第4章・睦美のムチプリン

第24話・大路睦美

 人気同人作家【無恥王子】こと大路睦美(34)は醸造人間である。

 彼女をかもした【BLベルショッター】はBL界隈制覇を目指す愛の個人サークルである。

 無恥王子はカップリングの自由のために即売会で戦うのだ!


「やっと入稿終わった~!」

 BLオンリーイベント用のデジタル原稿を印刷会社に送った睦美は、PCデスクにもたれかかって背伸びをした。

 昨日はヘスペリデスを早めに抜けて仮眠を取ったせいか、気力にはまだ余裕がある。

 というか直前まで疲労困憊だったのに、作業終了の興奮で一気に眠気が吹き飛んでしまったのだ。

「ダンナ~、お仕事は進んでますか~?」

 ラノベ作家である夫の博史ひろしが次巻のネタ出しに詰まっているらしく、ここ数日は自室から出て来ない。

 ドアを開けると、博史は薄暗い部屋でPCに向かっていた。

 似たもの夫婦とはよく言ったものである。

「……静かに。こっちもようやくネタが浮かんだところなんだ」

 普段なら甥っ子の世話を口実に使うところだが、あいにく今日は実家に戻っている。

「はいはい。面白いの書けそう?」

 博の小説は、異世界転生した腐女子がポッチャリ腐少年になって美女と美少女と幼女と微少年にモテモテになる内容の、ファンタジーでハーレム展開な長編ライトノベルであった。

 ポッチャリとハーレムを除けば、どこかで聞いたような話である。

「ああ。2部終盤でようやく魔王が仲間になったし、この際だから性転換してハーレムに加えようと思ってね」

 その瞬間、睦美が総毛立った。

「魔王って……男だったよね?」

 性転換したら、またポッチャリ君のハーレムに女子が増えてしまうではないか。

「わあっ待て待て! お前の気持ちはわかるが読者層ってもんがあってだな!」

「だったらリバーシブルにすればいいでしょ! 周期とか何かの拍子で性別をコロコロ変えるの!」

「……それアリだな」

「でしょ?」

 腐ってはいるが睦美も作家の端くれである。

 これくらいのネタならホイホイ出る……と言いたいところだが、いまは入稿明けでテンション上がり気味、頭のネジが外れ回転にブーストが入っている状態なのだ。

「こっちはもう少しかかるから夕食は抜いて、あとで夜食にしよう。睦美も予定あるんだろ?」

 時計を見ると、夜の9時半を過ぎている。

「ええまあそうなんだけど……」

 睦美は博史を自分好みにブクブク太らせたいのだが、痩身で小食な夫はなかなか食事を摂ってくれない。

「昼食のピザ、まだ残ってるか?」

「もちろん」

 夕食と夜食用に、もう1枚用意してある。

「集中が途切れるから、ここらで勘弁してくれ」

「はいはい。じゃあまたあとでね」

 軽くキスをしてから部屋を出た。

 自室に戻ってPCの待機状態を解除し、ヘスペリデスにログインする。

「そろそろ集まってる頃合いね」

 ショタロリ団と、パーティーを脱退したクランマスターのランチュウが、である。

「超魔王国も無事に設立できたし、いったんショタロリ団を解散するのもアリかもしれないわね……あらショウタ君からメール?」

 フリーメールサイトではなく、ヘスペリデスのゲーム内メールである。

 リンクからサイト移動して動画を開くと、ランチュウと魔王パルミナの暴虐により死屍累々な内容であった。

「まったく……ランチュウは相変わらずね」

 面倒になったら即座にトンズラするのも彼女らしい。

 ムチプリンがランチュウと出会ったのは2年ほど前の話。

 ヘスペリデスを始めて2ヶ月ほど経過した時期である。

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