑色のガラス瓶の彼女――グリガラにも同じことを言われていた。
アンナが用意された朝食を口に運びながら、
「……これでいいの」
そう、これがいい。
もしもアンナがカムクの元にいけば、対立が二分化することになる。
プラムとカムクは別に対立しているわけではない、とは言え、形だけでもバランスは取っておきたかった。
全てが終わった時、また三人、一緒でいられる居場所に戻れるように――。
三人一緒。
つまり、
……アンナは、そっちを選んだのだ。
ごちそうさま、と言って席を立つ。
最近はメアリーの姿が見えなくなってすれ違いが多くなっている。
グリガラが言うには、夜中には帰ってきているらしいが……さて、一体どこでなにをしているのやら……。
ともあれ、アンナはメアリーの指示通りに領土戦をこなしながら、二人が抜けた穴を補うために、今日も奔走する。
幸いにもピエロ・ブラックがカムクに敗北したことで彼のギルドメンバーの一部が分散し、メアリーのギルドに流れた者も多い。
戦力補填以上に、増強できている。
あとは路地裏生活をしていた彼らに、普通の生活に慣れさせるところから始めなければならないため、主にアンナが奔走している理由がそれだったりする。
……たくさんの小さい子供を相手にしているくらい大変だ。
良くも悪くも領土内が活気づいていて、面倒ごともあるが、着実に景気は良い方向へ転がっているのだろう。
勢力図が変わり始めている。
……それでもまだ、バロック・ロバートの一強なのは相変わらずだったが。
拍車をかけたのが、一人の少女の存在だった。
「…………プラム」
扉を開けたタイミングで、飛んできた烏から新聞を受け取り、広げる。
『世界最速で剣士から魔剣士へ!? 弱冠十五歳の天才少女、プラム・ミラーベル』
そんな見出しと共に、彼女の姿が載っていた。
カメラに向かって笑いかけている――でも。
「……全然、笑えてないよ……っ」
突き進む者、
追う者、
過去を取り戻したい者、
三者三様が抱く理由で強さを求めて邁進する中で、ひっそりと、と言うには大胆だが、水面下で動く者たちがいた。
情報規制により知る者はごく一部だが、その存在は上位も下位も関係なく全ライセンスにとっての『敵』である。
彼らはこう名乗っていた。
――『解放軍』、と。
青い爬虫類のような皮膚を持つ、二足歩行の生物。
モンスター……と呼ばれることを彼は嫌い、否定する。
自分はモンスターではなく、『獣の民』である、と主張してもう長い月日が経った。
――二メートルを越える体躯が、積み重なった岩場の上に座っている。
頭から尻尾の先までの一列だけ、逆立った毛が生えていた。
八重歯、と呼ぶには巨大で長い牙が、顎の下まで伸びている。
そんな彼が新聞紙を広げようとした時だ。
入口の滝の水を遮る音が聞こえ、複数の足音が近づいてくる。
「――失敗だよ、軍隊長」
足を失った仲間の体を支える小柄な体躯が見えた。
「……死者は……?」
「三人だ……すまない、助けられなかった……ッ」
青い爬虫類のような皮膚から流れている仲間の赤い血を見て、彼が目を伏せた。
……人間にとって、オレたちが歩み寄ることはそんなにも不愉快なことなのか……ッ。
「オレが、あの場にいっていれば……ッ」
「なにか変わったと思うか?」
大きな変化は望めないだろうが、死者数を減らすことはできたかもしれない。
「お前が死んだら元も子もないだろ。お前がいてこそ、オイラたちが動けるんだ。モンスターじゃなく、獣の民であるお前の考えがなくちゃあ、人間との共存は望めない」
「お前が出るのはここぞって時だけだ。そのために今、対話の場を整えようとしてんだからもう少し待ってろ。犠牲もやむを得ないってな……いくらか死者数を出して、それでもオイラたちが手を出さないことを相手に証明できれば、対話くらいしてくれるだろ」
「……本当に、そう思うか……?」
無意味に死体を積み上げるだけになるかもしれない……そう思ってしまった。
「もしも、人間側がそれでもオイラたちを利用するだけ利用し、用済みになったら殺処分するって言うなら――、もう共存なんか求めない方がいい」
それは、モンスター側でも意見が割れている『支配派』へ移ることを意味していた。
解放軍の中でも共存派と支配派で対立している。
「オラ……、隊長さんが言う、昔の世界に、憧れてたんだ――」
足を失った仲間がたどたどしい口調で必死に伝えようとしていた。
「たまに、いたんだ、オラたちにも優しくしてくれる、人間が……」
知っている。
でも、そんな少数派もやがて自分たちをモンスターとして忌避するようになる。
そう、誘導している者がいるのだ。
……彼らが長年、対話を求めている相手……バロック・ロバートである。
「その子たちと、仲良く暮らしたい……そのためにっ、隊長さんには最後まで、生きていてもらわないと困る、ん、だ……っ」
「…………分かってる」
「支配派に移るかどうかは、お前が決めればいい。冗談半分だが、半分は本気だぞ。一枚岩でないからこそ可能性があると踏んだが、もしも一枚岩で頑なに拒むトップの意見が下に反映されて変わらないって言うなら、一旦、壊してみるのも手だ」
バロック・ロバートを殺すことで、覆らない意見をこちら側で覆す、ということか。
だが、彼を殺すことで、モンスターへの嫌悪が増大する可能性がある。
そうしかならないだろう――。
彼だけがいなくなることで、印象操作が上手くいくならいいが、さらに対立が強固になってしまえば再び殺す相手を積み上げることになる。
それだと共存から遠のくばかりだ。
「真摯に頭を下げ続けるしかない。無害だと訴え続けるしかない」
「たとえ、殺されても、か……?」
「そうだ」
仲間の言葉に、くしゃ、と顔を歪めた。
「おいおい、軍隊長がそんな顔をするなよ。お前はどんと構えて待っていればいい。それに、忘れるな。対話を取り付けた後は、今度はお前の番だからな」
仲間が命懸けで手に入れてくれたチャンスを、みすみす手放すわけにもいかない。
解放軍の軍隊長として、気を引き締める時が必ずくる。
「ああ……! みんなを、信じてる」
「ったく、頼むぜ。オイラたちの英雄、ゴーシュ軍隊長」
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