第三部 瓦解編
022 強くなるために泥に伏す
屋根の上をどたどたと暴れる足音に、目を醒ましたベルが窓を開けて、
「うるさーい!」
と吠えながら、とんとんっ、と屋根へ上がった。
「――って、なんだ、ダリアとステラか。………、今の音ってダリアの癇癪?」
「カムクがここに跳び乗っただけ」
屋根の上を渡っていくカムクの背中を見つけ、ベルがほーん、と手を叩いた。
「ステラ、今のカムクのレベルは?」
「22ですね」
「口調、戻ってるよ」
指摘にはっとして、ステラが咳払いをした。
「……おはよう、ベル」
「別に素のままでもいいと思うけど。あたしとダリアは意識しないでこういう口調になっただけだもん。別にステラの口調が遅れてるわけじゃないんだから」
そう言われても口調を戻さなかった。
言わないだけでステラにも考えがあるのだろう。
「一ヶ月、頑張ってもそんな上がらないもんだねー。いやまあ、遅いってわけではないと思うけど……、才能があるとしたなら遅いけどね」
「それは才能がないってことでしょ」
ダリアが剣士だけにずばっと斬ったが、才能がないなら遅い以前に上がらないはずだ。
レベルを一つでも上げるのでさえ数年かかるだろう。
カムクの場合は遅いながらも着実にほぼ一定のペースでレベルが上がっている。
才能がない、わけではないはずだ。
比較対象が既に90近いレベルになっているので、低さが目立つだけだ。
カムクのレベルも、これはこれで普通なら早いと言われているだろう。
だから、プラムが異常なだけである。
「それにしても、最初は暴れるくらいに反発してたカムクが、こうも素直にマスターに従うなんてねー。ちょろいと言うか、プラムが絡むとなんでもするっていうか……」
「面倒な相手を追ってきたものね」
「仕方ないよ。それに……目の前でああ言われたら、カムクもさすがに逃げるわけにもいかないし……、よほど刺さったんだと思うよ――」
一ヶ月前、プラムがバロック・ロバートに引き抜かれた際、怒りと焦燥と憔悴をごちゃ混ぜにしたような不安定な状態のカムクの前に現れたのが、ピエロ・ブラックだった。
「俺のところにくるか?」
……意味が分からなかった。
だが、ろくでもない企みに荷担されるだろうと分かったので、当然のように断った。
「誰が、お前みたいな卑怯者のギルドにいくかよ……ッ」
「夢魔の元じゃお前は強くなれねえよ」
「だとしても……――」
反射的に、ピエロ・ブラックの元で鍛錬を積むくらいなら遅くてもいいからメアリーの元で鍛錬を続ける、と言い返しそうになって、自問する。
……それでいいのか?
プラムがバロック・ロバートに奪われたこの状況で?
実益を考えるなら、ピエロ・ブラックの元にいた方がカムクにとっては効率が良い。
メアリーの元にいても、人材、設備……領土の少なさが、カムクにとって良い環境なのかと言われたら疑わしい。
ピエロ・ブラックはカムクを利用する気だろう……だったら、こっちも利用してやればいいと考えれば、悪い話ではなかった。
ギルドに入ったからと言って仲間になるわけではない。
内側で互いに食い合う関係であっても、同じギルドメンバーと言える。
悪い話ではない……が、生理的な嫌悪感がどうしても拭えなかった。
アンナを傷つけた――そうでなかったとしても、自他共に認める外道は、カムクには受け入れ難い戦い方だったのだ。
「確かに、俺が使うと反感を買うことは分かってるぜ。まあ、だからこそ使ってるっつーわけでもあるが、それはともかくだ。俺の戦い方をお前が真似たところで、それが卑怯だとは誰も言わないだろ。ただ、勘違いするな、相手が格下だった場合は俺と同じ目を向けられるからな」
「……誰だろうと、姑息な手を使うわけにはいかないだろ。お前には分からないかもしれないけどな、剣士ってのは剣一本で正面から堂々と戦うものなんだ。男なら相手に背を向けないし、人質を取る卑怯な戦法も使わないんだよ……、敵を目の前にして戦えない別の誰かを攻撃なんてしないっ! お前とは、違うんだよッッ!!」
「守れていないのにか?」
カムクの言葉が詰まった。
「好きな奴を守れていないお前が、今でもまだ、手段を選ぶ余裕があるのか?」
男のプライド、剣士の誇り、それらを守っても、プラムを守れなければ意味がない。
「卑怯な戦い方ってのは、お前らが勝手にそう決めつけてるだけだ。実際は弱者が強者に対して地を這ってでも無謀な戦いに勝つために、手段を選ばなかった結果に過ぎない。人質を取って相手が動揺するならよし、時に逃げる振りして背中を見せて相手を誘うのもよしだ。狭い隙間を縫って相手の隙を突くことでしか勝利を収められない奴なんざこの世界には五万といる」
ピエロ・ブラックが、子供のわがままをたしなめるように、
「そいつらを否定するほど、お前は今、最強なのか? ……違ェよな、お前は弱い。だから守れない。なのにそんなお前が戦い方に選り好みをしていたら、いつまで経っても守りたい奴を守れないし、取り戻したい奴を取り戻せない――ま、無理強いはしねえよ。ただこっちもいつまでも待つつもりはねえ。誘ったのは互いに利用し合えるからだと思ったんだが……わざわざ反発してる奴を引き込むほど、俺は困っちゃいねえんだ」
背を向け、去ろうとする大きな背中に、カムクから思わず声が出た。
「待…………っ、てよ……!」
「聞こえねえな」
「…………っ」
「――聞こえねえなぁッ!!」
「待ってくれっっ!」
「――お前についていったら、おれは……プラムを、助けられるのか……?」
「結果までは俺にも分からねえよ。んなもん、お前次第だろうが。そんなことまで分からなくなるほど、自分の弱さに自信を無くしたか?」
「……お前に従えば、おれは強くなれるのか……?」
「それ自体はそう難しいことじゃねえな。お前が、完璧を夢見て理想を求めなきゃいいだけの話だ。泥だらけになっても囚われた姫様を助け出して、抱きしめて頬をはたかれる覚悟があるなら、いくらでも」
マントをはためかせながら、ピエロ・ブラックが振り向いた。
指先を、見下ろしたカムクの額にこつんと当てる。
「俺の全てをお前に教えてやる」
その内容はきっと、カムクにとっては嫌悪感の塊なのだろうが……。
「それでもいいなら、ついてこい。俺たちは歓迎するぜ、カムク」
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