024 青と赤、白い帽子

 青い爬虫類の皮膚を持つ、トカゲを素体とした他の獣との混合種を『ブルーシリーズ』と呼ぶ。


 たとえば、膨らんだ胸筋と腕を持つ獣が混ざったトカゲは、タイプ:コングと呼ばれるものだ。


 長い牙を持つ軍隊長は、タイプ:サーベルタイガー。


 仲間を支えていた小柄なブルーシリーズは、タイプ:ミーアキャットである。


 解放軍の中で共存派に属する者たちが、主にこれだ。


 そして、対立先の支配派に属しているのが、解放軍内で双璧をなす赤い爬虫類の皮膚を持つトカゲたち――、

 彼らは『レッドオプション』と呼ばれていた。


 彼らは拠点を持たない。

 外壁がなくとも気にしないようで――野晒しになった森の中。


 焚き火を中心にして、赤いトカゲたちが輪になっていた。

 夜の帳も下り、すっかり暗くなった頃、である。


 ――静寂を破る、茂みをかき分ける音に、警戒して立ち上がった者たちがいた。


「座れ。敵じゃあない」


 茂みから姿を見せたのは、白いローブと帽子を纏う、二十代前半の人間……女だ。


「――ライト・メアリー」

「はぁい、調子はどう? レッドオプション」


「……最悪だ」


 と答えたのは、ゴーシュと同じ軍隊長を任されている男だった。


「いつまで待たせんだ? 一ヶ月以上もだ。準備に手間取るとは思えねえな。あと一日でも遅れれば、てめえが裏切ったと判断して殺しにいくところだったんだがな……」

「あたしを殺したら誰がティンバーゲンにあんたたちを手招くのかしらね。力のごり押しで壁の外側からいくら攻撃しても突破できないから、信用できないあたしと手を組んでいるんでしょうに」


 チッ、とレッドオプションが舌打ちをした。

 そう、メアリーの言う通りなのだ。


 バロック・ロバートの防衛は完璧だった。

 外壁の各地点に、常駐している上位ライセンスがいる。

 しかも下っ端ではない、レベル50以上の強者たちだ。


 一対一ならまだしも、外壁を利用された高低差、身を隠すための強固な壁を目の前にしたら、捕食によって強化されたレッドオプションでさえ、突破できなかった。


 壁を越えて都市に入るには、別のアプローチが必要だと考え、そんな時にライト・メアリーの方から接触があったのだ。


 取引、と言うよりは。

 目的の一致である。


 解放軍の支配派の目的は、もちろん、人間の支配だ。

 ライト・メアリーの目的は、あの時から変わっていない――ただ、一つ。


「裏切るわけないじゃない。あたしにとってバロック・ロバートを殺すことは、生きることよりも大事なことなのよ」


 言いながら、彼女が取り出したのは、緑色の液体で満たされたガラス瓶である。


「全員分を用意するのに時間がかかっていたのよ……たった一つを作るのでさえ膨大な時間がかかるんだから。もう……少しの遅れくらい大目に見なさいっての」


「これは……?」

「試した方が早いでしょ。食え」


 渡された不気味な液体を見て、まず毒だと思ったらしく、トカゲの顔が歪んだ。


「たとえ毒でも死なないでしょう? 毒を持った生物に変化するだけなんだし」


 ――それが、『レッドオプション』、彼らが元々持つスキルである。


 不気味な液体に臆する者が多い中、やはりと言うべきか、一番最初に瓶を噛み砕いたのは軍隊長である。

 甲高い破砕音に、周囲の視線が一気に集まった。


「ここまで待ったんだ。突き返して終わりじゃあ、元が取れねえ」


 一気に液体を飲み干した彼の体が、やがて…………、小柄な少年のそれになる。

 ところどころ、赤い爬虫類の皮膚は残っているが、ぱっと見ただけでは普通の少年だ。


 ……もしも。


 彼と手を繋ぐメアリーに「この子は新しい仲間だから」と言われたら、外壁を守る門番は少年の姿をしたモンスターを疑うだろうか?


 ……疑えない。


 以前にも一度、メアリーの言葉でカムクを疑いもせず壁内に入れてしまったのだから。


 ――甲高い破砕音が連続する。


 この場に、赤いトカゲの姿は、もうどこにもいなかった。



「……なるほど。ルヴィ・メアリー。これが、お前が復讐を決意した原因か」

「ッ! ……どうして、あんたが、その名前を……っ!?」

「オレの記憶じゃあ、ねえな」


 予想するに、捕食した緑色の液体にその情報が詰まっていた――のだろう。


「で、お前の名が、ライト・ブルーフラワー」


 彼が、メアリーの以前の名を言い当てた。


「ブルー、ね。気に喰わねえ名前だ。――途中で躊躇う甘ちゃんじゃねえことを祈るぜ」


 …………そして。




 襲撃が。

 始まる。

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