014 三人の輪
レベルが10を越えると、どのクラスであっても『他人のレベルを見ることができる』スキルを習得できる。
アンナが見たプラムのステータスは、レベル15の剣士クラス。
細かい数値が刻まれているものの、比較がないので数値がレベルに見合っているのかどうかは分からない。
ちなみにアンナの場合は、レベル12の魔法使いクラスである。
元々レベル11だったので上昇値は三人の中で最も低い。
だが、アンナに才能がないのではなく、スライムをぷちぷち潰して経験値を得ることがそもそも効率の良い方法ではない。
経験値数が少なく時間もかかる。
壁の外に出てモンスターを狩る方がもっとたくさんの経験値を得られる――アンナには、モンスターに手をかける抵抗はなにもない。
だが、足並み揃えて三人で鍛錬をしているため、抜け駆けはしなかった。
今になってみれば、仮に一人でモンスターを狩っていても、差はそう詰まらなかっただろう。
プラムが異質過ぎるのだ。
レベルが上がるのが、早過ぎる。
「…………」
「クーくんは?」
それに比べて、
カムクは、レベルが上がるのが遅過ぎる。
プラムと比較してしまっているせいだとも思うし、下位から上位ライセンスへ覚醒した者も、そこから先の才能が一切なかった、という場合も珍しくない。
レベル1から2に上がる必要経験値数は基本的に少ないが、それも人による。
得られる経験値数が少ないのか、レベルが上がる必要経験値が多くなっているのか……分からないが、カムクが一番、伸び悩んでいるのは確かだ。
必死に食らいついて離さないように、毎日、夜通しでスライムを倒し続けている。
あれじゃあ体が持たない……でも、多分、それ以上に……。
……焦ってる、んだろうなあ。
置いていかれたくない、とはまた違うだろう。
きっと、プラムを守れない自分の弱さが許せなかったのだ。
「まだやってるんだ。よく飽きないね、クーくん」
カムクを見ていたプラムの視線が、いとも簡単に部屋の中へ戻った。
「グリガラちゃーん、お腹空いたー」
『はいはい、すぐに用意しますから席について待っていてください』
……たった一週間、のはずだ。
アンナを連れ帰ったカムクに対してプラムが妬いて、じゃれ合うような喧嘩をして、お互いに素直になれない様子を外から見ていたアンナだからこそ、変化が顕著に分かる。
今、二人は喧嘩をしているわけじゃない。
普段と比べても口数はそう変わらないし、気遣いもある、互いに興味がなくなったわけではないのだろう――でも。
大人になったのだと決めつけたら、寂しい結果でしかない。
これが大人? だったら子供のままでいいと誰もが言う。
二人の内心に変化があった。
どっちかが変わったのではなく、二人とも変わったのだ。
しかし、互いに相手への見方を変えたわけじゃない。
前向きな変化だと言える。
カムクはプラムへの想いは変わらず、自身の評価を下げ鍛錬に取り組むようになった。
プラムは以前の呪いのせいで低かった自己評価を、元に戻した。
……そう、自分に自信が持てたのだ。
だが、前向きな変化が、二人の関係のバランスを、僅かに崩してしまったのだ。
誰が悪いわけではない。
強いて言うなら、タイミングだろう。
二人の変化が重ならなければ、歯車が上手く噛み合っていたかもしれないのだから。
カムクのレベルが7に上がった。
だが、レベル6に上がったのが三日前で、まともな休憩も取らず睡眠時間も毎日三時間もない。
疲労を蓄積したまま意地だけでスライムを倒し続けて……やっとのこと、1レベル上がった。
すぐに再生するスライムに、「待て」と手の平を突き出して、背中から倒れる。
銀剣を離すと、手の平のマメが潰れていて、血まみれだった。
握り始めて一週間……大分マシになったものの、まだ重く感じる……。
同じ銀剣を持つプラムは軽々と振り回していると言うのに、だ。
剣士クラスのカムクは、プラムの背を追いかけていることになる。
彼女の背は小さくなるばかりで、カムクに立ち止まることを許してくれなかった。
「一分だけ……」
ふっ、と、意識が落ちかける……。
すぐにはっとして、体を起き上がらせた。
目を瞑れば、一瞬で眠れる自信があった。
だから決して、まぶたを下ろしてはならないと言い聞かせている。
……横になるとダメだ、座るのも危ない……、寝ようと思えば、立ちながらでも眠れるが、スライムを相手にしていれば眠気も多少は忘れられる。
銀剣を拾おうとして手を伸ばし……あれ……?
すぐ傍にあった剣はどこに?
久しく聞いた、剣が鞘に収まる音を聞いて視線を向けると、アンナがいた。
未だにその赤髪を見る度に構えてしまうトラウマが忘れられない。
「もう休みなよ」
「……そんな時間なんかないんだよ。早くお前に……プラムに追いついて、おれが前を走っていなくちゃ……守れない」
剣を受け取ろうと手を伸ばすと、ささっと、アンナが剣を背中に隠した。
「……おい」
「寝て」
彼女が固い石の地面に正座をして、ぽんぽん、と膝を叩いた。
「しないなら、剣は返さない」
「……いいから、返せよ」
アンナから力尽くで奪うつもりで手を伸ばしたカムクだったが、伸ばした手が掴まれ、ぐんっ、と引っ張られる。
両足が浮いたカムクの顔がアンナの胸に受け止められた。
思わず忘れてしまう。
少年少女の体格差ではあるが、実際にはレベル12と7という中身の差がある。
後者のカムクでは、アンナがその気になれば逆立ちしても手に負えない戦力差と言っていい。
着やせするタイプなのか、顔面から感じ取れた、ぎゅむ、という感触は、カムクを夢の世界に誘うには充分過ぎる効力があった。
甘い匂いはプラムに似ている……カムクは当然、別だが、プラムとアンナは同じベッドで寝ている――そうでなくとも同じ生活をしていれば匂いが似るのも不思議ではない。
「焦らなくていい。カムクが無理をして倒れたら、本末転倒だよ……。私はね、今のこの三人の輪が、とても大事だから――」
気付いたらベッドの上にいた。
ここ数日間、まるで鉄の塊を体中に巻き付けているかのような倦怠感があったが、嘘のように全て消えていた。
体が軽い。
今なら銀剣を軽々と振り回せそうだと思って部屋に立てかけてあった剣を持つが、勘違いだったようだ。
普通に重たかった。
振り回せないことはないが、軽々とはいかなかった。
「随分とぐっすり眠っていたのね」
一階に下りると、三人が食事をしていた。
ガラス瓶の彼女を入れたら四人だが、彼女は食事を必要としないため、棚の上の定位置にいる。
おはようございます、と彼女が食器の音を立てて朝食の準備をしてくれる。
グリガラ。緑色のガラス瓶、という安直な発想からカムクが名付けた名前だ。
可愛くないですね、と言われたが、他に文句がないところを見ると気に入ってくれたらしい。
それからテーブルを見渡すと、なぜかプラムは不機嫌そうに……アンナは目を合わせてくれないし……メアリーも声をかけてくれたきり、食事に集中してしまっている。
気にはなったものの――それよりも。
広がるメニューで分かったが、朝食だ。
朝、と言われると、時間が戻ったように感じられるが、違う。
「おれ……丸一日も眠ってたのか?」
「当たり前。……カムクは睡眠時間が足りてないんだから、体が必要としていてもおかしくないよ。寝過ぎ、なんて言わないから、もう少し眠っていても良かったのに」
「そうそう、お気に入りの枕を見つけたみたいだし?」
ぴりっとした空気に、カムクは覚えがなかった。
……なんか、怒ってるよな……?
八つ当たりの可能性もある。
ほとぼりが冷めるまでは触れない方がいいかもしれない。
「なあメアリー」
「なあに?」
カムクが、用意された食事に手をつけながら。
「おれも領土戦に出るから」
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