第5話・広すぎながらも楽しい我が家
「うっわー、家具がみんなおっきい……」
魔王別邸にたどり着いたランチュウはナーナに案内され、魔王寝室に入ったところで唖然とした。
「そういや魔王って5メートル以上あったね」
天蓋つきのベッドだけでも12畳はありそうだ。
「こりゃ巨人の国だねえ」
部屋全体となると、ちょっとした体育館くらいの面積がある。
あと天井が異様に高く落ちつかない。
「もうすぐお風呂湧くから、ちょいと待ってね。夕食はそのあとだよ」
持って来た椅子にランチュウを座らせ、汚れた足を濡れ雑巾で丁寧に拭くナーナ。
湖から上がった時にオルテナスがボロ布で泥を落としているが、鶏足なのでウロコの間に汚れが残っていたのだ。
「ランちゃんのおかげでお湯が使えるようになったからねえ」
風呂場はヘスペリデスの侵食効果で、パネル操作式のユニットバスになっていた。
当然ながら洗面所や台所にもお湯が出る。
もちろん電気ではなく魔法の湯沸かし器で、魔王別邸は魔法のガス・水道完備で、冷蔵庫や洗濯機など家電製品まで揃っていた。
「できればココちゃんと入りたいなあ」
「いいけどイタズラしないでおくれよ?」
「ナーナさんにまでアタシのショタ厨が知られてる⁉」
中枢樹樹からの連絡があったらしいので、ランチュウの腐れBL趣味その他諸々は全部バレていると思っていい。
「心配すんなって。アタシゃ男児のキャッキャウフフは大好きだけど、ちっちゃい子に変な事する性癖はないからさあ。実家に年の離れた弟いるし、小型犬だけど長毛種を洗った経験もあるんだ」
「その弟さん、おかしな趣味に目覚めてないだろうね?」
「普通に中坊やってるよ」
「厨房? 料理人になったのかい?」
「いや中学生……ともかく男同士のイチャイチャを見るのがアタシの歓びなのさ。前世は女だったし、手なんか出したらオネショタになっちゃうじゃん」
「オネショが何だって?」
「オタク用語が通じない……」
この世界からヘスペリデスが消えたら、中枢樹しかオタ話のできる相手がいなくなってしまいそうだ。
その中枢樹も端末樹の地下茎が切られ、結界に隔てられた遥か彼方にあるため、ゲームの侵食領域を消すまで連絡がつきそうにない。
「となると、パーティーのみんなと繋ぎをつけるしかないか」
姿の変わった自分をランチュウだと認めさせるのは簡単だが、ヘスペリデスのサービスを終了させるから手伝えなどと、どの口で言えばいいのだろう?
「アタシもみんなも、ヘスペリにだいぶ依存してっからなあ……」
ヘスペリデスのない世界などランチュウには想像できないし想像したくない。
それでもサービス終了に追い込んで異世界を救わなければいけないのだから、自己矛盾もいいところである。
「さて、綺麗になった」
泥を落としてからボロ布とオイルで磨き上げられ、鶏足が革靴のようにピカピカになっていた。
「おやまあナーナさん、いい腕してるねえ」
「あんがとさん。そんじゃ私はこれで。とりあえずランちゃんは私のシャツを着て夕食までベッドで寝てりゃいいから。旦那が持って来た服は洗って仕立て直しとくよ」
「直すの? 何で?」
サイズは大して変わらないはず。
「そこの鏡を見りゃわかるさ。あと毛布持ってくよ」
スポーンと子供用毛布を奪い取るナーナ。
「用があったら、そこの伝声管を使ってね。ヒモを引っ張ると使用人室のベルが鳴って、伝声管のフタが開く仕掛けになってるから」
そう言ってナーナは部屋から立ち去ってしまった。
広大な部屋にポツンと(全裸で)1人残されるランチュウ。
「あんなとこにヒモあったって届きゃしねーよ……」
伝声管の高さも5メートル近くある。
「そうだ鏡……おっ、化粧台あるじゃん」
部屋の隅に巨大な鏡つきのドレッサーがあった。
「でっけえ! でもまあ椅子に乗りゃ何とか登れる……うっわー手足みじけーなあ」
慣れない体でヨタヨタしながらも椅子を階段代わりに四苦八苦しつつ、どうにかこうにかドレッサーへの登頂に成功した。
化粧台の上面はダイニングテーブルを越える広さがあり、ここなら全身をくまなく拝めそうである。
「うん全裸だ! 新鮮だねえ!」
ヘスペリデスはキャラエディット機能搭載ゲームの例に漏れず、装備と服をすべて外した状態でも下着だけは脱げない仕様であった。
「しっかし見事に魔王とランチュウの中間っぽい造形になったねえ」
角や背中のオプションは形状こそ魔王パルミナ譲りだが、紅白模様は旧ランチュウから受け継いだものである。
顔もパルミナの太マユに、旧ランチュウのネコ目とウィスカーパッド(ωっぽい口元)が混ざった感じ。
「パルミナがママでランチュウがパパ……オネショタじゃん」
やはり恋愛は男同士でやるべきだと思った。
ただし美少年に限る。
「おやシッポあるじゃん!」
プリプリのお尻に紅白模様の短いシッポが生えていた。
ネコシッポでないのは残念だが、悪くないデザインである。
「まるでお尻に錦鯉がぶっ刺さったような……デュフフ」
自分のシッポにウットリする事、約2分。
「……そうだ前シッポも確認しないと」
ショタ専婦女子垂涎のミニミニおちん〇んである!
「なにこれすっげー可愛い」
さすがに紅白模様ではなかった。
ランチュウは鏡の前で様々なポーズを取り、じっくりねっとり時間をかけて鑑賞する。
「さすがにやおい穴はないねえ。まあ総排出腔じゃないだけマシってもんか」
……ブルブルッ。
股間を眺めているうちに、トイレに行きたくなった。
「便所はどこかいな……あったあった」
ドアに【WC】と書いてある。
「でかっ! これ巨人用エアロックじゃん!」
6メートル近くもありそうな巨大なドアを、椅子と背伸びでノブに取りつき苦労して開け放つと、部屋の中央に悪趣味な黄金便器が鎮座していた。
「おおっ洋式だ! しかも水洗!」
正直ボットンを覚悟していたのだが、どうやら杞憂に終わったらしい。
さすがに魔法のウォシュレットまでは装備されていないが、レバーで水が流れる近代的な魔法のトイレである。
「そういやヘスペリって、ファンタジーなのにNPCの一軒家までガス水道完備だったっけ?」
ランチュウはプレイ中に便所など入った事はないし、使用中は撮影禁止なので誰も使わないが、街のトイレもきっと水洗だ。
ちなみに照明は現代式ファンタジー特有のご都合アイテム、光る魔法の石ランプである。
「……つーかでけえ! 便器でけえ!」
さすがは身長が5メートルを超える魔王のトイレ。
圧倒的なスケールを誇る、超ラージサイズの黄金便器であった。
後部には巨大なシッポを支えるための凹みがあり、その上にマンションの貯水槽よろしく巨大なタンクが設えてある。
「途方もないねえ。こんなデカいの、どうやって使えばいいんだい?」
ドアを開ける時に使った椅子を踏み台にして、それでも足りずによじ登る。
「登頂~!」
どうせ滅多に使われない便器なので衛生面は気にしない。
「よっしゃ! ここは一発、立ちションに挑戦してみよう!」
チョロロロロロロロロ~~~~ッ……。
「クソエイムだった」
FPSやシューティングにはまるで縁のないランチュウだが、まさかこんな巨大な的を外すとは思わなかった。
「しくしく……」
部屋の隅にあった人間サイズのバケツとモップを手に取って、涙目で床と便器を掃除するランチュウ。
使用人のオルテナスに任せる選択肢もあるが、この不都合な真実はランチュウ自身が厳重かつ永久に封印せねばなるまい。
「壁に蛇口がついてて助かったよ。まあ床に排水溝までついてるのはファンタジーとしちゃ邪道だと思うけどさ」
魔法の家電製品まであるヘスペリデスでは、いまさらな意見である。
いくらリアルを追求したところで利便性には敵わないのだ。
「ビバ文明の利器!」
掃除を終え、巨人用トイレから脱出するランチュウ。
「次こそはヘッドショットを決めてやる……いや、とりあえず服を着よう」
ようやくフルチンはまずいと気づいた。
トイレを出て、借りたナーナのシャツを着る。
もちろんブカブカだ。
「うん、夢にまで見たショタの裸ワイシャツだ」
服を着てるのに裸ワイシャツとは、これ如何に?
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