第25話・宇宙人と宇宙人

「ごめんムッチ……私たち、もうあなたと一緒には戦えない」

 ヘスペリデスを始めてから2ヵ月目に入ったところで、ムチプリンはパーティーリーダーからクビを宣告された。

「メンバーに達人級が混ざってると、修羅どもに追い回されるのよ」

 当時のヘスペリデスはまだ対戦拒否設定が存在せず、対人戦に向いていない対魔獣用装備で、対戦勢に怯えながらフィールドやダンジョンを歩くのが彼女らの日常であった。

 いま、こうして宿屋で話しているのも、街道でPKされてリスポーンしてきたからである。

 ただしムチプリンだけはキルされていない。

 対人戦ではパーティーの回復担当であるヒーラーなど真っ先に狙われるものだが、元から廃ゲーマーだった睦美のムチプリンにとって修羅級など敵ではなく、しぶとく生き残ってしまったのだ。

 もちろんPK野郎どもは杖でぶっ叩いて全員地縛霊にした。

 その後、大急ぎで街に戻って仲間たちと合流したのだが、そこで待っていたのは無慈悲なクビ宣言。

「私たち、まだ修羅梅どころか上級者にもなってないのに、あんな連中と戦わされるのは迷惑なんです」

「ごめんなさい、もっとレベルの高い人とプレイしてください」

 当時、睦美が所属していた同人サークル【ムチュムチュ少年団】の作家陣で常設パーティーを組んだのが失敗の元であった。

 ガチャゲーやパーティーゲームしかやった事のないメンバーで対戦要素の高いヘスペリデスをプレイするなど、最初から無理があったのだろう。

 そして変なスキルを発掘したのが運の尽き。

 他の誰にも再現できないバグ技だったせいか、ムチプリンはネット掲示板で(当時)最上ランクの達人級に認定されてしまったのだ。

 それ以来、噂と手配書が出回って、おかしな機動を繰り返す修羅どもにPKやPvPをふっかけられる毎日である。

 ムチプリンは世間一般の基準でこそ強い方で、バグ技がなくても羅刹級に匹敵する腕を持っているが、中級者と上級者しかいないパーティー仲間を単独で守りきれるほど人間やめていない。

 ……ムチプリンはヒーラー担当の聖職者アバターで、他のメンバーは3人とも戦闘職だったのだが。

 こうして睦美とムチプリンはソロになった。

 同人サークルも抜け、それ以降は個人サークル【BLショッター】を単独で切り盛りしている。

 元々そこそこの人気作家だったせいか、個人誌の方は睦美だけでも何とかなった。

 だがヘスペリデスとなると八方塞がりな状態である。

 野良パーティーに加わろうと声をかけると、相手はナゼか必ず襲いかかって来るのだ。

 一度は戦わないと仲間になれないとでも思っているのだろうか?

 いや悲鳴を上げながら剣を抜くプレイヤーがいた気もするが、きっと実況配信中のウケ狙いに違いない。

 そんな時である……同じく達人級だったランチュウと出会ったのは。

「うにゃはははははははは~~~~マスク狩りじゃあ!」

 街道のど真ん中を歩いていると、(腐った)女性プレイヤー特有のデザインを持つ美少年型アバターが、どこの誰とも知れない重戦士の頭上で逆立ちしながら高速回転し、両手の短剣でヘルメットをガリガリ削っていた。

「ダブル渦流ドライバー‼」

 割と簡単な入力で出せるものの、アバターと一緒に視界も高速回転するため姿勢制御が難しく、普通は的の大きい中ボスクラス以上の魔獣でもない限り使われない軽戦士用のコマンド技である。

 あとヘスペリデスのコマンド技は簡単な名称と記号と番号が振ってあるだけで、プレイヤーが好き勝手に名前をつけるのが慣例であった。

 美少年アバターの背後には大型フォントで『1200万パワー』と表示されている。

「外道のランチュウ……」

 割と有名なプレイヤーで、対戦勢の修羅級や重課金強化装備プレイヤーを狩りまくる、鬼畜で外道なPK厨であった。

「関わり合いになりたくないタイプの人だね」

 そう言ってはいるが、ムチプリンは以前からランチュウをフォローしている。

 鬼畜で外道で悪辣なプレイヤーではあるものの、彼(中身は女性らしい)が配信している尻踊り動画は、ショタ厨のムチプリンにとって極上のご馳走だったのだ。

 プレイスタイルは相容れないが、腐れた趣味は嫌いじゃない。

「苦労するボンバー‼」

 ランチュウが両手の短剣を交差させると、最高級の課金強化装備と思われる豪華なヘルメットが、たちまち木っ端微塵に砕け散った。

 マスク狩るんじゃなかったのか。

「ジャー―――ンプスマ~~~~ッシュ!」

 今度は高価そうな鎧が、瞬く間に立方体の鉄の塊にされてしまった。

 見れば被害者のパーティーメンバーたちはもれなく防具を破壊され、縞々パンツ一丁で狼狽しながらクルクルと回転するばかり。

「噂通りの悪鬼だった」

 武器や盾は破壊不能だが、防具破壊はヘスペリデスの華である。

 だが、あんな防具だけの破壊を狙った偏執的なコンボは見た事がない。

「……防具だけじゃない?」

 被害者たちはランチュウの暴虐で丸裸にされたのに、さらなる攻撃を喰らっても平然とクルクル回り続けている。

 どう見ても致命的なダメージを受けているはずなのに、ダメージエフェクトが出ていないのだ。

「不死チート……?」

 違法改造ツール使用者、いわゆるチーターである。

 運営とプレイヤー一同にとって、不倶戴天の敵と言っていい。

「なるほどね」

 どうやらランチュウの獲物は修羅羅刹や重課金者だけでなく、チーターも含まれているようだ。

 普通のゲームならチーターが狩る側なのだが、バグ技だけで達人級になったムチプリンと違って達人級にふさわしい腕を持つランチュウにはチートなど関係ない。

 チーターたちは不死以外にも様々なツールを使用しているはずなのに、ランチュウにはまるで通用していなかった。

 視界に入った敵を自動的に攻撃するオートボット(不正オートエイム機能)は、そもそも相手を視界に収めていないので機能せず、もちろん一撃必殺チートの出番はなく、縦横無尽に駆け回るランチュウの挙動に引きずられ、移動力を上げる不正ツールと相まって制御不能状態のままクルクルと高速回転するばかりである。

「傍観するつもりだったけど、不正行為とあっては見過ごせないね」

 ランチュウはチーターどもが何もかも諦めてログアウトするまで攻撃を続けるつもりのようだが、ムチプリンはもっと簡単かつ確実な手段を持っていた。

「ちょっと失礼するよ」

 リアルでは女口調の睦美だが、ゲーム内でムチムチ美少年を演じる際は男口調になる。

「これもらうよ」

 戦闘エリアに乱入したムチプリンは、マイルールに則りテキストメッセージでバトルの参加表明を送ってからパンツ一丁のチーターたちに手を出した。

 掴んで、もいで、ポイッと放る。

「うわぁああああぁぁぁぁっ⁉」

 高速回転しながらダメージエフェクトもなく腕をもぎ取られたチーター1号(仮名)が、突然の惨劇に悲鳴を上げた。

 PK中はチャットに制限がかかるシステムだが、武器を出さずに素手で、しかも攻撃判定に含まれないバグ技を使ったので戦闘参加扱いにならず、まだムチプリンとチーターの間には近距離ボイスチャットが機能している。

「だが聞く耳持たん」

 次は足を奪った。

 ポイポイ、ポイポイ。

 外れた手足は物理エンジンの暴走により、次々と天高く舞い上がる。

 最後の1人から首をもぎ取ってゴミのように投げ捨てた。

 シュポーン! と、あるはずのない効果音が幻聴と化し耳に残る。

「あひゃああああああああああああああああっっっっ⁉⁉⁉⁉」

 チーターどもの悲鳴がドップラー効果と共に、空の彼方へと消えて行く。

 こうしてフィールドにはムチプリンとランチュウだけが残された。

「ヘスペリってどこまで高度設定あるんだっけ……?」

 いまでこそムチプリンのバグ技に運営が対応し、首が抜けると死亡判定が下るルールになっているが、当時はまだ実装されていない。

 首だけになっても死なないチーターたちはロケットを上回る加速で打ち上げられ、いまごろ宇宙遊泳を満喫している事だろう。

 そして、いつまで経っても落ちて来ない。

「うっわ~ハ〇ォック神のお怒りじゃあ!」

 空に向かってナンマンダブと念仏を唱えるランチュウ。

「ところでアンタ、確かムチ何とか=サンだっけ?」

 名前までは全部覚えてくれなかったようだが、数少ない同格の達人級だけあって、顔は知られていたらしい。

「手伝ってくれてあんがとさん」

 鬼畜で外道なランチュウに礼を言われた。

 近距離ボイスチャットの適応範囲外なのに、双方向で声が通じている。

 どうやらランチュウもムチプリンをフォローしていたらしい。

「ムチプリンだ。お礼は結構、それより通報を」

 チーターは運営に即通報がプレイヤーの義務である。

「プレイヤーネームがわからんかったから通報は無理。その代わり途中から生配信してた」

「戦闘中に動画まで……」

「あいつらヌルすぎて指が余ってたんよ」

 動画に時刻と位置情報を載せたらしく、フォロワーの特定厨たちがチーターどもの正体を割り出して運営に報告するまで、それほど時間はかからないだろう。

「彼らのBANは決まったようなもんだね……なのにどうして装備を削ってたの?」

「ガリガリするの気持ちいいから」

「嘘だね」

 ファッション系の課金装備とは異なり、強化系の高額課金防具は全損すると課金でしか直せない。

「頭の悪いチーターたちの事だし、リスポーンしたらすぐ修理に出すと踏んでたんでしょ?」

 彼らはもうすぐ永久にヘスペリデスをプレイできなくなるとは思いもせずに、全損した最高級の課金防具一式を完全修復しようと大枚はたくに違いない。

 なぜなら防御力の低い予備の防具で対戦すると、不死チートがバレやすくなるからである。

「まあねえ」

「やっぱり……」

 ようやくランチュウの行動原理が理解できた。

 おそらく重課金プレイヤーを狩るのは、課金強化防具の修理代で運営を儲けさせるのが目的である。

 そしてチーターを発見すると容赦なく嫌がらせを繰り返し、通報のついでに、さらなる課金を強いるのだ。

 運営が儲かるほどヘスペリデスの寿命が延びる。

 はた目には悪鬼の所業に見えても、悪鬼なりにヘスペリデスの将来を考えているのだろう。

 よく見ればランチュウの装備は、非強化系ながらも高額課金でしか入手できないデザイナーズブランドや、課金エディットによるオリジナルのパーツやアクセサリーばかりで、かなりのリアルマネーをつぎ込んでいる。

 きっと中の人は社会人に違いない。

「そうそうムチ何とか=サン、ネット掲示板で宇宙人に認定されたってよ。おめっとさん」

「ええっ⁉」

 いきなり祝福されてムチプリンは仰天した。

 宇宙人級といえば、達人級の中でも群を抜いているランチュウのために設立されたランクのはずだ。

 しかもそれは数日前の話である。

 つまりムチプリンは、世間では鬼畜で外道なランチュウと同格と思われているのだ。

 正直言って、あんまり嬉しくない。

 これではますます女子プレイヤーたちに敬遠されて、パーティーに入れてもらえなくなるではないか。

「ランチュウ、ボクはあんたとコンビを組みたい」

 もうこいつしか残っていないと思った。

 この外道と組めば、もうパーティーに入れなかったり追い出されたりする心配はなくなり、重度の腐趣味でショタコンならオタ話も合いそうだ。

「……いいよ、アンタ面白そうだからねえ」

「それはこっちのセリフだよ」

 こうして常設パーティー【ショタの集い】は結成された。

 その後はひたすら腐れ縁である。

 ショウタ君が加わって【ショタBL団】になり、さらにソルビットが加入して【ショタロリ団】へとパーティー名を変え続けたが、旧ランチュウが失踪するまで存亡の危機に晒された事はない。

 あとはひたすら熟練者や重課金強化装備の集団をPKしたりPvPを挑んだり挑まれたりの毎日である。

 たまには討伐依頼やシナリオミッションに挑戦したりもしたが、ランチュウは長時間の連続集中が苦手で、退治に30分から1時間もかかるボス級の大型魔獣は避けている。

 対魔獣用の強化装備を使えば10分くらいで倒せるのだが、対魔獣派は男性プレイヤーの比率が高いせいもあり、ゴツいのやトゲトゲしたモノしか出回っていないので論外。

 追加パーツや課金エディットによる防具の改造にも限界があり、ランチュウに毒されたのもあって、いまやパーティー全員が非強化ファッション系課金軽装備オンリーである。

 対人戦はリーダーのムチプリンが全体の指揮を執り、ショウタ君が作戦立案と動画配信を、ランチュウが斬り込み隊長で、余ったのをソルビットが倒し、それでも討ち漏らしたのをムチプリンがヒールで回復させランチュウの元に送り返すリサイクルスタイルになった。

 最初から役割分担がハッキリしていたせいか、誰が何を言うでもなく自然に生まれたチームプレイである。

 場合によっては敵を復活魔法で強引に戦線復帰させ、強化魔法てんこ盛りで応援する。

 ランチュウの鬼畜は伝染するのだ。

「「「「デュフフ~ッ、デュフフフフゥ~ッ♡」」」」

 そして勝利のヘンテコリンな高笑い。

 4人並んでの尻踊りは壮観で、腐趣味の睦美は、この動画をPCの壁紙に使うほど気に入っている。

 しかしランチュウとはなかなか打ち解けなかった。

 推しカプがリバ(攻めと受けが逆)など腐れた理由ではなく、どことなく性格が合わなかったのだ。

 妙に気を遣う、いや遣わされるキャラの濃さは強烈で、ショウタ君やソルビットが緩衝材になってくれなければ抑え込んでいた感情が爆発し、どこかでパーティーを解散していたかもしれない。

 だが、ある日の事である。

「妹さんがノイローゼ?」

 結婚で実家を離れて暮らしている妹の妊娠が発覚したのだ。

 ただし夫が海外赴任した直後の話である。

 本来なら喜ばしい事なのにタイミングが悪かった。

 遠い県外に1人で暮らし、繊細な性格で友人もなく孤独に産婦人科へと通う妹は、マタニティーブルーも重なって、どんどん様子がおかしくなって行く。

 そんな妹の様子に睦美も不安を感じたのか、他の仲間たちがいない時に、よりにもよってランチュウに相談してしまったのであった。

 なぜならショタロリ団において中の人が社会人と判明している唯一のプレイヤーだったから。

「独り暮らしならマンションなんぞ放置して実家に疎開させな」

 冷静さを失っていたムチプリンと違って、ランチュウは即座に解決案を提示してくれた。

「お母さんいるんだろ? お腹の子と一緒に面倒見てもらいな。アンタもできる限り協力するんだ」

 幸いにも睦美の、正確にはラノベ作家の夫が購入した自宅マンションは、実家との距離がそこそこ近い。

 ノイローゼ気味の妹を、実家と大路家の間を往復させてストレスを発散させる。

 睦美が車を出せるので距離の問題はない。

 子供が生まれたら定期的に睦美が預かって、場合によっては妹ごと移動させ、子育ての負担を少しでも軽くする計画も、ランチュウの発案によるものであった。

「ムッチさんの妹さんなんだし、どーせいろいろ溜め込むクチなんだろ? 無事に出産まで行けばハッピーエンド……なんて都合のいい展開にはならねーよ」

 ランチュウの予想通り、妹のノイローゼはまだ快復していない。

 しかも生まれたのは双子だった。

 神経過敏な妹と年老いた母だけでは、あまりにも負担が大きすぎる。

 2人の甥を交互に移動させる作戦は、いまとなっては妙案としか言いようがなかった。

 もちろん双子を常に別々にさせると、兄弟仲が悪くなるなど家庭的問題に発展しかねないので、定期的に実家か大路家で一緒に過ごせるローテーションを組んでいる。

 ……いや、普通はそんなトンデモ泥縄アイデアが上手く行く訳がない。

 しかし、それでもナゼか成功してしまったのだ。

 ムチプリンの言動から妹の性格を察し、正確にはムチプリンと同じ性格と見抜いて、ランチュウが可能な限りゲームで解決できる方法を模索してくれたからこそである。

 彼女はリアルで年の離れた弟がいるらしく、ヘスペリデスを通じて赤ん坊の世話まで教えてくれた。

 3Dの赤ちゃんモデルを使ったアナログ操作で手本を見せるなど、ランチュウ以外には到底不可能だと思うが、信じられない手段だったが、現実にモニターの向こうで懇切丁寧に何度も実演してくれたのだ。

 同時にランチュウ視点の動画も送ってくれるので、オムツの交換やミルクの与え方、ゲップの出し方などをバーチャル気分で習得できる徹底したレクチャーである。

 おかげで睦美はたちまち子育てスキルをフルコンプリートし、現実の育児にもあっさり即応できてしまった。

 いま考えるとオカルト級の不可思議現象である。

 しかしランチュウがいなかったら、もし相談しなかったら、妹は流産や育児放棄はもちろん親子心中すらありえたかもしれない。

 もはや足を向けて寝られないほどの恩を受けてしまっている。

 だが礼を言ってもランチュウは『気にすんな』の一点張りだ。

「貸し借りでギクシャクしたってしゃーないよ」

 そしていま現在、ランチュウのリアル、更科更紗は生命の危機に晒されている。

 幸か不幸か、返しきれないとばかり思っていた大恩を返すチャンスが巡って来たのだ。

 今日も睦美はPCデスクに向かい、ヘスペリデスへとログインする。

「はてさて、どこをどうすれば更紗さんと異世界を確実に救えるのか見当もつかないけど、やるだけやってみないとね」

 適当に呟いてはいるが、顔は真剣そのものである。

 ゴールの見えない恩返しは始まったばかりなのだ。

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