幕間・ランチュウの覚悟

「おーよしよし、よっしゃよっしゃ」

 ナパースカ郊外での戦闘から数時間後。

 ランチュウは北西エリアの北側を回って新たな魔海樹を発見し、アヒル型おまる風ターミナルに腰かけて中のデータを漁っていた。

 果実から生まれたばかりのコロフサネズミたちに囲まれ、そのうち1匹を膝に乗せて頭を撫でながら魔海樹の転生リストを確認する。

「さすがに世界の隅っこじゃ、魔獣人の魂はいないねえ」

 魔獣人はヘスペリデスのサービス開始から数か月で目撃情報が途絶えている激レア魔獣であった。

 だがランチュウはベータ版以来の超ヘビーユーザーであり、数年前に3人ほど殺した記憶がある。

「……まさかホントに生きてるとは思わなかったんだよ」

 いま膝に乗せている魔獣の子供も、ひょっとしたらランチュウがどこかで殺した魔獣の生まれ変わりかもしれない。

「知らなかったんだ……だからホントの事を知らない連中は許してやっとくれ。責任は全部アタシが取るからさあ。みんなアタシが守ってやっからさあ」

 ランチュウは退職届を店長が隠蔽したというソルビットの言動から、更紗のリアルボディがまだ生存していると察していた。

 本来の肉体が具体的にどんな状態になっているのかは知らないが、きっとランチュウには超魔王邸の他にも帰るべき場所がある。

 だがショウタ君の戦争計画がどのような結末を迎えようが、無事に生きて帰れるなどと都合のいい事は考えていない。

 大量殺戮者の1人が、元に戻った異世界に受け入れてもらえるなど身勝手な望みも持っていない。

「アンタが里親候補かい? 頼んだよ」

 迎えに現れたコロフサネズミの成獣に子供を手渡す超魔王。

 他にも次々と引き取り手がやって来る。

 成獣たちの中にはオスも混ざっていたが、乳児ではないので義理パパでも育てられるのだろう。

 しかしヘスペリデスが存在する限り、子供たちが成長する前に里親ごと殺される可能性は常にある。

「このあたりの対魔獣勢を一掃しないと……」

 対戦勢が大半を占める北北西エリアだが、マップの外縁部は過疎化しているため、その隙間を縫って魔獣を狙うパーティーは少なくない。

 彼らは対戦拒否に設定しているためPKできず、普通の方法では排除不能と思われた。

「……これもショウタ君のおかげか」

 モフモフ超魔王国が強大化すれば対魔獣勢が減って、この子たちもヘスペリデスの終了まで生き伸びられるかもしれない。

 そんな夢のような選択肢を得られたのは、すべてショウタ君の戦争計画あってこその話である。

「じゃあアタシも超魔王のお仕事やんないとねえ」

 ランチュウは魔海樹との接続を切って立ち上がり、プクプクに膨らんだかぼちゃパンツを穿き直す。

「おいで。みんなで行進しよう」

 コロフサネズミの大群と共に侵入禁止エリアを抜け、街道に出る超魔王。

 魔獣と共に歩き、対魔獣勢に見せつけるのだ。

 すでに彼らとのテイム登録を済ませているため、この群れを襲うパーティーは、リーダーであるランチュウへのPK扱いとなる。

 対戦拒否設定は、相手がたとえ対戦勢であっても、一定距離内で先に剣を抜けば無効化されるルールなのだ。

 去年あたりにショタロリ団が使った、魔獣の背後に隠れて対魔獣勢の戦闘開始直後に襲撃する犯行手口の応用である。

 発案者はもちろんショウタ君。

 あの時はさすがのフォロワーたちも非難轟轟で、神経の細いムチプリンの胃に穴が開いたのだが、いまとなってはよき思い出である。

「心配すんなって。敵はアタシが瞬殺してやっからさあ」

 大事な魔獣たちを1匹たりとも傷つけさせるつもりは毛頭ない。

 悪い人間どもは武器を構えた瞬間に後ろから全員バッサリだ。

「おっと女子勢は勘弁してやんないとねえ」

 モフモフ超魔王国の拡大は女性プレイヤーの集結が必須条件であり、下手に殺すとショウタ君の計画に支障が生じるかもしれない。

「ぶっ殺すのは野郎だけ。ショタも見逃そう」

 プレイヤー歴の長いランチュウは、ファッションの方向性や挙動から、操作しているプレイヤーの性別を瞬時に識別できる。

 ショタアバターや年少プレイヤーもスルーして、コロフサネズミの大群を囮に成人男性プレイヤーだけを殲滅する作戦であった。

「ほうほう、結構いるもんだねえ」

 背中と腰のオプションからコウモリのような翼を広げ、上空から索敵する。

 すかさず周囲を飛んでいた飛行型魔獣フサガラスの群れがフォローに入り、空飛ぶ超魔王をカモフラージュした。

「何とか浮かべるようにはなったけど、もうちっとうまくなるまでショタロリ団のみんなにゃ内緒にしときたいんだよねえ」

 いろいろ模索してみたのだが、脳内仮想空間の仮想更紗アバターの足は増やせなかった。

 だが飛行モードと同時に仮想両足の操作をフライトシミュ用の仮想アナログフットコントローラーに切替える事で対応が可能となったのだ。

 まだ慣熟していないので高速飛行はできないが、浮かんで周囲を見渡すくらいはできる。

「ひい、ふう、みい……対魔獣勢パーティーが4に対戦勢が2ってとこかいな?」

 探せばまだまだ見つかりそうだ。

「とりあえずノルマは30人! 夕食まで殺して殺してブッ殺しまくるぞ~♡」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る