017 レベルが与える影響

 同時刻。

 都市に二体の巨大なモンスターが姿を現した。


 外壁が破られた形跡はなく、かと言って空からの侵入を目視した者もいない。

 最も可能性があるとしたら地中からだが、巨体が通るほどの穴もこれまた発見されていない。


 この二体は迷い込んだのではない。

 元から外壁の内側にいたのだとしたら……?


 ――町に響いた甲高い悲鳴に、領土戦が一時中断した。


「……今のは?」

 

 カムクが視線を音の方向へ逸らす。


「勝負をなかったことにする小細工を相手にするつもりはない」

「お前も悲鳴を聞いただろ! 攻撃を止めたのが証拠だろうが!」


 ダリアが振りかぶった太くごつい剣が、カムクの視線の先にある。

 彼女に馬乗りされているため、避けたくても身動きが取れなかった。


 悲鳴を聞いて、カムクとアンナ以外のギルドメンバーが一斉に動き出した。

 ダリア、ベル、ステラとの領土戦をおこなっていたのがカムクとアンナだけだったのが幸いしたようだ。


 いや、お前らも一緒に戦えよ……、と内心で文句を垂れたが、相手がレベル20であると知ったら戦意が削がれたようで、味方が次々と辞退したのだ。


 たとえたった1の違いだったとしても、レベルが上の者には絶対に勝てない。

 そういう風に教えられていたようだが……それを間違いだ、とも言いづらい。


 知恵と工夫でどうにかなるなら前任者がいるはずだが、その事例もないのだ。

 数字による差は絶対的な実力差を生み出している。


 事実、カムクは以前、彼女たちから逃げ延びたが、勝ったわけではない……。

 ステラの厚意に甘えただけである。


「わっひゃー、人ってこんなに簡単に吹き飛ぶんだねー」


 ベルが興味津々に屋根の上に立って言う。

 望遠鏡のように両手で筒を作って、できた穴を覗き込んでいた。


「まるで人の雨って感じ」


 ごっ、ぐしゃっっ、という不快音が連続する。

 ごきんっ、と背筋が凍る音も、中には混ざっていた。


 身動きの取れないカムクは夜空を通り過ぎる彗星を見ているかのようだった。

 だが、願いごとの大盤振る舞いのように通り過ぎていくのは星ではなく人間である。


「おい……、なにが起きてんだ!?!?」

「猪のモンスターが、人を吹き飛ばしてこっちにきてるみたい……だって」


 隣に立つステラが、屋根の上から遠くを観察しているベルからの情報を伝えてくれた。

 やがて、屋根の上のベルが逐一状況を伝えなくなった――必要なくなったからだ。


 高低差による情報の届き方が一致したのだ……地上にいるステラが目視できる場所まで猪のモンスターが到着した。

 人の群れに突っ込んで大人も子供も吹き飛ばし、建物を根こそぎ崩した巨大な猪。


 地響きと共に地面に亀裂が走る。

 背中を地面にぴったりくっつけているカムクは誰よりも揺れを強く感じた。


「――おい、いつまで上に乗ってんだよ!?」

「勝負からは逃がさない」

「状況を考えろ!!」


 口数少なく普段はおとなしいくせに、意外にも好戦的である。

 これで根に持つのだから、厄介なこと極まりない。

 レベル差があるのだから、簡単に勝てるカムクにこだわる理由も分からない……。


「カムクは特別」

「おれには…………ないだろ。レベルだって全然上がらないしな。プラムの方が――すぐにいま以上に突き放されるだろうし……」


「レベルがそんなに重要だと思うの?」

「そりゃ……そうだろ」


 レベルが1上がるだけで変わるのは強さだけではない。

 人からの目、態度、信頼、信用……言葉が持つ効力や名前などの浸透力も変わってくる。


 レベルを上げれば散々威張っていた相手に媚びへつらわせることも可能だ。

 何度もお願いしていても決して首を縦に振ってくれなかった相手を頷かせることも。


 ――努力も。


 ――想いも。


 数字が変わることで、あらゆるものが変化していく。


 ――残酷に否定されていく。


「レベル7のおれは、レベル8のやつにはどう足掻いたって勝てないんだろ」


 口ではそう言うものの、ダリアに向けた敵対心が失われていないことを自覚するに、まだ諦めていない……諦められないのだろう。


 たった一つ、レベルに差があるだけで今まで積み重ねた努力がなんの意味もなく、才能でまとめられて追い抜かれていくのだと、思いたくなかった。


 だから認めず、踏ん張り続けている。


「あっそ」


 話を振っておきながらさっぱりとした様子で、ダリアが猪を指差した。


「あれ、カムクと同じレベルだし、戦ってみれば?」

「いいね、それ! 面白そう! あたしはカムクが勝つに、夕食のメインを一品っ!」


 ベルの賭けごとの提案にダリアも乗った。


「じゃあ、猪にする」

「うちもカムクかな」


 さり気なくステラも参加した。

 こういうところはベルとダリアと気が合うらしい。

 常識人に見えるのは、後の二人に比べたら――なのだろう。


「アンナは――」


 ふと、ベルが見回して、見慣れた赤髪がいないことに気付く。

 そもそも、もう釣針尻尾団ではないのだ。


「ま、三人でいっか」


 と、あっさり流したものの、たとえもう団の一員でなくともこの状況なら気にしておくべきはずだが、ベルの大雑把な性格ゆえに見逃されていた。


 領土戦に参加していながらいつの間にか姿を消していたアンナは、今どこに?



 薄暗い路地裏に、今に限れば日が差していた。

 そこに置かれていた、解錠された大きな鉄格子の箱の中にはなにもない。


 蓋が倒れており、促すように向かうべき先を示していた。

 建物に巨大な穴が開いており、先を見通せる。

 その大きさもぴったりだった。


「あのモンスターは……誰かがわざと逃がしたモンスターってこと……?」

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