第2章・夏帆のソルビット
第9話・ソルビット
「例のプレイ動画見た?」
酒場で妙にムチムチしたポッチャリ黒縁メガネの美少年が、エールを飲みながらテーブル上にネット配信動画を表示する。
数日前に森で全滅した重課金微笑みパーティーのアーカイブ映像である。
飲食操作だけでも高難易度なのに、テキスト抜きとはいえ、喋り、飲み食いしながら動画の表示をするとは、ただ者ではない。
「見たッス。ランチっち、まだヘスペリやってたッスね」
銀髪ロングでウサ耳・ウサシッポの美少年が、ステーキを丁寧に切り分けながら答える。
「あの外道がやめる訳ないでしょ。パーティーに顔を出さなくなって、どうしたものかと思ってたけど……結構よろしくやってるみたいだね」
ショタ専腐女子&男装ロリ厨女子限定の常設パーティー【ショタロリ団】は、クラン無所属で構成員は4人だけ。
その数少ないメンバーでエースで称号持ちが2週間も連絡をよこさないのでは、パーティーメンバーとして、あるいは同好の士として心配するのは当然である。
「派手にやりすぎッスよ。あれじゃ敵が増える一方ッス」
銀髪美少年のPN(プレイヤーネーム)は【ショウタ君】。
パーティーの撮影担当でウサミミ&ウサシッポつき女装男子忍者風盗賊アバター、中身は自称・腐れJKである。
「増やしたいんだろうね。まあ、ひたすらソロで対戦だけやりたい時ってあるからね。特にあの子はPK好きで手に負えないし」
ムチムチ美少年のPNは【ムチプリン】。
中の人のイカれた趣味が一目でわかる、アバターの見た目そのままの名前であった。
半円形のタヌキ耳とフサフサのタヌシッポ、そして黒縁メガネを装備したヒーラー担当で、ショタロリ団のリーダーでもある。
貴腐人を自称しているが詳細は不明。
「オイラも連れてって欲しかったッス。素人の撮影じゃ、ランチっちの活躍がよく見えないッスよ」
「ショウタ君は撮影厨だからね。でも追いかけるのはダメだよ? いま行ったら問答無用でPKされるから」
「確かにランチっちの相手はオイラにゃ無理ッスねー」
そもそもショウタ君は戦闘経験がほとんどない。
「ボクだってそうだよ。ソルビットが2人いれば倒せるかもってレベルだからね」
2人の視線がテーブルの対面に向かう。
話を続ける団員たちの中で、ただ1人沈黙を続けるメンバー。
ショートカットで青紫ベースの服装にネズミ耳とネズミシッポを持つ、半妖精男装ロリ美少女アバター使いの【ソルビット】である。
「あのランさんはニセモノです」
ソルビットはキッパリと断言した。
「ほほう、根拠は何ッスか?」
ショウタ君が興味深そうにソルビットを見る。
仕草と表情の細かさだけで相当な手練れとわかる、ハイレベルな操作と演技力であった。
「それは……言えません」
「話せないって事は、事情を知ってるんだね?」
ソルビットの口調から、これはマジ話だとムチプリンは思った。
しかもランチュウのリアルに関連する問題だと。
「いまは言えません。とにかくニセモノを捕まえて、とっちめてやりましょう」
ソルビットは両手に棍棒風ワンドを装備する、滅多に魔法を使わない格闘魔導士であった。
よくランチュウとコンビを組んで、重課金狩りと称したPKに勤しんだものである。
「オニカラダチの森……ワールドマップの反対側ですね」
動画のコメントで位置情報を確認するソルビット。
長距離の移動は、街ごとに設置されている超空間ゲートなら一瞬だが、サーバー移動に相当するため課金しないと使えない。
「数百円くらい、どうって事ないですよね?」
だがソルビットの誘いに、仲間たちは首を横に振った。
「悪いけどオイラ、明日から中間テストなんスよ」
「ごめん。ボクも子守りが忙しくて、ここでのお喋りを終えたら落ちる予定なんだ」
「ムッちゃん所帯持ちだったッスか⁉」
「甥っ子を預かってるんだけど、まだ首が座ってないから目を離せないの。いまはダンナが面倒見てるけど……」
リアルの話になって、ムチプリンの地が出て思わず女口調が混ざっている。
「男の子⁉ リアルで会いたいッス!」
「ショウタ君は手を出しそうだからダメ」
ショタロリ団のメンバーでショタコンでないのは、男装ロリ厨のソルビットだけである。
「さすがのオイラも赤ちゃんは守備範囲外ッスよ⁉」
だんだん話が逸れて行く。
「……私が有給取ってソロで行きます」
他の動画も検索すると、自称・超魔王は主に午後から夕方にかけて出没すると判明した。
ヘスペリデスは現実世界と昼夜が逆転しているので、リアルの深夜帯から明け方にかけて捜索すれば、運よく遭遇できるかもしれない。
「そこまでするの⁉」
「つーかソルビっち、社会人だったんスね」
「ビッチ言わないでください」
『デュフフ~ッ、デュフフフフゥ~ッ♡』
画面上でヘンテコリンな高笑いと尻踊りを披露する自称・超魔王を、殺意を込めて凝視するソルビット。
「殺す……殺してから徹底的に殴る」
「死体蹴りはマナー違反ッスよ?」
迷惑行為は運営に報告され、警告文が送られる。
それでも続けるようならBAN(プレイヤーIDの凍結)される事だってありうるのだ。
「通報されるような真似はやめてくれよ?」
本当にやりそうな口調だったので、ムチプリンが念を入れて忠告した。
称号持ちをメンバーに持つショタロリ団は、それなりに名の売れたパーティーなので、スキャンダルの類は御免である。
「なりすましは迷惑行為どころか犯罪ですよ? キルして晒して通報しましょう」
「ランチっちのプレイって、そうそう真似できるもんじゃないと思うッスけどね……」
それほどの腕前があるなら、わざわざ百手巨人を騙ったりはしないだろう。
なぜならランチュウは修羅級を遥かに超えた、ヘスペリデスでも数人しか存在しない称号持ちなのだから。
「つーか、どう見ても本物のランチュウだよね」
姿形こそ多少異なるが、声も口調もプレイスタイルもランチュウそのものだ。
「ランさんがネコミミとネコシッポを捨てるなんて、天地がひっくり返ってもありえません」
超魔王を名乗るあたり、末期症状で我に返り委縮状態だったランチュウの厨二病ぶりがよく再現されていて、余計にソルビットの神経を逆撫でする。
「こいつは断じてランさんじゃありません。なのでブチ殺します」
殺る気マンマンなソルビットであった。
「殺す! タコ殴りにして霊体ぶっこ抜いて、魔法で焼き金魚にしてやる!」
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