第26話・挑戦状
「カバゲームスが買収?」
ヘスペリデスにログインすると、まず目にしたのがショウタ君からのゲーム内メールであった。
リンクにあったニュースサイトを確認すると、ヘスペリデスの運営企業であるカバゲームスが複合企業【マクロンブロス】の傘下として子会社化されたと報じられている。
マクロン関連のゲームをプレイした事はないが、カバゲームスの新社長にヘスペリデスのプロデューサーを務める川浪重蔵が就任したと聞いては、これがいい話なのか悪い話なのか判断できそうになかった。
この人選、この先どう転ぶかわかったものではない。
「ショウタ君の計画にまた不確定要素が増えたわね。ただでさえあのPは予測不能な変人なのに、まさか社長だなんて……」
睦美のムチプリンは一抹の不安を抱えながらもナパースカを出立し、ショタロリ団の集合予定ポイントに向けて疾走する。
ムチプリンはショタロリ団の例に漏れず、防御力が限りなくゼロに近い軽装タイプのアバターで、神官ながらも移動力はそこそこ高い。
ショウタ君のメールによると、ランチュウはまだ魔海樹の制圧に手間取っているようで、こちらから出向いて現地集合した方が手っ取り早いとの話である。
北方エリアに入るデコボコな峠道を走る事、約15分。
これなら超空間ゲート(要課金)を使って北の村から出発した方が早かったと後悔していると、遠くにソルビットとショウタ君の姿が見えた。
どうやら暇潰しにPKを……いや襲撃されているようだ。
人数は7人、いや1人隠れている(つもりらしい)ので8人、そのうち6人はすでに昇天し、残りは2人。
もちろん奇襲を受けるほど間抜けなショタロリ団ではないので、おそらくわざと隙を見せて襲撃者をおびき出し、美味しく戴いている真っ最中に違いない。
ショウタ君は撮影担当なので、実際に戦うのはソルビットだけなのだが、それでもやはり一方的な戦いであった。
複雑なハイテンポステップで視界から消えたショウタ君を探す熟練軽戦士アバターを、棍棒ワンドの回転連打で瞬殺するソルビット。
それを見て草むらから逃げ出した大剣持ちがこっちに逃げ出して来たので、ムチプリンは通りすがりの一般人を装い見過ごすフリをしつつ、非道にも足払いをかけた。
武器を使わず格闘スキルも保有していないのでPK戦の参加扱いにならず、相手の転倒も事故扱いとなる悪逆非道な所業である。
転んだ男の姿に見覚えがあった。
確か大手クラン【デモノフレンズ】の上位メンバーだったか。
「あらごめんなさい」
ムチプリンは倒れた大剣持ちのダメージを魔法で回復し、ついでに強化魔法でドーピングしてからソルビットの元(死地)へと送り返す。
『頑張ってくださいね』
テキストチャットで一声かけて励ますのを忘れないムチプリンであった。。
今回はショタロリ団のリーダーとして参戦前からPK中扱いなので、相手とのボイスチャットは通じない。
「お、おお……助かるぜ」
突然の回復魔法とドーピングに誤魔化され、大剣持ちはムチプリンに転ばされた件を忘れた模様。
だが彼がソルビットに襲い掛かる瞬間、あっさり横から現れたランチュウにかっ攫われる。
「おまたせ~!」
憐れな大剣持ちは、派手なモーションで即死しつつ高速回転しながらぶっ飛ばされて大木の幹に叩きつけられ天に召された。
「……あれ? こいつで終わり?」
勝手に乱入したくせにランチュウは不満顔である。
それを見たムチプリンは、仕方なく死にたての大剣持ちを魔法で強制的に蘇生させた。
『諦めたらそこで試合終了ですよ』
死んだそばから復活させられて目を白黒させる大剣持ちの背中を叩いて励まして、レースのピットクルーよろしく宛先ランチュウ(死地)で送り返す。
『ありがてえ、恩に着るぜ!』
「……………………」
お礼のテキストメッセージをもらってムチプリンは感動にうち震えた。
「ううっ……この背徳感たまんないわ」
普段からランチュウを外道呼ばわりしているムチプリンですら、この有様である。
「ありゃまあおかわりさん? じゃあ遠慮なくドババー」
勇ましく飛びかかる大剣持ちだったが、今度は丁寧にレア防具を1枚ずつ剥ぎ取られパンツ一丁になってから尻を突かれて再び天に召された。
『あいかわらずひどい』
ソルビットが思わず漢字変換を忘れるほどの悪辣さである。
「もういっちょおかわり!」
まだまだ殺る気マンマンのランチュウであった。
「これで終わりだよ」
気難しいランチュウの不満を感じて思わず復活魔法を使ったが、そう何度もやる気はない。
「ちぇ~っ」
そして文句を垂れながらも勝利の尻踊り。
「デュフフ~ッ、デュフフフフゥ~ッ♡」
「ところで、こいつら確か大手クランのメンバーッスよね?」
まだ死体が表示されているので、念のために顔を確認するショウタ君。
「デモノフレンズ。確かクソ真面目なガチ対戦勢が集うクランだよ」
ムチプリンは他のメンバーを眺め、最低でも半分、あるいは全員がデモノフレンズのメンバーだと確信した。
課金強化装備の徹底破壊や死者蘇生リサイクルや勝利の尻踊りなど、悪行を繰り返すショタロリ団を蛇蝎のごとく嫌っていると風の噂に聞いている。
「やっぱり建国宣言のせいでしょうか……?」
不安げな顔でキョロキョロするソルビット。
「あなたはそろそろ人外候補の貫禄を持った方がいいと思うよ」
ランチュウに次ぐ強さを身につけても、まだ怖いモノがあるのかとムチプリンはあきれ返った。
「例の動画を観て刺客を送ったッスかね?」
「まさか。それならクランのトッププレイヤーが来るでしょ?」
「デュフフフフフフフフ…………♡」
ムチプリンの背後でランチュウが尻踊りからアップライトスピンに切り替えている。
「あれでも修羅の松級だと思うッス」
ショタロリ団にとって修羅より下は有象無象の
「デモフレは教科書通りにしか戦えないクランだから仕方ないね」
ムチプリンはバッサリ切り捨てた。
「意表も突かずに対戦で勝てる訳ないのに、世間様と違うプレイを嫌うから……」
入団するとパターン通りの戦闘スタイルを強要されるため、大手でありながら羅刹以上のプレイヤーがいないと評判のクランである。
デモノフレンズ出身の羅刹や妖怪級のプレイヤーは少数ながらも存在しているが、その誰もがクランを脱退してから出世しているのだ。
「最近は修羅勢にも見放されて、過疎ってるらしいッスよ」
もはや大手ですらなくなったようである。
「そっか、それで名を上げようと刺客を……?」
「よく私たちの居場所がわかりましたね」
「手分けして峠道を張ってたんじゃないッスか?」
首をひねるショタロリ団一同だが、このレベルなら、たとえクランメンバー全員の一斉攻撃を受けても負ける気がしない。
正直なところ、ソルビット単独でも殲滅できそうな気がする。
「みんな穿った見方すんねえ。デモフレは学校だよん?」
3人がデモノフレンズの悪口を言っていたその時、ランチュウの(踊りながらの)ツッコミが入った。
「デモフレは初心者から修羅松級まで親切丁寧にいろいろ教えてくれる、ありがた~いクランだよ。生徒の人数が増えすぎないように卒業させてるだけさ」
「増えると問題あるッスか?」
「道場……クランハウスがラグる」
ネットゲームである以上、光通信といえども限界があるのだった。
「あそこはハウスで型を教えてるから、学生の数を絞ってんだ。技開発の才能がないと、そうそう羅刹にゃなれねーけど……」
ネット掲示板のランク認定は、独創性がないと修羅より上に行けない制度となっているのだ。
デモノフレンズはクランマスターを始めとする一部の古参を除けば、主要メンバーの大半が修羅より下のランクに留まっているのだが――
「そんな連中が教官になって、初心者勢の上達に一役買ってるって訳さあ」
「ほうほう……ッス」
関心するショウタ君。
「でも、あのクランは定石通りのプレイしか教えないし、認めないでしょ」
「そこは人それぞれだよ。習い覚えてから自分の道を見つけ出す者もいれば、物覚えが悪くてハナから自主開発するしかない奴もいる。上達の道はいろいろあんのさ」
「デモフレって羅刹もいたッスよね?」
「技を一通り習得してから上手くなるタイプの巣窟だからねえ」
「なるほど、ボクたちとは人種が違いすぎるんだ……」
ソルビットをチラリと見ながらムチプリンは納得した。
以前、ランチュウからどんな教練を受けたのか聞いた覚えがある。
……人間には理解不能な理論しかなかった。
アレについて行けるソルビットは人間じゃない。
逆に言えば、人間にモノを教えられるのも人間だけなのだ。
そして自分だけは人間だと思っているムチプリンも、普通のプレイヤーと比べて多少は逸脱している自覚がある。
「アタシにゃ到底理解しかねるけど、アイツらは素直に尊敬するよん」
ランチュウは話しながら踊りをビールマンスピンに切り替えた。
「ホントッスね……クランサイトに技動画の紹介欄があるッスよ。それも初心者向けから高レベル技まで細かく多彩に、しかもわかりやすく分別して紹介されてるッス」
「どれどれ、うっわ大量にある……」
ショウタ君が空中に開いたウィンドウを覗き込むムチプリン。
感覚派にはただ面倒臭いだけの攻略サイトだが、ごく一般的なプレイヤーには教科書以上の価値がありそうだ。
「何にせよ理解できんモノをうかつに否定すんなって話さあ」
人間の理論が理解できないランチュウならではの至言であった。
「反省するわ……でもクランメンバーが減った理由は?」
この疑問にはショウタ君が即答する。
「技動画と対戦理論記事を作りすぎて、新入生が来なくなったッスね。わざわざクランに入らなくても、サイトを覗けば上達に繋がると思うッスよ?」
「見ただけで強くなれるなら誰も苦労しないでしょ」
「それで上達できるタイプの集団っスよ、デモフレは」
ショタロリ団には感覚派プレイヤーしかいないため、なかなか気づけない事である。
「あっ、そうか…………」
ムチプリンにも、ようやく合点が行った。
デモノフレンズは、もはや大手クランとして道場を続ける必要がなくなったのだと。
「じゃあ私たちを狙ったのは……?」
ソルビットが首をかしげる。
「アタシたちへの顔見せだよ」
断言するランチュウ。
「じゃあ、近いうちにクラン同盟の申し込みが来る?」
それらしいメールが届いてないかチェックするムチプリン。
「ショタロリ団を心底嫌ってるって聞いたッスけど?」
「そりゃクランの教育方針と違うからねえ。生徒が変な影響を受けないように偽装してんじゃない?」
ランチュウの理論を多少ながらも理解できるのはソルビットだけ、残りの2人も化物ばかり。
よほどの適性がないと真似のできるパーティーではなく、普通の人間が真似しようと考えると上達の道筋を間違え、絶望のあまりゲームをやめてしまうかもしれないのだ。
「ひょっとしてデモフレが邪道を嫌うのって、奇行種に普通の戦い方を教えると成長を阻害するからッスか? 追い出して自分の道を歩ませるためッスよね?」
ショウタ君がふと思った疑問を口にする。
「あったり前じゃん。せっかくの変態を人間に戻しちゃうのは勿体ないでしょ」
プレイヤーを選別し、残った常人たちの技術を底上げするのがデモノフレンズの目的で、なかなか上達できない普通のユーザー層を繋ぎ止める最終防衛ラインを担っていたのだろう。
「それならショタロリ団との同盟なんて考えないでしょうに……」
ムチプリンはランチュウの理屈に納得できない様子である。
「だから技動画」
「……そっか」
「一通りの対戦理論記事と技動画が出揃って、ついに道場を畳む決意を固めたのさ」
「もしかしてデモフレのクランマスターって、ランさんの……」
知った風な口を利くランチュウに違和感を持ったソルビットは、ようやく話の裏に思い至った。
こいつら通じてる、と。
「アタシのフレンドだよ。SNSじゃ結構前から話し友だちやってる」
知った風な、ではなく本当に知り合いだった。
「うっわぁ」
「道理で詳しいと思ったら……」
これだから人の縁はわからない。
「ランチュウの友人に人間がいるとは驚きだね」
「自分も人間じゃねーって自覚あったんかい宇宙人」
人体をポイポイとバラバラにするムチプリンに人外呼ばわりされるのは心外極まりないと、ランチュウはキャメルスピンで高速回転しながら文句を垂れる。
「それもそっか。じゃあこっちから同盟申請した方が……あら?」
ムチプリンがメニュー画面を開くと、メールボックスにいつの間にかPvPの申請が届いているのを発見した。
「なになに宣戦布告状?」
「いやPvPの申し込み。クラン無所属の常設パーティーだって」
詳細を確認するムチプリン。
「パーティー名は……【クマ井さん連盟】?」
「聞き覚えのない名前ッスね。新興勢力ッスか?」
ショウタ君がネットで調べてみるが、動画サイトにアカウントがあったものの鍵垢で中を覗けない。
「SNSの話題にも上がってない……こりゃ別垢か帰参勢ッスね」
おそらくクマ井さん連盟はアバター名や容姿を課金で変更した元・熟練プレイヤー集団に違いないとショウタ君は推測する。
もしくはアカウントを作り直したのか。
「こりゃ調べても無駄っスね。勝負はどこでやるッスか?」
「1時間後に北方エリアのビエマーチュ迷宮で待つって」
敵味方の区別なく通信できるオープンチャット設定で、非戦闘員のショウタ君に配慮したのか3on3形式に、ただし生配信はご遠慮願います(動画撮影はOK)など、事細かに指定されている。
「うっわー挑戦者なのに注文多いッスね」
「これは罠でしょうか?」
「間違いなく罠だけど、悪意は感じられないねえ」
ランチュウはいつの間にかスピンをやめて尻踊りに戻っている。
「つまり、この条件でないと勝てる自信がないッスか……」
ショウタ君は早速ネットを開いて現地情報の収集を始めた。
「何でもいいよ。たぶんコイツら勝敗より面白味を求めてる」
「メールでそこまでわかるッスか?」
ショウタ君は『こいつマジ人間じゃねえッス』と目を丸くしてランチュウを見る。
「だって迷宮だよ? フィールド狭いにもほどがあるよ? そんなとこで戦うなんて酔狂以外の何だってのさ」
ショタロリ団は戦闘において運動性を重視するパーティーである。
そんな連中に屋内戦闘を挑んだ日には、普通なら長くても20秒でケリがつく。
「つまり相手は普通じゃない……?」
無冠らしいが妖怪級や宇宙人級に匹敵するパーティーとの対戦が期待できるかもしれない。
「これは面白くなりそうっスね!」
「そーゆー事! みんな行こうよ! そんなの絶対楽しいに決まってるからさあ!」
ショタロリ団の出動は常にランチュウの一声で決定される。
なぜならリーダーはムチプリンでも、ボスはいつだってランチュウなのだから。
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