第40話・あくまで契約

「もう遅いから落ちるッスね」

 ゲーム内でこそ日が傾き始めた頃合いだが、現実世界は昼夜が逆転しているため、時刻表示の上では、とうに日付が変わっている。

「隣にマクロンの弟者がいるんだっけ? あんまり男を信用するもんじゃないよ?」

 マクスウェルはマッドな方の天才なので、男女関係のトラブルは心配していないが、それでも限度というものがある。

「スパコン施設っスからね。ヘスペリを熟知してる人がいなくて、機獣の配置はオイラとマックスでやるしかなかったッスよ」

「ふ~ん、それで遅くなったと……まあアタシゃ英会話とかできんし、挨拶は勘弁ね。それじゃ、お幸せに~♡」

 一刻も早く男女2人きりのシチュを作ろうと、きびすを返して全速力で走り出すランチュウ。

「そ~ゆ~関係じゃないッスよ! ちょっと待つッスまだ話が残ってるッスよ!」

 キキーッとブレーキをかけて停止するランチュウに駆け寄るショウタ君。

「今日はスパコンの稼働テストだけで、アグレアスの導入は来週のメンテ明けからッス! ランチっちには、それまで魔海樹ネットの制圧区域をできるだけ広げて欲しいッスよ!」

「ほほほ~う? 次のデートは来週か……」

「だから違うッスよ!」

 だが元・携帯ショップ店員のランチュウにはお見通しであった。

 店に来るカップル成立直前の男女と同じ臭いがする……これは脈アリだと。

 そこで念のために探りを入れようと刺激してみたのだが、どうやらアタリらしい。

 男っ気のないショウタ君は自覚がなさそうなので、とりあえず意識させておこうとランチュウは思った。

 普通なら下手につつくと、せっかくのフラグが折れるところだが、彼女がアグレアスの面倒を見るためにマクロン通いを続けるなら話は別である。

 マクスウェルと頻繁に顔を合わせ、大好きな陰謀を張り巡らせているうちに、共犯意識がラブに転化される可能性は十分にありそうだ。

 おヘソの曲がったショウタ君にからめ手は通用しないので、ランチュウはあえて真正面から攻撃する。

 結果が出るのはずっと先。

 果たして吉と出るか凶と出るか。

「でも魔海樹を制圧してもアタシの配下が増えるだけで、他に何があるワケでもねーじゃん。もちろんこの先も続けるけど、それがショウちゃんの計画に、どんな関係があるってのさ?」

「そうッスけど、この先ストーリー展開によってはネタとして使えるかもしれないッス」

「……続けるだけじゃなくて、先を急げってのかい?」

「決まってもいないストーリーを語るのは時期尚早ッスけど、ランチっちが全エリアの半分以上を制圧しておけば、いつでも本筋に関わる展開に繋げられると思うッスよ」

 それは大戦を起こすための前提条件でもある。

 ショウタ君が機獣を用意したからには、その販売数に匹敵するだけの魔獣を、いつでも動員できる状態にしておきたいらしい。

「ナデナデでテイムされた魔獣は大事にされすぎて、戦場のお飾りと化す可能性があるッス。だからテイム魔獣は、常に機獣を超える動員数が欲しいッスよ」

「……大事にされるならいいけどさ、たぶん捨てるヤツが現れると思うよ?」

 虐待などペット業界の暗部は、たとえゲーム内であっても適用される。

 特に飼育放棄については、すでにクマ井さん連盟の前例があるので、これを無視する訳には行かない。

 ナデナデではテイム条件が厳しすぎて、何度も繰り返さないと習得できず、熟練して目当ての魔獣をテイムするころには、きっと手持ちが増えすぎて飼いきれなくなる。

 放流するくらいならいいのだが、魔獣の売買が始まって、思い入れのない飼い主が増えると、どんな問題が発生するか想像するまでもない。

「そこまではオイラも考えてなかったッス……」

「どうする? いまのうちに対処しとかないとねえ」

「…………パルミナに押しつけるってのはどうッスか?」

 いらなくなったテイム魔獣をパルミナが引き取り配下にする。

 これならモフモフ超魔王国の参加者も手軽に魔獣を捨てられるし、そのパルミナも、すでにランチュウにテイムされているため、結果的にショタロリ団が直接操れる戦力となるはずだ。

「そんなのできんのかい?」

「こっちには運営と親会社がついてるッスよ?」

 何よりアグレアスがいる。

 まだ不完全な状態にあるにも関わらず、適当にインストールした機獣の3Dデータを基に、新エネミーとしてパラメーターを設定し、ダンジョンに即興で配置できる、極めて有能な人工知性。

 パルミナのデータ改変など、ショウタ君かマクスウェルが文章で発注するだけで実現してくれそうだ。

「エサとかどーする? 魔獣肉じゃ共食いになっちまうよ?」

「テイム魔獣用のペットフードがあるッス。まだ実装されてないッスけど、明後日までに何とかするッスよ」

 ヘスペリデスの制作陣は社内クーデターにより崩壊し、新社長に就任したプロデューサーの川浪重蔵かわらじゅうぞうも実質的な指揮権を失っているため、現在はマクロンが傘下企業から集めた手空きのスタッフを少数集めただけの状態である。

 文章作成AIであるアグレアスはグラフィックの作成こそできないが、すでにデータが存在するなら話は別だ。

「そーかいお疲れさん。つー事は、今日はお泊りかい?」

 いやらしそうな眼つきでデュフフと嗤うランチュウ。

 変人同士で、いいカップリングに違いないと思ったのだ。

 ただし、その脳内結婚式場にはタキシードを着るマクスウェル(♂)と、ウエディングドレス姿のショウタ君(♂)が、幸せなキスをして終了する的なBL妄想が満ちあふれていた。

 祥子のリアルを知らないので、これは仕方のない大義名分である。

「そんな暇ないッスよ! そもそもマックスと、どれだけ年齢差あると思ってるッスか!」

「確か10歳くらいだったっけ? そんなのマクロン兄弟に比べりゃ半分もねーじゃん」

 兄のイライジャと弟のマクスウェルは、親子ほどの年齢差がある。

 マクロン一家が10歳ごときで心理的抵抗を覚えるとは到底思えない。

「まあ日頃のお返しはこれくらいにして……ショウタ君、アタシ課金したいよ」

 まだ更紗のリアルボディが現実世界にあるかもしれないと疑っているランチュウだが、その生死に関わらず、銀行預金には手を出せないと考えていた。

 口座を使った瞬間たちまちアカウントが停止され、その結果ゲーム内のランチュウが、どうなってしまうのか想像もつかない。

「……わかったッス。小遣い程度なら、マクロンかオイラのバイト扱いで出すッスよ」

 財布のヒモがキツいのは、あまり額が大きいと隠しきれなくなるからである。

「助かるよ。できりゃ借金にしときたいとこだけど、あいにくアタシゃ死んだ身でねえ」

「こっちのもうけ話にもつながってるッスから、小金を惜しむ気はないッス。ついでにランチっちのアカウントを安全な場所に移行させたいッスし、明日の昼間にでも手続きしたいッスよ。そっちじゃ夜中になるッスけど、いいッスか?」

「昼間? 日本の銀行で口座を開く気かい?」

 マクロンのバイトなら世界中の銀行を使えるはずだ。

「いやオイラもう眠いッス。ランチっち専用の偽装書類も作らなきゃいけないッスし……」

「そっか……わかった。メール送ってくれれば速攻で行くからね」

 ランチュウには超空間勝手口があるので、人目を気にしなくていいメンテ中なら、時間を問わずいつでもナパースカに瞬間移動できる。

「若いんだから、ちゃんと寝るんだよ~(意味深)!」

「しつこいッスよランチっち!」

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