011 上位ライセンス
集団の声が重なり、号砲の代わりの合図となった。
瞬間、カムクの周囲に数人の気配が現れた。
前方以外は、視線を向けなくとも感じ取れる。
「きゃっ」
「プラッ――」
鎖が地面に落ちる金属音。
彼女の手が鎖から離れたことを意味していた。
掴まれたプラムの細腕がひねられ、彼女の顔が地面に押しつけられる。
カムクも同様に腕を掴まれた。
だが、ひねり上げられる寸前で抵抗し、背後の気配に蹴りを入れる。
しかし、手応えがない。
足の裏で感じ取れたのは鉄の硬さである。
「どっちのギルドだ?」
男の手の平が、カムクの顔面を鷲掴みにした。
そのまま地面に叩きつけられる。
引き剥がそうとするが、男の力が強く、びくともしなかった。
「ッッ、く、そ……! ――離せっ、離せよ!!」
「なにが目的だ? どうして家畜を狙った?」
「プラムを離しやがれッッ!!」
顔を掴んでいる指の間から相手を睨み付ける。
僅かに相手がたじろいだものの、本当に一瞬だったようだ。
「フン、レベル1か……、こっちはレベル10が四人だ。どうにかできるわけないだろ」
「だから、なんだよ……ッ!」
「おかしな奴だな。こっちはレベル10だって親切に教えてやっているんだぞ」
「それがなんなんだよ!!」
すると、周囲に戸惑いが広がっていく。
同時に拘束も緩み、相手に隙が生まれた。
それはプラムの方も同じだったようだ。
相手の腕を振り払い、馬を守るように両手を広げる。
「家畜って言うな!! この子はわたしたちと同じ、守られるべき民なのに!! お互いに相手を尊重して、助け合って、今までそうやって生きてきたっ! 一体、何度っ、助けられてきたか知らないわけじゃないのに!! この子たちはわたしたちに使われるだけの都合の良い道具なんかじゃないッッ!!」
ぴりっとした痛みに喉を押さえるも、プラムは最後まで叫んだ。
息を切らした彼女が顔を上げるも、
しかし、だ。
この場にいる誰一人、彼女の言葉に揺さぶられた者はいなかった。
「なにを言ってるんだ、お前は……?」
とぼけているわけではない、純粋な疑問。
まるで、住む世界が違うかのような――、
一人の男が、目をまんまるにさせて言う。
「こいつらは、道具だろ?」
「――――っっ」
怒りよりも、さすがに戸惑いが勝ったプラムがカムクを見る。
カムクも同じく――これは、自分たちが間違っているのか?
そんな不安が膨らむも、たとえ常識に反しているとしても、この対立意見は決して間違いではないと自信が持てる。
人として、当たり前の感情だ。
「道具なんかじゃッッ」
止まらない反論が続きそうになったその時、ぼむんっ、という音と共にここ一帯をドーム状の白煙が包んだ。
視界が真っ白に染まる。
大衆と同じく咽せているカムクを襲ったのは、突然、首根っこを掴まれ、持ち上げられる感覚だ。
「あ」と言う暇もなく、浮遊感に果てに見えたのは、ドーム状の白煙だ。
つまり、既に自分はその場から遠ざかっていることになる。
「騒がしいと思って駆けつけてきてみれば、なにやってるのよ、君たちは」
空を飛ぶメアリーの右手に、首根っこを掴まれていたカムクが、
左腕に抱えられていたプラムの声が重なる。
『だって……ッッ!!』
「いいから落ち着きなさい。あたしはちゃんと聞くから……はぁ。もしかして、かなり手のかかる子たちを抱え込んじゃった……?」
カムクとプラム。
悪い意味で有名になってしまったことにメアリーが頭を抱えるも、
「まあ、あたしが説明すればなんとかなる、かな……」
歪な形をした家に戻ってきた三人が席につく。
「わたしたちが悪いってっ、メアリーさんも思ってるのっ!?」
ばんっ、とテーブルを両手で叩いて、プラムが頬を膨らませた。
「悪いとは思ってないよー。ただね……ほら、二人は辺境の村育ちなんでしょ? だから知らなくても仕方ないかなとは思うけど……」
事情を説明したら、メアリーも苦い顔をした。
……この反応を見るに、やはりおかしいのはカムクたちのようだ。
「知ってるとか、知らないとか、常識以前の問題だよ! 人道的にあんな扱い、心のどこかで罪悪感が生まれるはずなのに、メアリーさんはなんとも思わないのっっ!?」
「うーん……、たとえば知り合いが同じ扱いされていたら怒るし、あたし自身も奴隷を買おうとは思わないから、なんとも思わないわけじゃない……わねー」
「だったらっ! どうして平気な顔していられるのッ!!」
「二人が庇っているのは『モンスター』なのよ?」
「そんな言い方しないでっ! あの子たちは、『獣の民』だもん!!」
『あの……』
すると、後ろから恐る恐ると言った様子で声がかかった。
「……なに」
じろり、とプラムが棚の上のガラス瓶を睨む。
『う……その……』
萎んでいく彼女の声を繋ぎ止めるように、カムクが満たされている緑色の液体を覗き込んだ。
「プラムは気にするな。それで、なにか分かったのか?」
『え、あ、はい…………というか、近いです。私、裸を見られてるのと変わらないって言いましたよね……まあ、いいですけど……』
次に、棚の上にあった本がぺらぺらとめくられる。
誰も触れていないのに。瓶の中の彼女が持つ力で、手がなくとも物体を操ることができるのだ。
客人をもてなす時に、お茶菓子を用意するのはいつも彼女の役目である。
本が多い部屋。
メアリーが外出している時は主に本を読んで過ごしている彼女は、持ち主であるメアリーよりも知識が豊富と言える。
『実話を元にした物語なのですが、この本の中にプラムが言った「獣の民」という表記があるのです。お話を聞いていると、時代背景と一致しますし……あり得ない可能性でありますけど……仮にそうなのだとしたら、メアリー様を始め、この国の人たちとのすれ違いも、納得できます』
「どういうこと?」
メアリーが身を乗り出した。
『…………あくまでも、可能性の話ですよ? 具体的な方法までは、さすがに――』
「分かるところまででいいから、教えて」
『では。……カムクとプラム、あなたたちは恐らくですが――二百年前の人間です』
え、と言う余裕すらなく、頭の中に空白が生まれた。
数秒、時が止まったかのような静寂の後。
彼女が、ちなみに、と前置きした。
『今の時代、人間とは呼びません。正式には「ライセンス」――お二人がよく知る言い方で言うなら富裕層、貧困層……でしょうか。それが、時代と共に上位ライセンス、下位ライセンスと呼ばれるようになりました。上位ライセンスが、カムク、あなたが知る「覚醒者」です』
そして。
『今回の火種となったモンスターですが、かつては「獣の民」と呼ばれていました。ここが食い違いの元凶でしょう。二百年前は友好的だったかもしれませんが、この時代においてモンスターは、ライセンスによる道具でしかありません』
これが『今』の常識です、と彼女の声が途切れたところで、
「に、に……」
「ひゃく……?」
固まっていた二人の声が重なる。
「「二百年前!?!?」」
『そこはすぐに納得してください。で、今の時代についてですが――』
「早いよっ、なんでそんなに冷静なの!? だって、わたしたち、二百年前から……え、だってどうやって!?!?」
『だから、さすがにそこまでは分かりません。ですが、上位ライセンスたちのスキル、エクストラスキル、ユニークスキルを探せば、そういう現象を起こすことができても不思議ではないと思っただけです』
「……分からない用語がまたずらずらと……」
だが、カムクの中でこれまで疑問に思っていたことが一気に解消したのも事実だ。
炎に包まれた森から、急になにもない平原に移動していたのは、未来へ移動したから。
理由は分からないが……、原因が必ずあるはずだ。
平原で目を醒ます前、カムクたちになにが起きたのかを思い出せば、おのずと答えが分かるはず……なのだが。
「……盗賊団がやってきて……、あれ、なんだっけ……?」
覚えていなくても無理はない。
記憶が飛ぶほど、カムクは一辺倒、被害者だった。
平和な日常を蹂躙されたのだ。
幸いなのは、まだ身内の死を明確にこの目で見ていないことだろうか。
未来にいる以上、たとえこの時代で探しても見つかるのは屍だけだろう。
二百年も経っていると、もはや砂になっている可能性が高い。
「……村の、みんなは……お母さん、は……っ。……かえ、る。わたし……帰る」
ふらふらとした足取りで扉へ向かうプラムが、震える手でドアノブを掴む。
同時に、扉が外側から強く叩かれた。
「マスター! 報告があります!」
「きゃっ」
と外の声に驚き、肩を跳ね上げたプラムが尻餅をついた。
「まず……っ、――カムク! プラムを連れて二階で隠れてて!!」
プラムを抱き抱え、階段を上がって二階へ。
下の階では、メアリーと数人の男が言葉を交わしている。
どうやら侵入した他ギルドの疑いがある少年少女を探しているらしい。
特徴を照らし合わせると、予想通りに、自分たちのことだと分かった。
「しつこいな……。この時代ならおれたちがやったことは窃盗になるんだろうけど……、だとしてもまだなにも盗ってないって言うのによ」
足が震えて立てなくなったプラムを抱えて、二階に身を潜めた時、意図せず彼女を抱きしめた体勢になってしまった。
気付いて距離を取ろうとするも、彼女が離してくれない。
カムクの胸に顔を埋めるプラムの体が、小刻みに震えていた……無理もない。
思えば、未来にきてしまったのだ――そう、二人だけで、だ。
味方がいない世界でたった二人。
プラムにとっては、カムクはたった一人の、頼れる家族――。
「……村に帰る、よりも先に、元の時代に戻る、って、ことだよな……?」
……どうやって?
これから、どうすればいい……?
すると、階段を上がってくる足音。
顔を見せたのはメアリーである。
「もう大丈夫」
訪れた男たちは帰ったようだ。
彼女はカムクの心の不安を見抜いたように、彼が今、最も欲しい言葉をかけた。
欲しかったのは答えではなく、共有である。
「――さて、これからどうしよっか」
それから二日後のことだ。
メアリーのおかげで町の中を歩けるようになった二人は頼まれた買い物に出ていた。
メアリーさんが言うなら、メアリーちゃんが面倒を見るなら、マスターの命令とあらば――などなど、あれだけ批判的だった町の人々が二人を仲間として認めたのは、彼女の人望によるものだろう。
「よお、カムク。おつかいか?」
「おつかいだけど……子供扱いすんな」
「悪い悪い。ほら、お前は特別、たくさん食っておかねえと。これやるよ」
持たされたのは、出店で焼いていた骨付きの肉である。
「上位ライセンスには、早く強くなってもらわねえとな!」
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