029 カウンターストップ

「なんでとは心外……よ。あたしはアンナの、師匠なのよ……?」


 震える彼女の指が、アンナ……よりも後方、バロックを差す。


「今回は、ムカつくけど、あいつの言う通り……。前を見なさない、前に進みなさい――あの頃に戻りたいって、みんな思ってる……あたしだって……。それに、取り戻したものが、以前のものと同じだとは、限らないの……。だから、せめて……過去に執着してもいい……ただ、作りなさい。アンナが望むものを、自分自身の手で」


 そして、ごめんなさい……、と。

 弱々しい声で。


 そう言った手前、しかし、もう取り戻せないものがある。

 同じようなものは、二度と作れない。


 そこにはもう、ライト・メアリーはいないから。


「待っ、メア――」


 彼女の指が折り畳まれ、拳に変わり、余力を振り絞ってアンナに向けて突き出した。

 衝撃波が通り抜ける。


 烈風に押し出されたアンナが、時計台から吹き飛ばされ、空中に飛び出した。

 遠ざかる師匠の笑顔に、アンナが手を伸ばす。


「メアリーぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっっ!!」


 ――そして。



「おかしな感じだよ。夢魔の姿を目の前にして、こうして席につくというのはね」


 席、というのは言葉の綾であり、実際は立ったまま向かい合っている。

 バロック・ロバートの目の前には、ライト・メアリー……、


 当然ながら彼女の姿をした、レッドオプションである。


「利害の一致と言ったな……、お前の目的はなんだ、人間」

「我々、ライセンスの支配だよ」


 バロックが、柔和な笑みを見せて言った。


 子供たちを前に、教室で登壇する先生のように。

 町の発展のために新たな事業を開始させる際、人々を集めて広場で演説をする時のように。


 彼からは一切の、邪念が感じられなかった。


 思惑、だなんて悪い言い方だ。

 彼は最初から、自己の利益など眼中にない。


 ひたすら純粋に、人のため、町のため、その発展こそが彼の興味心を刺激した。


 自分が上に立つことこそが、一番、効率が良いと信じて疑っていなかった。


 ただそれだけだった。

 もしも、彼が認める別の誰かが人を従わせるのであれば、彼は文句の一つなく、その者についていっただろう。


 だが残念なことに、彼を追い越す天才が、今もまだ現れていなかった。


「一致、しているだろう? それとも、支配ではない別の目的が?」


「……いや、同じだ。人間を支配し、立場を逆転させる……この都市をカゴとし、我々を管理者とした上で、貴様たちを家畜化する――それでも、一致しているのか?」


 疑うような、試すような視線を受けても尚、バロックは揺るがない。


「構わない。そうなると人間と君たちの仲を取り持つ者が必要になるだろうね、なら、代表者は私がやろう――」


「……なにを考えている? 自分たちの種族がこれから別の種族に支配されると言われて抵抗もせずに話に乗るだと? しかも我々に協力までする――バカな話だ。疑うに決まっているだろう」


「そう言われてもねえ……もちろん問答無用で君たちが人間を殲滅する、と言うのであれば、抵抗していたさ。今ある平和を脅かされては困るからね。しかし、支配と言うのだから生きる上で安全は保障されているとも解釈できる。なら、敵対する意思はないだけさ」


「……都市の機能の源になっている家畜を回収すると言ったら、どうするつもりだ?」

「それは困るよ。家畜に依存してしまって、あれがないと私たちは生活ができない」


 あっさりと弱点と明かしたバロックに、レッドオプションが思わず気を抜いた。


「だからこそ、互いが納得する交渉をしようではないか。私たちが与えられるものであれば差し出そう。捕食したい人材がいたなら、二名を除いて応じることができるが――」


「その二名は?」


 参考までに、と彼が訊ねた。


「カムク・ジャックルとアンナ・スナップドラゴン」


 その二名は、ピエロ・ブラックとライト・メアリーを師とした両者のギルドの一員だ。


 師を失った彼、彼女が恐らく、次のギルドマスターに選ばれるだろうとバロックが予測している……あくまでも予測なので確実ではないが、託されたものの大きさを考えたなら、二人がその空いた席に収まるのが当然だと言えた。


「この都市では意図的に、古くから三つの勢力を対立させている。内、一つが私。残りの二つをピエロ・ブラックとライト・メアリーが指揮していたが、如何せん、私には手に負えない癖のある二人でね。黒鼻外道は元奴隷ゆえに人の下につく性格ではないし、夢魔は勘違いによる復讐のせいで私の言葉など届きもしない。だから、ひとまず壊したかったんだ――二人がいなくなれば次に座る者が誰であれ、言葉で丸め込む自信がある」


 カムク・ジャックルとアンナ・スナップドラゴンであれば、ギルドが違ってもバロックにとっては自身のギルドの一員と同じくらい手中に収まっていると考えていい。


「厄介なプラム・ミラーベルは既に私の手にかかっている――順調に、ね」


 そろそろかな、と交渉の席から立ち、都市を一望をした。

 屋上の縁、近くにいるバロックの隣に、彼女の姿の彼が並ぶ。


「……同族を殺戮し続けているあれか。その少女の捕食は、構わないんだな?」


「惜しい人材だが……あれは育てると私に噛みつきかねないからこの辺りで処理をしておくのが妥当だろうさ。捕食した対象のスキルを取り込む君たちの能力を頼るよ。彼女を素材として提供することで、当面の家畜については見逃してもらえないだろうか。追加で言ってくれれば、もちろん人材については用意をすると誓おう」


「……子供を平気で売りつけるお前が素直に人の下につくとは思えないんだが……」

「人間を支配したいのであって、モンスターの傘下に入ることには反対しないだけさ」


 トップにこだわりはない。

 思い通りになるなら二番手三番手で構わないのだ。


「交渉は?」

「……成立だ」


 答えた後、レッドオプションが時計台から飛び降りた。

 遠ざかる背中を見届け、バロックが呟く。


「すまないね」



 そして、その時がやってきた。


「………………え?」


 プラムを襲ったのは、予想だにしなかった事態である。


 レッドオプションを殺し続け、血濡れた剣を握り締めた彼女はレベル99に到達した。

 大都市ティンバーゲンで、四人目となるカンストランカーになったのだ。


 しかし、この四人目というのは、どう定義されたものだ?


 カンストランカーが生まれてからこれまでの歴史の中で四人目なのか、それとも現在において(内、二名は既に死亡しているが)四人目となった定義なのか。


 どちらかと言えば後者だろう……プラムたちが生活していた二百年前にも覚醒者という呼び方で上位ライセンスが存在していた。

 レベルという概念もあったはずなのだ。


 いくらレベル99へ到達が難しいとは言っても、経験値がゼロというのはあり得ない。

 必ず、少なくとも一は入るのだ。


 であれば、極端な話、カムクがやっていたようにスライムを倒し続けて一生を捧げれば、いくら才能がなくともレベル99に到達するのは難しくとも不可能ではない。


 だから、長い歴史の中でカンストランカーが四人だけ、というのはおかしい。


 バロック、ピエロ、メアリー、プラム以外にも、いたはずなのだ。


 メアリーの前任者であるルヴィ・メアリーは当然、カンストランカーだったのだから、彼女を入れたらもう証明はできてしまっている。


 ――そう、


 カンストランカーは四人、既にこの世にいない者も含めても、五人では足らない。


 もっとたくさんいたはずなのに、認知されていないのは情報規制が入ったからか……。


 だとしたら、どうして……?

 隠すべき理由があった――。


 カンストランカーという地位に利益を見出し、学校を作ることで思い通りの知識を幅広い年代に植え付けることに成功した、発展の立役者がいたはずだ。


 バロック・ロバート。

 カンストランカーとは、彼が広めた言葉である。


 カンスト――カウンターストップ。


 数字の上限値。


 しかし、だ。


 レベル99が上限値だと、誰が言って、証明したのか?

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