第11話・帆苅夏帆
しかもポッチャリ体形で、高いところにある荷物を取るのも一苦労である。
「無理すんなって。アタシが取ったげるからさ」
そんな時、いつも助けてくれる職場の先輩がいた。
彼女の名前は更科更紗。
痩せ型で背が高く、手足と指も異様にひょろ長くて目つきも悪いが、外見とは異なり明るく気さくで剽軽な性格で、同僚たちにも慕われている。
「仕事は体で覚えるんよ。そうすりゃ他に気を回せるようになっからさ」
スマホやガラケーを扱うキャリアショップの接客業が体で覚えるものだとは、学生時代には想像もつかなかった。
「笑顔は気持ちじゃない。表情筋を鍛えて強くなるんだ」
ただの笑顔が店員を守る盾や鎧になろうとは、就職した時は考えもしなかった。
笑って見せるだけで、お客様や同僚たちの態度が一変するのである。
更紗のおかげで夏帆の世界は一変した。
「この人、ランさんに似てる……」
人間関係が元で大学を中退し、職場にも馴染めず悩んでいたころ、ネトゲにハマって引きこもりになりかけていた夏帆であったが、それを救ったのは更紗とランチュウである。
「2人が同一人物だったらいいなあ」
職場のよき先輩で、いまはよき友人でもある更科更紗。
ファンタジーMMOアクションゲーム【ヘスペリデス】で夏帆が使っているアバター・ソルビットの師、百手巨人ランチュウ。
その疑問はすでに確信へと変わっているが、夏帆にはこれを確認する勇気がない。
ランチュウはとっくに人間をやめている。
だがしかし、職場の更科更紗は人間で、少なくとも人間を演じている。
もし更科更紗とランチュウが同一人物だったとしても、それを聞いてしまったら何かが終わってしまうような気がするのだ。
なぜなら夏帆自身が、ここでは人間のままでいたいと思うから。
現実世界にゲームの話を持ち込むと、夏帆はもちろん更紗まで人間ではいられなくなってしまいそうな予感がしたのだ。
――だが、ある日を境に店から更紗の姿が消えた。
ランチュウがショタロリ団に顔を出さなくなったのと、ほぼ同時期である。
数日経っても来ないので、同僚たちと一緒に様子のおかしい店長をシメると、もうすぐ中学生になる彼の息子が更紗に酷い事を言ったらしいと判明した。
『枯れ木女』
重度のショタコンであるランチュウと更紗が同一人物なら、きっと耐えられない。
退職届が届いているものの、さすがの店長も悪いと思ったのか、それを受理せずクビを覚悟で有給扱いにしているらしい。
もう一度締め上げて更紗の住所を吐かせた。
徒歩で行ける距離だ。
夏帆は店を同僚たちに任せて走る。
途中でパンプスの踵が折れた。
脱ぎ捨てて、また走る。
「間に合わないかもしれない」
想像したくないのに悪い予感が止まらない。
スマホのナビを頼りに更紗のアパートへ到着すると、その門前に救急車とパトカーが、ランプを点滅させながら路上駐車していた。
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