030 少年と少年

 プラムが見た、自身のレベルの数字が変化する。


「レベル……………………1……?」


 ――これはレベルのリセットではない。


 各項目のステータス数値はレベル1相当に下がるものの、冷静に自分がレベル1だった当時の数値と比べれば、大きく増加している。


 再びレベルを上げていけば……最終的に各項目の数値で言えば、レベル表示に100はないものの、数値的には100以上のレベルと言える段階まで成長できる。


 この現象を、二回目――人によっては二周目と呼ぶ。


 知っている者はごく僅か。

 戦線を離脱した引退者が主にこれだ。


 99を越えて1に戻った二周目のライセンスたちは、新たな強さへの階段を目の前にしながら、しかし足が遠のいた。


 それもそうだ、強大な力を一瞬にして失ったことによる絶望から、ここから這い上がろうとは思えなかったのだ。


 ……時代背景もあるだろう。

 レベルが上の者には逆らえないため、威張っていた者がレベル1になったことで、見下していた低レベルのライセンスから集中的に狙われるという事例があったためだ。


 数字が全ての世界で、レベル99がレベル1になれば、それを100であるとは認識されない。

 スキルは引き継がれるものの、各項目の数値がレベル1相当に減ってしまっている以上、持っていた武器も使えず、高レベルに対抗できない。


 レベル99であれば周囲には高レベルがわんさかいたはずだ。

 その中でレベル1になれば……発覚した時点でどうなるかは自明の利だっただろう。


 だからこそ、それを知るカンストランカーは積極的にラストアタックを取らず、経験値を一定のところで止め、万が一にもレベルが上がらないように調節していた。


 ……今の世界に、二周目の魅力がなかったのだ。

 一周目のレベル99で、都市を統べる実績が作れるのなら、それ以上の強さは必要ない。


 レベル1に戻っても、さらに強さを求める奇特な者はいたかもしれないが……その上で多勢の襲撃を回避できる者は限られている。

 人知れず散った者たちの名が残されていないからこそ、『周回』は常識の枠には収まっていなかった。


 天才が早くに姿を消すのは、レベル99を越えるのが誰よりも早いから。


 弱者が停滞し溜まりに溜まって長生きしている……皮肉なものである。

 そしてプラムもまた――歴史が証明している、確かな天才だったようだ。



「…………ッッ」


 剣の重さに耐えられず、プラムが地面に這いつくばる。

 レベル90台を想定して作られた剣を、レベル1が持てるはずもない。


 剣を手放す。

 戦場の真ん中で、しかも武器も持たない状態のまま、レベル1で止まっているなど自殺志願者と同じだ。


 高レベルで戦っていたからこそ、現状がどれだけ危険なのか、分かってしまう。

 びくっ!? とプラムの肩が大きく跳ねた。


 殺し尽くしたモンスターの死体に囲まれているが、なまじスキルが引き継がれているからこそ、遠くから近づいてくる敵の気配に気付いてしまう。


「に、逃げ、ないと……っ」


 久しく感じていなかった死の恐怖に、足が気持ちに追いつかない。


 死体が転がっていることも忘れて駆け出したら、一歩目で躓き、血で浸った地面の上を滑る。

 目の前には、自分がついさっき斬り殺したばかりのモンスターの顔があった。


「ひっ!?」


 五臓六腑が撒き散らされ、

 分断された四肢の切断面を間近で見てしまう。


「あ、ぁあ、ぁぁあぁああああああああっっ!?!?」


 怨嗟の声が聞こえてくる。

 ……もちろん幻聴だが、今のプラムにその判断力はない。


 ――罪悪感を思い出した、わけではなかった。


 高レベルだったからこそ、彼女は復讐をされてもどうにかできると踏んでいた。

 しかし、頼りにしていた力がないとなると、数え切れないほど殺したモンスターの、友人、恋人、家族……子供。

 殺した数よりも倍以上の復讐者がプラムを追ってくるだろう。


 いつどこで襲われるか分からない緊迫した生活が続くまでもなく、気付けば殺されているかもしれない……当然だ、それくらいのことを、プラムはしたのだから。


 仕方なかったとは言え、モンスターに手をかけた。

 そこに、信じる正義があればまた違っただろう。


 だが、最初の頃はカムクと同じく獣の民として見ていた。

 初めての時は嘔吐するほどの罪悪感を抱いていた。

 それが今でも、完全になくなったわけではない。


 無理やり押し殺して、これが正しいことの『はず』だと言い聞かせて剣を振るっていた。


 ……なにも感じていないわけ、ないのだ……。

 罪悪感を一度でも、忘れたことなどない。


 モンスターは人間の敵であり、殺すべきだと思えていたら、どれだけ楽だったか。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……っっ」


 複数の足音が近づいてきている。

 仲間を殺された彼らが、プラムを逃すわけがない。


 レベル1のプラムが、ここから逃げ切れるわけもない。


 それに、

 逃げられない状況は、たった一人の男によって、既に整えられていた。


 プラムが犠牲になることで、今、どこかで隠れている人たちが、助かる。


「どういう……こと……?」


 生き残った者から、スキルによる通話で、頭の中にみんなの声が届けられた。

 何度も何度も、たくさんの人から『ありがとう』の言葉が送られた。


 ……次に届いた言葉は、師であるバロック・ロバートのものだ。


『君を囮にしてモンスターを一カ所に集め、そこ一帯を爆破させる。散り散りになっているモンスターが一斉に君を狙っているのだから好都合だろう? 一網打尽さ。なに、レベル99の君なら耐えられる爆破だから安心していいよ――』

「ち、ちが、今の、わたしは――」


『時間がない。できるだけ多くのモンスターを引きつけておいてくれたまえ』


 通話が切れてしまう。

 同じスキルを持つプラムが再び通話を繋げようとしても、バロックは応答しなかった。


 既に、準備段階に入ってしまっているのだろう――時間がない。


 すると、ぴちゃ、と水溜まりを踏んだ音が聞こえ、

 遠くから聞こえていた足音が、気付けば止んでいた。


 赤い爬虫類の皮膚が目立つ、人の姿。

 しかし、瞳は獣のそれだった。


 プラムを囲うように輪になって集まった復讐者の人数は、数え切れない。


「……これを、お前一人で……?」


 血に塗れた弱冠十五歳の少女を見て、彼が驚いた。


 プラムも同時に、「メアリー……?」と目を見開くも、すぐに理解する。


 捕食され、姿を奪われているだけなのだと。

 メアリーがいないとなると、アンナも、もしかしたらカムクも……、


 既に、殺されているのかもしれない。


 そう思ったら……プラムの緊張も切れた。


 諦めがついた、とも言える。


 生き残る術を考えるのはもう疲れた。

 肩の荷が下りたように、全身の力が抜けた。


「わたしが、やった……だから――」



「もう……殺して……」


 並んでいた足が一斉に動き、同時に血溜まりを踏みしめ、近づいてくる。


 どこで間違った?


 呪いを解かず、ベッドで寝たきりの生活のままでいれば良かった?


 二百年後の世界に、飛ばされなければ良かった?


 それとも、生まれてさえこなければ?


 こんなつらい目に遭わなかったのに?


 いいや、もっと単純だったはずだ。

 そんな昔まで遡る必要もなく、


 力に溺れたプラムが、暴力で解決しなければ、こんなことにはならなかった。


 カムクのように、モンスターを徹底して傷つけないようにしていれば――。


 和解の道があったはずなのだ。


 力を求めた結果、当然のように彼らから恨みを買った。


 自業自得。

 だから、こんな感情は、生まれるべきではなかったのに――。


「……や、ぁだ。嫌、いや……いやっっ!! 死にたくない――死にたくッッ!!」


 自分の体を抱きしめ、大粒の涙が溢れ出てきて止められない。

 呪いが解けて良かった、自由に動き回れて幸せだった!


 二百年後の世界に飛ばされて、ベル、ダリア、ステラ、アンナと出会えた!


 生まれて初めて、師ができたのだ。

 つらいこともあったけど、それ以上にたくさんの幸せを貰った。


 生まれていたからこそできたことだった。


 生まれてさえいなければなんて――否定はしたくない……絶対に!!


 そして、


『おれがお前を、一生だ、どんな時でもすぐに駆けつけて守ってやるからな――プラム』



 眠ったプラムに向けて、彼が何度も言い聞かせるように紡いでくれた言葉。

 ……彼の性格からして、聞かせていたのは自分に、かもしれないが。


 眠ったふりをしていたプラムは、彼の覚悟を聞いていた。

 決して、言った彼の前で起きたりはしなかったけど――。


 約束、してくれたのに。


「……………………………………うそ、つき」



「クーくんの、うそつきぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいッッ!!!!」



 顔を上げたプラムの眼前には、鋭い爪が柔い白い肌を切り裂こうと、迫っていた。


 そして。


 誰にも聞こえないくらい、小さな呟きが、思わず漏れる。


「……………………………………たす、けて」



 小さな声が、届く。


 だから、彼らは辿り着いた。



 ごぎんッ、と、プラムに伸びていた赤い腕が折れ曲がる。


 プラムに飛びかかったレッドオプションが、長い尻尾に叩き落とされた。



 青い背中と、剣を持たない剣士が、


 たった一人の少女のために、拳を握る。

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