第41話・宴会せんかい

「ま、あれだけ言っときゃ間違いも起こらねーだろ」

 ショウタ君と別れたあと、ランチュウはパルミナのいる公園噴水に向かってスキップする。

「何かやらかすだろうとは思ってたけど、まさか機械仕掛けの神デウス・エキス・マキナを作っちまうとはねえ」

 神様にしか解決できない問題なら、解決できる神様を作ればいいなど、まともな人間の考える事ではない。

 だが迷走……いや暴走しかけていたランチュウにとって、仮設とはいえゴールが見えたのは僥倖ぎょうこうであった。

「ショウタ君には、いつかたっぷりお礼しないとねえ」

 彼女は山のようなバーチャル死体をお望みである。

 戦争もするらしいし、この際だから奮発してしかばねのチョモランマでも目指そうかとランチュウは思った。

「それより課金だ課金! 課~課金金課~金金♪」

 ランチュウは別に贅沢がしたくて金を要求した訳ではない。

 ちょっとだけお洒落がしたい。

 そのついでに、基本無料のヘスペリデスに、ちょっとだけお布施をしたいだけなのだ。

「そんなにみついだクチじゃないけどね」

 運営は更科更紗さらしなさらさの課金経歴すべてを把握している。

 本アカもマクロンにあるため、ネットに使う金額のすべてを知られていると思って間違いない。

 おそらくバイト代は、そのデータから割り出された平均額を元に設定されるだろう。

「大した額じゃないだろーけど……それでも脱・無課金勢!」

 社会人だったランチュウは、タダでゲームをプレイする事に抵抗を感じていた。

 運営を少しでも長続きさせるために課金する。

 ヘスペリデスのサービス終了を目指して戦う魔王の仕事と矛盾している気もするが、それはそれ、これはこれ。

 安心して戦うためには、やはり課金しないと精神的に落ち着かないのだ。

「パルミナお待たせ~!」

「おふぁへひあふぁい」

 噴水前に出ると、パルミナは街の住民たちと一緒にパエリアを食べていた。

 大規模パーティーやクランが使う巨大パエリア鍋を6つも並べて、魔王帰還を祝っての大宴会である。

「おほっ、バーベキューもあるんかいな♡」

 仮設テーブルに並んでいるのは、プレイヤーがナパースカに持ち込んだ魔獣肉ではない。

 商店街でラッグを払えば、いくらでも手に入る、牛や鶏などの食用肉である。

「んぐんぐごっくん。命を持たない動物の肉っておいしいですね」

 ゲーム中アイテムとして無限に出現するNPC経営店の商品は、生態系管理と魂の転生を主任務とする元・樹王のパルミナにとって、何の心配もなく食べられるご馳走らしい。

「そういや牛や豚って、伝説の樹にゃ転生リストにってたけど、実際に作られた形跡はないんだよねえ」

 ナパースカの周囲には海がないのに、魚介類まで売られている。

 商店の棚に無限発生するそれらは漁業や畜産業を介さず、ほぼ無から生じているらしいのだ。

 機獣が岩や土から発生したように何かしらの原材料はあるのだろうが、それらの食材がどこから来るのかランチュウは知らない。

「深く考えちゃいけねーのかもなあ……」

 下手に調べると、再処理不能ゴミから再生されるとか、ロクなオチにならない気がする。

「まだまだいくらでもありますよ」

 領主邸の執事がランチュウにバーベキューの皿を出してくれた。

 公園には山のような食材が積まれている。

 それどころか酒まで並んでいる。

「えへへ~~~~♡」

 真っ黒な酒樽をジョッキ代わりにグビグビあおるパルミナ。

「あんまりむと飛べなくなるよ?」

「そこに別邸あるから大丈夫なんですぅヒック♡」

 パルミナの指差す先には領主邸の裏口が。

 ランチュウの超空間勝手口があれば、いつでもオルテナス一家のいる別邸に帰れるので、酔っ払い飛行のリスクはない。

「こりゃ今日は魔王の仕事できんなあ……アタシも呑むか」

「超魔王閣下は未成年ですのでノンアルコールをどうぞ」

「アタシゃこれでも26だよ?」

「いまは0歳です」

「仕方ないねえ」

 執事から炭酸飲料をもらって肉にかぶりつくランチュウ。

「この大騒ぎだけどさ、結構ラッグ使ったんじゃない?」

 異世界でゲームの中といえども、酒や食材はタダではない。

「この街には肉屋が複数存在しますから」

「そっか、店同士で取引すりゃ、商品とラッグが無限に増える仕組みなんだっけ……」

 しかも売上金は全額横領できる。

 みんなでラッグを使うほど豊かになれるワンダーな経済システムであった。

「それって食べ放題じゃん! ヨロレイヒ~!」

 おまけに、いくら食べても太らない。

 かつて飢えていたトリボーノがまったくせなかったのと同様に、食べても食べても体重が増える心配がないのである。

 限界があるのは胃袋のみ。

 別邸には魔法の冷蔵庫もあるのでテイクアウトも可。

「この世界、フィールドは地獄だけど市街地は天国だねえ」

 ここにいると人間としてダメになりそうな気がした。

 ご馳走を食べながら走り回る子供たちが目の端をチラチラして、鼻の下がのび~るのび~る。

 異世界転生して心底よかったと思える極楽浄土がそこにあった。

「そうだ~、ナーナさんたちも呼びましょう!」

 領主邸の裏口を、指先でノブをつまんで開くパルミナ。

「おやまあパルミナ様ったら真っ赤になっちゃって……」

 ドアから顔を出すオルテナス夫妻。

 ナーナはココナナを抱いていた。

「入れるんだ……」

 市街地の周囲には魔獣除けの結界が張られているため、テイム魔獣扱いのパルミナはともかく、人間の姿をしていない素の魔獣人は入れないルールのはずだ。

「ひょっとして超空間勝手口なら出入りできんのかな? それともメンテ中だから……ってパルミナ! なんでアンタが開けられんのさ⁉」

「へっ? でも開きましたよ?」

 その場のノリでやらかしただけらしい。

 魔王専用の玄関を開けても瞬間移動できなかったのに、魔獣人用の勝手口ならパルミナでも開けられるようだ。

「まあいっか。パルミナだけじゃ瞬間移動できねーのは変わりねーんだし」

 慎重5メートル強では勝手口を抜けられない。

「楽しそうッスね」

 いつの間にか背後にショウタ君が立っていた。

「うわっ!」

「よっしゃー! 初めてランチっちの意表を突けたッス!」

 前回の戦いで、ショウタ君はパパーンの理論から、他者の気配にまぎれて接近する隠形法を研究していたのだ。

「アンタ寝た(意味深)んじゃなかったの⁉」

「いやバイト代の話ッスけどね、リアル課金しなくてもランチっちの財布に直接チャージすればいいんじゃないかって話になったッスよ」

「彼氏と?」

「彼氏じゃないッスけど、それなら垢移動だけで済むッスよね? ほらさっさと手続きするッスよ」

「はいはい」

 ランチュウは3Dコンソール風エフェクトを開いてコンフィグ画面を表示する。

「いまヘスペリをリアルのネットに繋いだッス」

「うん、こっちの画面にも出てるよ……普通に」

 脳内仮想空間で仮想更紗が操作している仮想PCの仮想モニターに、生前とまったく同じウェブプラウザウィンドウが表示されている。

「マックスがプログラム組んでくれたッスよ」

「さっすが世界的へんた……もとい天才、仕事が早いねえ」

「引っ越し先のメアドはここッス。パスワードを設定してくれれば、あとはこっちで設定するッスよ」

 ショウタ君が空中に画面を開いてメールアドレスのスクリーンショットを見せてくれた。

「…………閲覧記録は?」

 元・腐女子で現・腐男児のランチュウは裏BLサイトも閲覧している。

「同類のショウちゃんはともかく、マクロンの関係者に見られるのは嫌だねえ」

「そこはオイラが厳重に管理するッスよ。中身は決してのぞかないと約束するッス」

 腐女子の暗部など、見ても嫌気が差すだけなのは、ショウタ君もよく知っている。

「じゃあオイラはここで」

「食べてかないの?」

「味がしない料理をアナログ操作で食べるのって、オイラにゃちょいとキツいッスよ」

「そっか。じゃ、おやすみ~」

「おやすみッス~」

 その場からログアウトで立ち去るショウタ君。

「……今度こそホントに落ちたかな? じゃあ食事を再開しよっかね~♡」

 即席宴会場に次々と運び込まれる肉・肉・肉……たまに野菜。

 そのうち住民たちも調理に飽きたのか、クラン内イベント用の屋台を用意して、直接ご馳走を取り出し始めた。

「……らんちゅ」

「おほっ、そういやココちゃんもいたんだっけ……こっちにおいで。一緒に食べよう」

 ひょいと抱き上げて膝に乗せる。

「わっふ♡」

「ほらオルさんとナーナさんも」

「いえ私たちは……」

「使用人の仕事に魔王の食事は入ってないだろ?」

 巨大すぎる魔王の世話には限界があり、特に食事はパルミナが自身が調理するのがルールである。

 ランチュウが食べる分は、街で購入する食材を対価とするギブアンドテイクな例外にすぎないのだ。

「こんな機会は滅多にないよ! ほらナーナさんも!」

「はいはい。まったくランちゃんって子は……」

 もはや調理するシェフも存在せず、ただひたすら飲み食いするだけの大宴会。

 人数がいくら増えても問題ない。

 それどころか食べるほど市場に出回るラッグが増えるので、街の発展にも貢献できる。

 こんな楽ちんで楽しい宴会が現実世界にあってたまるか。

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