第39話・光明

 ファートン火山に2度目の轟音が響き渡る。

「よっしゃ、これでゴンゾーラとの約束も果たせたな」

 山頂を爆砕した2人の魔王は、小型の機獣が外に出ないように正面入り口を破壊していた。

 もちろんパルミナの魔王剣によるものだが、ランチュウがダンジョン全域を入念にチェックし、他に出入口がないのを確認してからの話である。

 ゴンゾーラのメールには、ファートン火山とイベントシナリオからの解放依頼も含まれていたので、この破壊活動で情報提供の借りを返したと言えるだろう。

「こんな事して大丈夫なんでしょうか……?」

 パルミナが心配しているのはダンジョンの生態系についてである。

「外に出てった魔獣たちは、まあそれなりに生活できると思うよ。残った小物はダンジョンから出れなくても平気な在来種ばっかりだし問題ねー。機獣だって、あんな小さいのに手を出すたあ思えねーし」

「そうですねえ……やっぱり問題ありません?」

 洞窟は洞窟内だけで生態系が維持されるとは限らない。

 コウモリのように、肉食動物が外界で狩りをして運び込む栄養素も重要な要素なので、ダンジョン内だけで閉鎖性生態系を何年も維持するのは難しそうだ。

「さすがはプロの管理者だねえ。生態系がからむと頭が回る……機獣の件が落ち着いたら、また穴を開けりゃいいだろ」

「それはそうですけど……」

 いまは狭い生態系より機獣の方が問題だ。

 おそらく運営のテコ入によるものだろうが、そのせいで侵食領域全体の生態系が危うくなるのは避けたい。

「あの機獣どもには見覚えがある。たぶん別のゲームから流用された没キャラだ」

 カバゲームスの買収は、ランチュウも運営からのゲーム内メールで知っていた。

 詫びアイテムをいくつか頂戴しているので、それなりに感謝もしている。

「またゲームの話ですか」

「アンタが通常モードに戻らねーうちに話しとかないとね。アイツらは壁や土を材料に発生してたから魂はねえ。それはパルミナも理解してるだろ?」

「命の有無は、一目見ればわかります」

 生態系の維持をになう世界樹ネットワークの最高位オペレーターならではの機能である。

「……プレイヤーはどう見えた?」

「まだよくわかりません」

 パルミナはシナリオに支配されたり自我を失ったりなど、まともな状態でプレイヤーたちと接触した経験がない。

「それもそっか~。まあそれはともかく、アイツら機獣(仮名)は魔海樹を介さずに生まれる新種のエネミーだ。魔獣と違って生産数に上限がねえ」

「それって生態系がメチャクチャになりますよ!」

 パルミナの顔が青ざめる。

 機械なので食事が不要、魔獣などの在来種が食われる必要はなさそうだが、魔獣との縄張り争いで勢力図が一変する可能性は極めて高い。

「だから調査するんだ。とりあえずビエマーチュ迷宮を見に行こう」

「機獣がいたら、また洞窟ごと封印するんですね?」

 バサリと翼を広げて離陸するパルミナに、すかさず飛び乗るランチュウ。

 ビエマーチュ迷宮まで大した距離はない。

「もし何もいなかったら……」

 機獣はランチュウかパルミナを狙って現れた事になる。

 ぴろりん。

「おややん?」

 メンテ中に届くはずのないゲーム内メールの着信音が響く。

「どうしました?」

「ちょいとメールがね……やっぱアイツか」

 よくも悪くもショタロリ団自慢の参謀、ショウタ君からのメッセージせある。

「行き先はナパースカに変更だ」

 メールには『伝説の樹で待つ』とだけ書いてあった。

 それだけで十分だとショウタ君は考えたのだろう。

 事実、ランチュウはその一言だけで、おおむねの事情を察している。

「こっちの情報が筒抜けだ。こりゃ運営と組んだな」

「すみません、わかるように話してください」

「さっきの機獣は、うちのバカがよこした刺客っぽいねえ」

 居場所はもちろん行動のすべてが読まれている。

 おそらくはゴンゾーラの手紙まで。

 そこまで把握できるのは、運営スタッフどころか自動生成シナリオAIまで彼女の制御下に置かれている事を意味していた。

「はてさてショウちゃんは一体何を思いついたんだかねえ」

 ちょっと楽しみなランチュウであった。



「ランチっち~!」

 いまのパルミナはランチュウのテイム魔獣扱いなので、市街地に張り巡らされている魔獣除け結界の適応外である。

 正門を無視して空からナパースカに進入すると、領主邸の庭園にある、いまは伝説の樹をやっている魔海樹の前でショウタ君が待っていた。

 ランチュウはパルミナから飛び降りて無言で着地。

「とりあえず1発殴らせろ」

「PvP機能はメンテでお休みッスよ」

 市街地はPK禁止エリアなので、双方の合意がないとダメージを与えられない。

「でも殴る」

 ポコッ。

 モーションだけならゲンコツくらいは喰らわせられるのだ。

「とりあえず襲撃の理由を話せ。ありゃ一体何だい?」

 ランチュウが勝手に機獣と名づけた謎の戦闘機械の事である。

OMGオーガニックマシンギアって呼ばれてたッス」

 ショウタ君はまるで悪びれていない。

「マクロン傘下のゲーム会社が潰れて、ボツになった3Dデータを流用したッスよ。通称はオーガマシンっすけど、日本語版の通称も欲しいッスね」

「アタシゃ機獣って呼んでるよ」

「じゃあそれで行くッス」

 月並みだが正式名称ではないニックネームなので問題なし。

「それってアンタが決めていいもんなのかい?」

「いまマクロンの弟者が隣にいるッス。OK出たッスよ」

「やっぱグルになってたか……」

 そうでなければメンテ中にログインできる訳がない。

「……弟の方?」

 マクスウェル・マクロンといえば、飛躍的思考と奇矯奇行で有名な世界的変人である。

 マクロンブロスがらみでショウタ君と意見の合う人物など、マクスウェル以外には考えられないだろう。

「兄者はどうしてんのさ。銭ゲバって聞いたけど、おかしな商売に利用されたりしないだろうね?」

 イライジャ・E・マクロンはマクロンブロスグループの実質的な経営者であり、基本的には組織の維持と利益のためにしか動かない。

「あの人、マックスの信奉者……いや信者なんスよ。弟が決めたプロジェクトには絶対に逆らわないッス」

 天才肌どころか本物の天才であるマクスウェルは、気まぐれで計画を二転三転させる事こそ多いが、どんなに紆余曲折を経ても最終的には必ず莫大な利益を上げる。

 その上、下手に茶々を入れると、やる気を失って莫大な損益を出す事でも有名であった。

 だからこそイライジャも反対しないのだが、異世界云々をどこまで信用しているのかは疑問が残る。

「異世界絡みの情報は秘匿されてるッス。マクロン兄弟を含めて、ほんの数人しか知らない極秘情報扱いッスよ」

「で、機獣でアタシたちを襲った理由は?」

「カバゲームスの倉庫で怪しいPCを見つけたんスけど、どうやら探してた浸蝕元だったっぽいっスよ。弟者がバ改造しちゃったもんでテストしてたッスけど……それでランチっちをモニターしたらパルミナいるし、聞きたい事があるのはこっちッスね」

 戦闘モードが切れたのか、パルミナはランチュウたちの話について行けず、公園でトリボーノたちと一緒に遊んでいる。

「魔王とは和解したんスか?」

 前回の暴れっぷりを思うと、とても信じられない光景である。

「いんやテイムした」

「へえ~……テイム?」

 さすがのショウタ君も開いた口がふさがらない。

「ちょいと脅かしたらブルブル震えて降参しちゃってね。テイムがど~のってコマンド出たから思わずYes押しちゃった」

 ランチュウが脅しに徹すると、下手なホラー映画の殺人鬼より偏執的かつ変態的なのは、撮影担当のショウタ君もよく知るところである。

「そ、そうッスか……とにかくパルミナがいるなら、機獣のバランス調整を兼ねて実戦テストをしようって話になったッスよ」

「そうかい。結論は?」

「機獣の前にパルミナをどうにかしないと駄目っスね」

 歩く戦術兵器はゲームバランスを崩壊させかねない。

「そっちはマックスとシナリオAIがやるッスから、オイラはランチっちとパルミナの説得に当たる事になったッス」

「説得? まさかアタシをだます気じゃなかろうね?」

 ランチュウは戦闘中でも放たない殺気をモリモリしながらショウタ君に迫る。

「騙すっつーか事後承諾ッス」

 その理由はランチュウが他人を信用せず、勝手に行動するからであった。

 信用どころか、そもそもアテにしていない。

 中途半端な段階で計画を明かすと、ランチュウはどんな突飛な行動に出るか、わかったものではないのである。

「弟者が、カバゲームスの謎PCとシナリオAIを原型にして、人口知性を作っったんスけど……いままで何でナイショにしてたか、ランチっちはわかってるッスよね?」

「自覚はあるよ」

 信用はしないが、相手が有能な人物なら、それなりに信頼する気はある……ただショウタ君への信頼度がメーターぶっちぎって不信感につながっているだけで。

「でも半分はオイラのせいッスね。できればこの先も事後承諾を続けたいッスけど……」

「わかった任せるよ。そこそこ進展したら、そっちの判断で報告してくれればいいから」

 ショタロリ団の信頼関係は、信用に基づいたモノではない。

 なぜならショタBL厨のランチュウ、男装百合厨のソルビット、陰謀脳のショウタ君、ランチュウと同じショタBL厨だが作家脳のムチプリンと、メンバーごとの思考回路が違いすぎるからである。

 絶対に面白い事を考えているという変な信頼がなければ、そうそう成り立つ訳がなく、信用できないのも含めてゲームのうちとランチュウは考えていた。

「こっちの生態系とか、後先考えてやってる限りはアタシも協力すっからさ」

「助かるッス。じゃあ話を続けるッスね」

 カバゲームスの倉庫で埋もれていたオンボロPCを発掘し、調査の結果、侵食エリア内の魔海樹と繋がっているのではとショウタ君が推測、そのレポートを読んだマクスウェルが中古のスーパーコンピューターを購入、シナリオ機能を大幅に強化したとショウタ君は告げる。

 そのシナリオ機能を原型にして、言語思考マシン、つまり人間のような知性を持った機械を作ろうとしていると。

 ついでにマクロンが抱えている未発表ゲームのボツキャラクターを流用し、大型魔獣に対抗できるサポートメカを用意しようと画策したのであった。

「何でそんなめんどくせー事を……?」

 大型魔獣など、対魔獣勢の修羅プレイヤーたちの敵ではない。

 それでも大型魔獣に対抗するガジェットが必要だとすれば、その理由は限られて来る。

「ちなみに機獣はテイムじゃ手に入らないッス。中央エリアで購入できるッスよ。小型中型はラッグで、大型は課金ッスね。テイム機能の流用で、使用者の命令を何でも聞くッスよ……まだテストしてないッスけど」

「中央エリア?」

 エリア全体が市街地扱いで、戦ってばかりのショタロリ団には縁の薄い領域である。

 そしてファンタジー世界なのに科学技術とインフラが整備されている最大の理由でもあった。

 エリアのほぼすべてが魔獣除けの結界に囲まれ、見た目はほぼ未来世界。

 純粋な科学技術ではなく魔法を使った機械だが、自動車や飛空船が往来し、高層ビルが立ち並ぶ。

 カバゲームスの買収により、マクロン傘下の企業がテレワーク用のバーチャルオフィスを構える計画も上がっているらしい。

 ショベルカーなどの重機も存在し、バーチャル工事にいそしむプレイヤーも多いと聞く。

 だが、それらの機械はエリアの中心にある巨大なタワーからの魔力供給がなければ作動せず、他のエリアには持ち出せないはずだ。

「そんなルールなんて、それなりの理屈さえあれば、どうとでもなるってもんッスよ」

 具体的には魔力バッテリー(要課金)駆動や、ワイヤレス魔力充填アンテナ(課金による期限つき契約)の設置など、収入源の確保にも余念がない。

 ショウタ君はヘスペリデス世界のすべてに機獣を広め、大儲けをする気なのだ。

「それってリアルで金のため?」

「違うっスよ。戦争するためっス」

 いまモフモフ超魔王国に集められている大勢のプレイヤーたちは、クラン内規則により魔獣を殺さない。

 そしてテイムのノウハウが開発されたおかげで、魔獣を従えるプレイヤーが増加するのは火を見るより明らかであった。

 この先クラン同士の戦争が起これば、超魔王国の軍勢に魔獣が加わるのは避けられないだろう。

「超魔王国と対立するクランに魔獣がいると困るッスよ」

 魔獣同士で殺し合っては元も子もない。

「ヘスペリを魔獣討伐と魔獣擁護の2大派閥に分ける気か」

 超魔王国への入団希望者は、いまはまだ女子限定となっている。

 その中にはネカマや女性キャラクター使用の男性プレイヤーも含まれるが、その多くが戦闘を好むガチゲーマーで、敵がいないとクランの維持にまで影響が及ぶ。

「魔獣を殺さないのが入団条件ッスから、魔獣や対立クランの他にもエネミーが必要なんスよ」

 魔獣に匹敵する強力なエネミーが他にも存在するなら、対魔獣勢は超魔王国に入団してもエネミー退治を続けられる。

 そして超魔王国が魔獣を従えるなら、敵対するクランは、対抗できる分だけ、あるいはそれ以上の機獣を買いそろえるだろう。

「そっか、命を持たないエネミーがいるって有難い話だよねえ……そもそもカバゲームスを押さえたってのに、それでもまだ戦争を計画するメリットって何なのさ?」

 すでに運営の命運はショウタ君とマクロン兄弟に握られている。

 ヘスペリデスのサービス終了など、いつでも可能なはずだ。

「アタシたちにどんな得があるんだい?」

 ショウタ君が計画しているのは小規模紛争ではなく大戦だ。

 プレイヤー層を魔獣派と機獣派に分ける事によって、2大勢力を作ろうと考えているのである。

「ストーリーを作るためッスよ」

 ランチュウの疑問に、ショウタ君が胸を張って答えた。

「正直言って、いまのままじゃオイラたちに勝算はないッス。おそらくヘスペリを潰しても侵食は止められないッスね」

「……そんな気はしてた」

 なんとなくだが、ランチュウも魔海樹をいじっているうちに気がついていたのだ。

「どーすりゃいいのかアタシにゃわかんないよ」

 ゲームの侵食を受けた異世界を元に戻す方法など、魔海樹のプログラムを解析する程度しか思いつかない。

 だが、それができる肝心のランチュウに専門知識がなく、たとえプログラムを閲覧できたとしても、異世界の異質な電子ネットワークの何がわかるというのか。

 ランチュウが魔海樹を操作できるのも、システムの方がランチュウに合わせてくれるから可能となっているに過ぎない。

 パルミナならばと想像してみるが、知能制限があるくらいなので、内部のプログラムをどうこうできる立場にないのは明らかであった。

 中位管理者でプログラマーのゴンゾーラは、ランチュウ宛てのメールを残して行方不明。

 たとえ見つかっても、デバッガーの権限など、たかが知れている。

 ゴンゾーラにどうこうできる範囲の問題ではないからこそ、いまの状況が延々と続いているのだ。

「ついさっき判明したッスけど、カバゲームスのオンボロPC……スパコンに繋げてアグレアスって名前がついたッスけど、そいつが魔海樹ネットワークと常時接続状態にあるってわかったッス」

「名前はとにかく、魔海樹と繋がってるって話はさっき聞いたよ」

「単体じゃないッス。侵食領域すべての魔海樹と繋がってるッスよ」

「…………それは初耳」

 通信ケーブルである根が物理的に切られ、寸断されていたはずのネットワークが裏で繋がっている……これはランチュウどころかショウタ君にも予想できない異常事態であった。


「だからオイラたちにもランチっちたちの動向をモニターできたッスし、ファートン火山に機獣を出現させるのも簡単だったッスよ」

 しかも機獣は、魔獣のように魂のストックや育成の心配もなく大量生産が可能である。

「機獣を出現させるまで仮説にすぎなかったッスけど、異世界侵食の原因は間違いなく世界樹にあるッスね」

 環境を元素レベルどころか構成因子まで変容させる能力を持つ世界樹が魔海樹へと自らを変貌させ、侵食エリアを魔界に変えているのではないかとショウタ君は考えていた。

 その確認を兼ねての機獣生成であったが、あっさり成功してしまい、その仮説を裏づける結果となったのである。

 機獣を岩や土から作れるとなれば、元素変換どころの話ではない。

 この実験で、世界樹がただの生態系管理システムではなく、世界の構成因子そのものを変える能力を持っていると証明されたのだ。

「……納得。よくよく考えてみりゃ、侵食領域が維持されてんのに、魔海樹ネットが本当に寸断されてる訳ねーよな」

「それなら魔海樹になった世界樹に、自分の意思で世界を修復させるしか道はないと思ったッスよ」

「それがどうしてストーリーにつながるってのさ?」

 ランチュウは首をひねって頭上にハテナマークを浮かべる。

 リピート系のモーションなので繰り返し動作になった。

 ショウタ君もモノマネ入力で首をひねる。

 2人の動作が自動同期でシンクロした。

「魔海樹ネットがアグレアスに繋がってるからッス」

 アグレアスの本質はシナリオの自動生成機能にある。

「ランチュウの証言によると、世界樹ネットワークは中枢樹、正しくはその管理システムが意思と知性を持っているッスよね?」

「そういやそんな事も話したっけねえ……そっか、こっちの魔海樹にゃ統括意思がねーんだ」

 樹王のスペアボディを持つランチュウが異世界間侵食を止められない以上、それが可能なのは魔王ではなく中枢樹にあると見ていいだろう。

 そして結界の外側にある世界樹ネットワークに魔海樹を繋げても、侵食エリアが広がるだけなので、中枢樹は手の出しようがない。

「だったら魔海樹に繋がってるアグレアスを使って、中枢樹の代わりにすればいいッスよ」

「とんでもねー事を考えるなあ」

 普通は知性を持った機械を作ろうと考えたところで頓挫とんざする。

 いや普通はそんな発想自体が浮かばない。

「とんでもねーヤツを味方に引き込んでくれたもんだ」

 そんなコネを持っているのもショウタ君くらいだろう。

「アグレアスを育てて異世界を元に戻すストーリーを作らせれば、魔海樹ネットワークも、それに従うんじゃないかって考えたッスよ。まあオイラじゃなくてマックスの発案ッスけどね」

「さっすがマクロンきっての天才、発想がブッ飛んでるわ……でもそれって超魔王国の敗北が前提になるんじゃない?」

 作家脳を持たないランチュウには、それ以外の結末が思い浮かばない。

「勝っても負けても、こっちに都合のいい展開になればいいッスよね?」

 いくらでも理屈をこねられると、ショウタ君は自信たっぷりである。

「負けるのは構わないけど、くれぐれも魔獣たちの全滅だけは避けとくれよ?」

 常に孤高のオンリーワンを目指すランチュウは、不敗や強さにこだわらない。

 いまはただ無残に殺され続ける魔獣や魔獣人たちの無事を願うばかりである。

「……多少の犠牲は覚悟してっけどさ」

「わかってるッスよ。プレイヤーたちがテイムした魔獣を大事に扱えばの話ッスけどね」

 幸いだったのは、クマ井さん連盟が開発したテイム技術がナデナデ系だった事である。

 おそらく運営は別の手段を前提としていたに違いないのだが、変態プレイヤー集団のせいで、かなりおかしな事になってくれた……いや、なってしまった。

 だが戦って得るのではなく、丁寧になでくり回してテイムした魔獣なら、きっとプレイヤーたちも愛着を持ってくれるに違いない。

「かなわねーなあ……でもアタシたち魔王勢が負けても魔獣たちを救えるシナリオなんて作れんのかい?」

「オイラやマックスには難しいッスけど、そこは専門家を呼ぶ予定ッス」

「シナリオライターかい? それとも小説家? まさかSF者じゃないだろうね?」

 ランチュウがたちまち苦々しい顔になった。

 SF者、特に頭の固いハードSFマニアを、まるで信用していないのだ。

「知己にスペオペ書きがいるッスよ。翻訳や解説書をわんさか作ってコレクター業界でも有名な人ッス」

「……あのお方か」

 ランチュウにも心当たりのある人物であった。

 ゲスト作家として魔王パルミナ討伐イベントシナリオを手がけたSF作家である。

御大おんたいなら心配いらねーな」

「OK取れたらの話ッスけどね。あとはアグレアス次第ッスよ」

 今回の場合、必要なのはシナリオライターではなく、あくまでもアグレアスの教育とアシストを務められる人材である。

「センスオブワンダーできるようになるといいねえ」

 なにせ、いままでシナリオ機能を育てていたのは、荒唐無稽と圧倒的な説明不足で定評のある、旧カバゲームスの開発陣である。

 そんなスキル経験値の偏ったAIを、どうやって育てればいいのか、ランチュウには想像もできなかった。

「そのアグなんとかってヤツ、難攻不落じゃなけりゃいいんだけど……」

 一度ついた変なクセは、そう簡単に抜けるものではない。

「ストーリーでなきゃ解決できないのかい? オンボロPCが魔海樹を操作できるならプログラムをいじればいーじゃん」

 なにせ即興で機獣を生成できる機能を作れるAIなので、ランチュウより高い権限を持っているのは間違いない。

「解析は時間かかりすぎるッスよ。防衛機能もありそうっスし」

 どんな構造になっているか、どんな言語で動いているかも不明なのに、刺激するような真似は危険だと判断されたらしい。

 ひょっとしたらオンボロPCを起点に逆侵食が起こり、現実世界まで魔界化する可能性すらありうるのに、余計な真似でリスクを冒すような真似はできない。

「それにマクロンの協力を得られたのは、魔海樹と繋がったシナリオAIから人工知性を作れる可能性があったからッスよ。それに解決までの段取りを、ちゃんとしたストーリーにしないと、アグレアスの教育にさしつかえるッス」

「それってアグなんとかの根っこがシナリオ機能だから?」

「よくわかったッスね。ストーリーでモノを考える機械ッスから、筋道立った思考を身につけさせるためには、起承転結とか序破急とか、話の整った論理的な過程を踏まないとダメなんスよ」

 ショウタ君は右手で某耳の尖った面長宇宙人ハーフのサインを形作る。

「……でないと支離滅裂でコミュニケーション不能な暴走コンピュータになる?」

「そうなったら異世界救済どころじゃなくなるッスね。下手すると、どっちの世界もメチャクチャになるッス」

「おっかねえ……そうだ話は変わるけどさ、パルミナはどーする?」

 魔王は子供たちのすべり台と化していた。

「こっちについたのはラッキーだったッスね。でも悪いっスけど、またシナリオの傀儡かいらいになってもらうッスよ」

「それがいいかな。アイツの頭はちょいとお花畑でねえ」

 ランチュウも異論はない。

「性格とパラメーターは討伐イベントミッションの時と一緒でいいと思うッス」

 魔王討伐イベントにより、パルミナはプレイヤーたちに豪放磊落ごうほうらいらくな性格、あるいは野生の魔王国で知れ渡っているため、素のパルミナではストーリーに矛盾が生じてしまうのだ。

 だがショタロリ団でも倒せないほど死ににくく、危なくなったら逃げ出す臆病さを隠し持っているのは、ランチュウたちにとって都合がいい。

 ついでに歌がうまい。

「新曲作って超魔王国のアピールに繋げるッス」

「衣装も必要だねえ。キラキラでヒラヒラなやつ」

 それは昭和のアイドルだ。

「制服作った方がいいッスよ」

 すかさず、おそろいの衣装をランチュウに着せる陰謀を張り巡らせるショウタ君。

 だが人を呪わば穴2つ。

 一手間違えばショタロリ団の全員が同じ衣装で歌わされる罠が潜んでいるため、計画は慎重に進めなければならない。

 あとそれは平成期のアイドル像だ。

「アイツ、いままでサイズの都合でビキニしか着れなかったけど、いまなら猿系の大型魔獣に洗濯させる手があるんだよねえ」

 昨日出会ったフサニコングあたりが適任かもしれないとランチュウは思った。

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