第2部・超魔王無法地帯
序・臨時メンテナンス
「百手巨人が負けたぁ⁉」
ショタロリ団敗北の一報は、瞬く間にオープンワールドファンタジーMMOアクションゲーム【ヘスペリデス】のゲーム内世界全域へと広まり、どこのパーティーでもクマ井さん連盟の噂で持ちきりであった。
「ああ。やったのはランクも上げずに1年以上も隠れて修行してた連中らしい」
「隠れて修行? 何でそんな面倒臭い真似を?」
「さあな。事情があったらしいが非公開でな」
「ほほう……で、そいつらの所属クランは?」
「フリーの常設パーティーだったが、対戦のあとでデモフレに入団したらしい……ハルカさんステーキ頼むわ!」
「は~い! 肉は何のどこがいい?」
ウェイトレスが短距離の瞬間移動を繰り返しながらやって来る。
酒場が繁盛しすぎて回線が混んでいるのか、アバターがうまく表示されていない。
「ゴウモフオオトカゲのフィレをミディアムで」
「まいど~♡」
投げキッスと共に去るウェイトレス。
「しかしショタロリ団もいまさら黒星たあ解せねーな。どんな変態技を使ったんだ?」
「ホバブーツ」
「……おい、それって確か欠陥アイテムだったよな?」
「リアクティブアーマーと組み合わせて屋内で乱戦……うまく説明できねーから動画見ろ」
テーブルの上にショウタ君撮影のプレイ動画を表示させ、アバターの手でクルリと画面を反転させる。
「すげえ……何やってんのかさっぱりわからねえ」
「だろ? これって誰にも真似できねーんじゃねーかな?」
「無理だな。少なくとも人間業じゃねえ」
そして人間をやめた一部のプレイヤーたちは、すでに自分のスタイルを持っているため、いまさら他人の真似をしようなどとは考えないだろう。
「おいこれ……
ショタロリ団とクマ井さん同盟の決闘は、戦闘では勝負がついていない。
「くすぐられて降参? 茶番もいいとこじゃねーか」
フィクションによくあるフルダイブVRではない、ごく普通にゲモニターの画面上でプレイするヘスペリデスにおいて、苦痛や快楽に屈しての敗北など考えられない。
「あいつ頭の中どーなってんだ?」
「そんなの人間様にわかる訳ねーだろ。何にせよ百手巨人はいまだキル歴ゼロ、不敗でこそなくなったが、無敵なのは、いままでと何も変わっちゃいねえ」
「あいつどうやったら殺せんだよ!」
「誰にも殺れねーけど、クマ井さん連盟のおかげで負けを認めさせる方法だけはわかった」
「……笑わせる? 笑わせりゃいいのか?」
「ああ見えて奴は勝ち負けに執着がないようだ」
「面白がらせりゃ勝てるってんなら誰も苦労しねーっての!」
「それをやってのけたキワモノどもがいるってこったな。さすがヘスペリ何でもアリだ」
戦闘シーンのあとは両パーティーの合同尻踊りである。
『『『『『『『デュフフ~ッ、デュフフフフゥ~ッ♡』』』』』』』
背後で中年男性型アバターが生温かい目で見守っているのが印象的だった。
「百手巨人だけ踊りがヌルヌルしてきめぇ」
「こいつアナログ操作の手動で尻踊ってやがる」
「よっぽど楽しかったんだろーな」
百手巨人のアナログ尻踊りは、よほどの強者と戦った時しか見れないといわれている。
その後、手を振りながらダンジョンを去るクマ井さん同盟の3人。
それぞれの武器で舵を取り、ホバブーツで高速移動していた。
片手をブンブン振りながら高速移動していた。
「マジモンの変態集団じゃねーか。あのポーズで転ばねーのが謎すぎる」
「ネット掲示板で百手巨人が宇宙人級に推薦したらしいが……まず間違いなく全会一致で昇級できるだろうな」
「勝敗を抜きにしても怪物すぎる」
まるで攻略の参考にならないプレイ動画であった。
「ついでにデモフレが超魔王国とクラン同盟を結んだらしいぞ」
「あの堅物どもが⁉」
実際は少し違うのだが、デモノフレンズは定石通りのプレイスタイルしか認めないクランとして有名である。
「それで後ろにパパーンがいたのか」
てっきり隠れキャラか妖精さんだとばかり思っていた。
「あのクラン、道場を畳んで少数精鋭に切り替える方針だってよ。もう羅刹と修羅松しか残ってねえ」
「それでも十分大所帯だと思うけどな」
1個大隊クラスの大規模クランだったが、いまでは小隊規模まで人数が減っている。
人数のケタは減っても、まだ30人以上のメンバーを擁しているのだ。
しかもその全員が男性プレイヤーである。
「モフモフ超魔王国って、まだ女性しか募集してねーんだっけ?」
それだけに男性型アバター使いの男性プレイヤーしかいないデモノフレンズが同盟を結んだ意味は大きい。
彼らは女性プレイヤー勢と交流できるチャンスを掴んだ……かもしれないのだ。
「いま羨ましいって思っただろ」
「……声をかけても中身が本当に女かわからねーんじゃ怖すぎる」
ショタロリ団の参謀役を務める自称・腐れJKの陰謀により、超魔王国は女性プレイヤーだけでなく、女性型アバター使いの男性プレイヤーも参加できるため、たとえナンパする機会があったとしても、この中に1人ネカマがいる的なルーレットは避けられないのであった。
恋愛関係のいざこざを防ぐ意味もあるが、女性限定クランという甘い罠を張り、確率的に、かつ確実に男同士のカップルを成立させようと手ぐすね引いて待ち構えているのは間違いない。
よこしまな目的で近づく男性プレイヤーたちに、さりげなく女性アバター使いの男どもを斡旋し、次々とネカマップルを爆誕させようとしているのは想像に難くない。
「なんて恐ろしいクランなんだ……」
モフモフ超魔王国の中核パーティーであるショタロリ団はもちろん、建国宣言で集まった女性プレイヤーたちまで、その大半が類友的に腐りきっている可能性は極めて高い
ヘスペリデスの腐女子勢が、女性型アバターのコーデや挙動から男性プレイヤーを見分けるリアルスキルを標準装備しているのは割と有名な話……いや怪談である。
「もう少し様子を見てからにしよう」
「しばらくしたら男も募集するんだっけ?」
「それまで待つか。野郎が増えりゃ地雷を踏む確率が減る」
大群を成して少しでも死亡率を減らそうとするイワシやボラの心境であった。
ぴろりん。
「おやメールか?」
「こっちも入った。運営からだ」
ゲーム内メールではなかったので、それぞれのPCモニターで新たなウィンドウを開く男たち。
「臨時メンテナンス? なんか久しぶりだなあ」
「最近は定期すら入ってなかったもんな」
「俺たちまだ見捨てられてなかったんだ……」
「しかもアップデートもあるってよ」
「サービス終了も間近かと思ってたが、もうしばらくは遊べそうだな」
「メンテ期間は3日間だとさ」
「……その間、俺たちゃ何やって過ごせばいいんだよ」
3日間というあまりにも長いヘスペリレスに、途方に暮れる面々であった。
――縦穴があった。
ヘスペリデスのワールドマップ最北エリアに存在する、ファートン火山の噴火口である。
そこに棲む竜は長大な胴体を持ち、翼は8枚、そして無数の足が生えていた。
龍は眠る。
火口の底に作られた巣には、膨大な量の財宝が山と積まれていた。
それらは竜が自ら集めた宝物ではない。
竜の名はゴンゾーラ。
18代目に当たる、この火口に最近やって来たダンジョンの主である。
財宝の大半は1ラッグの価値もないただの背景オブジェクトにすぎず、過酷なダンジョンに挑むプレイヤーたちが、定期イベントであるモフドラゴン討伐ミッションをクリアして、初めて大量のゲーム内通貨とレアアイテムが出現するのだが、問題はその頂上に突き立てられた巨大な漆黒の剣であった。
ゴンゾーラがこの火口にやって来る直前に拾ったものである。
その名は魔王剣ドルドルム。
かつて樹王鍵と呼ばれた、世界樹ネットワークのマスターキーであった。
竜は眠る。
新たにイベントミッションが開始され、プレイヤーたちがやって来る、その日まで。
いや、本来なら定期イベントはすでに始まっていなければおかしい時期である。
カバゲームスの内部抗争により延期されていたのだが、全身をモコモコの長い毛に包まれた多足の竜に、それを知る術はない。
時おり魔王剣が振動し、縦穴に重低音を響かせる。
まるで意思を持っているかのように。
魔王剣に嵌められた赤い宝石が光ると、ゴンゾーラがゆっくりと瞼を開く。
「……我の命運が決まったようだな」
魔王剣を拾った時に己の余命は察していた。
ゴンゾーラは、かつてマスペペと呼ばれた世界樹ネットワーク中位管理者の一体である。
マスペペは世界樹のプログラムとデバッグを担う、オペレーターの樹王とは対を成す使命を帯びていた。
ネットワークの管理権限こそ低いが、樹王と異なり世界樹との無線通信が可能で、いまでも魔海樹を通して環境監視型の下位魔獣を使った情報収集が可能である。
世界を浸食するヘスペリデスなるものの正体が、異世界の原始的なネットゲームである事も把握していた。
プログラム管理を担う生物だけに、ヘスペリデスのAIについては、ゴンゾーラを縛る自動生成シナリオ機能を接点とし、脚本の方向性くらいは解析できるようになっていたのだ。
眠りながら行った解析結果によると、この定期イベントミッションは何らかの原因で自動生成シナリオミッションへと変更され、まだ脚本の方向性こそ定まっていないが、変更前のシナリオと同じく最終的にはゴンゾーラがラスボスを演じて何だかんだで殺されるらしい。
「さて我を斃すはいかなるプレイヤーか……」
逃れられぬと知ったからには、せめて強者との対決をと儚い望みを持つのみであった。
定められた死を避ける気はない。
数百年の間に得た知識と、培われた知恵が失われるのは惜しいが、どうせいつかは果てる身だ。
世界樹ネットワークの端末は魔海樹としていまだ健在、転生のアテもある。
生殖能力を持たず家族もいない孤独なゴンゾーラにとって、死は恐怖するほどのモノではなかったのだ。
ならば華々しく散るのもアリではないか。
「大した魔獣は集まらなかったな」
より強いプレイヤーを選別しようと魔海樹を通して呼び集めてみたのだが、大半の魔獣はシナリオの影響下にあり身動きが取れず、大型魔獣はダンジョンに入れず、経験豊富な者は、そのほとんどがプレイヤーたちに殺されている。
「せめて知性と理性が残っておれば、少しはマシな戦いができるであろうに……」
それはシナリオが許さないだろう。
原因を作ったのはゴンゾーラ自身。
道すがらに魔王剣を拾ってしまったのが運の尽き、気がついたらシナリオに取り込まれ、ダンジョンの最奥でラスボスに配役されてしまったのだ。
目の前に魔王剣がある以上、場合によってはプレイヤーたちと戦わされる前にパルミナと対決し、残った方がラスボスを演じる展開もありえる。
「彼女も変わってしまったな。元より頭のよい方ではなかったが……」
眠っている間にも僅かながら意識があり、先日起こった魔王パルミナ暴走事件の顛末は、使い魔として放った下位環境監視型魔獣たちからリアルタイムで情報を受け取っている。
正確には、かつて樹王だったパルミナが侵食エリアにノープランで突入し、魔王になった瞬間から動向を把握していた。
「あれはもはや王などではない」
そしてゴンゾーラ自身も、近いうちに知性を失い1匹の獣と化すだろう。
そして誰ともわからぬ輩や愚か者の魔王と戦わされ、醜く暴れて無様に死を迎えるのだ。
「ならばシナリオの呪縛を少しでも減らし、思う存分正々堂々と戦える方法を……むっ?」
その呪縛が解けていた。
てっきり自動生成シナリオ機能がゴンゾーラ討伐ミッションシナリオを完成させたのかと思ったのだが――
「ほう……どうやらメンテナンスが入ったようだな」
この感覚は初めてではない。
しばらくご無沙汰ではあったが、先月までは週に1度の定期メンテナンスがあり、この火口にラスボスとして君臨する以前から、ゴンゾーラは魔海樹を通してシナリオによる影響の有無と強弱を研究していたので、メンテが入れば即座に感じ取れるようになっている。
今回は特に解放感が強い。
「これは本格的に手を入れておるな」
ゴンゾーラとてプログラマーの端くれである。
この臨時メンテナンスがただ事でないのは肌で感じ取れた。
そもそもゴンゾーラが正気に返ってシナリオの内容を把握できている事自体が以上なのだ。
「逃げても無駄と承知の上だが……いや、シナリオ機能に異常が生じておるやもしれぬ。試してみよう」
メンテナンスが終了した瞬間に再びシナリオの呪縛が戻り、ダンジョンのラスボスステージに立ち返る可能性は高いだろう。
だが元凶たる魔王剣を置いて行けば、そしていまのうちにできる限り遠くへと飛び去れば、ひょっとしたら近くをうろついている別の魔獣へとキャスティングが変わってくれるかもしれない。
ゴンゾーラほどの超大型魔獣はそうそういないが、たとえいたとしても、飛べないとラスボスステージに入れないのだが、やってみる価値はありそうだ。
無数の足と8枚の翼を持った竜が、轟音と共にゆっくりと立ち上がる。
「ここで死ぬのは御免だからな」
巨大すぎるゴンゾーラにとって、このラスボスステージでは狭すぎて本来の実力を発揮できないのだ。
どうせならもっと広い場所で戦いたい。
それに運よく脱出に成功すれば、いつか異世界侵食の顛末をこの目で確かめられる、あるいは解決の糸口が掴めるかもしれないのだ。
「ふむ……体はまだ
火口の岸壁をよじ登るゴンゾーラ。
直上の火口部は狭く、降りるのはともかく離陸には適さない。
だがゴンゾーラの長大な体躯には鋭い爪の生えた無数の足があり、その爪を岩に食い込ませれば、垂直やオーバーハングの壁でも簡単に這い上がれそうだ。
登頂に成功し、巨大な8枚の翼を広げて大空に舞い上がる。
空は晴れ、メンテナンスのおかげで地上にプレイヤーの姿はない。
火山の麓を見渡すと、ゴンゾーラと同じようにシナリオから解放され、森から颯爽と飛び立つ鳥型魔獣の群れがいくつも見えた。
「自由だ……!」
ほんの一時だけの、かりそめの自由かもしれないが、ここはとにかく逃げの一手に限る。
たとえ脱出に成功しても、またどこかのフィールドかダンジョンに封じられる可能性はあるが、その時はその時だ。
穴の中で魔王剣が寂しそうに赤い光を放っているが、気にしてはいけない。
――川の岸辺でネコや小鳥のようにゴロゴロと砂浴びをする美女の姿があった。
身長は5メートル強、なかなかの壮観である。
ゲームの侵入禁止エリアではないため、ほんの数分前まで木々の隙間から盗撮するプレイヤーたちがいたのだが、いまはどこにもその姿が見えない。
「ゴロゴロ……んにゃ?」
ふと我に返った。
「ここは……
だんだんと思い出し、思わず両手で顔を覆った。
「…………死にたい」
人間どもと戦って負け、飛んで逃げたところまでは記憶があるものの、そこから先は野性の魔王国状態で、自分がどうやって生を繋いで来たのかも詳しく思い出せない。
とんだ失態、いや痴態であった。
中枢樹の制止を振り切って侵食領域へと飛び込んだのは3ヶ月ほど前だったが、先月までは週に1度の定期メンテナンスで正気に戻っていたのだが、もはやどれだけの期間を野性的に過ごしていたのかもわからなくなっていた。
魔王を名乗って誰かと戦っていたような気がする。
確か小柄で獣人のような耳とシッポを持つ少年だったと思う。
他にも何人かいたはずだが、記憶に残っているのは、あの恐るべきスピードでケラケラ笑いながら戦っていた、悪鬼のような赤毛の少年だけである。
小さな短剣でチクチクチクチク。
いや実際は超高速連打でHPをガリガリ削られていたのだが、その時パルミナは思考加速モードで視界をスローモーション化していたので、ガリガリの記憶はチクチクチクチクチクチクチクチク(以下延々と続く)へと置き換わっていたのである。
またアレに遭遇したら今度こそ殺されると思った。
だが侵食領域に入り込んでしまったからには、問題を終息させるまで逃げ出す訳には行かない。
元とはいえ樹王の権限を使えば、世界樹の張った結界から出られるのだが、それをやっては侵食領域が世界中に広まりかねないのだ。
そして正気でいられる時間は極めて短く、一画とはいえ世界を構造から変化させる領域を元に戻せる方法は見つかりそうにない。
いまのパルミナにできる事は少なかった。
「くさい……おなかへった」
見れば面積の小さすぎる服はすっかり汚れ果て、長い毛髪からは、いや全身から変な臭いが放出されている。
「お風呂入らなきゃ」
周囲の風景から現在位置を確認するパルミナ。
「ここ……どこ?」
途方に暮れた。
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