第12話・ソルビットと超魔王

「確か、このあたりだったはず……」

 超空間ゲートで近所の街に移動したソルビットは、怒りに任せて何も考えずにオニカラダチの森まで来てしまった。

 かなり広いフィールドで、どこから探せばいいのか見当もつかない。

「せめて情報収集してから来るべきだったかな……?」

 いや、いまからでも遅くはない。

 夏帆は家庭用ゲーム機ではなくハイスペックPCと高解像度ワイドモニターを使っているため、動画サイトやネット掲示板の確認などプレイしながらの同時進行でも可能だ。

 その間はアバターが無防備になるが、いざとなればスマホを使う手だってある。

 用心深く物陰で木の枝など擬装用のパーツを被ってから、モニターに別のウィンドウを開いて情報を集める夏帆。

 ちょっと潜っただけで簡単に、かつ大量に見つかった。

 自称・超魔王による被害者は結構な数に上っているらしい。

「北北西エリアのワールドマップ際あたりか……」

 敵の行動範囲は案外狭いようだ。

「あとは見つけて叩きのめすだけね」

 憎悪に燃えるソルビット。

 夏帆は男装ロリ専門のオタクで、ショタにはまったく興味がなかったが、更紗のランチュウが絡むなら話は別だ。

 アバターはショタでも、中の人が女性なら実質男装ロリではないか。

「男だろうが女の子が扱えば女のコになるんだよ。そういうもんだぜ、エヘヘヘヘ」

 そしてニセモノは、ただのショタだ。

 ぶちのめしていい。

「でもニセモノって性別不詳なんだっけ?」

 本物のランチュウも外見だけなら男か女かわからない。

「もし、あいつが男装ロリだったら……」

 アバターはロリでも中の人はオッサンに決まっている。

 ネカマ殺すべし慈悲はない。

 問題は、そのニセモノがランチュウによく似たプレイスタイルで、入力機器やキー配分も近いと考えられる事だ。

「強さはランさんに遠く及ばないでしょうけどね」

 あんな人外魔境プレイヤーが、そうそう存在していい訳がない。

「私だって入力機器じゃ負けてないんだから」

 いまのソルビットはネット掲示板で人外認定選考中の宇宙人級。

 ボイス・テキスト双方のチャットと、お尻を振りながらの同時進行でアナログ操作による高速戦闘こそ真似できないが、アナログパッドとキーボードが一体化した複雑怪奇なゲーミングコントローラーと、フライトシミュレーター用のアナログフットコントローラーを使った戦闘機動は、速度と運動性だけなら本物のランチュウにも劣らない。

 ニセモノごときに負ける訳がなかった。

 1時間ほどかけて下調べを終え、捜索開始から数分後……。

「おっソルさんだヨッホー♡」

 あっさり自称・超魔王を発見してしまった。

 しかも親しげに挨拶までされてしまった。

 いままでの苦労は何だったのかと、心の炎に油(可燃物)ならぬガソリン(爆発物)がドバドバ注がれる。

「……………………ニセモノ」

「はぁ?」

「シネ」

 有無を言わさず飛びかかった。

「おおっPKか? デュエルならせめてPvPの手順くらい踏もうよ!」

 ソルビットの棍棒ワンドを短剣で受け止める超魔王。

 そこからは乱戦である。

 相手視点では自分でも追いきれない超ハイテンポでクルクルと走り跳ね回り、棍棒ワンドを逆手で振り回す。

 それを自称・超魔王は連続ステップと特殊入力による瞬速旋回で回避し、背中を向けながら短剣を突き出して対応する。

 それをソルビットは咄嗟に斜め後ろダッシュキャンセルで緊急回避……と同時に、自称・超魔王の予測進路上へと棍棒ワンドの攻撃モーションを置いた。

 2人は不規則ステップで死角を取ろうとポジションを奪い合うが、どちらも普段から相手を視界に収めないスタイルなので意味がない。

 必然的に極至近距離での超速ドッグファイトになった。

「ニセモノ! ニセモノ! ニセモノ! ニセモノ! 殺してやる殺してやるキルしてやる殺す殺す殺す殺す殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺殺……‼」

 攻撃を繰り出すごとに殺意を高めるソルビット。

 操作感覚から言語思考を切り離し、反応速度をシフトアップする罵詈雑言を呪文のように唱え続ける。

「おおっ凄い殺気だねえ猛り狂ってるねえココロセだねえ!」

 ソルビット渾身の連続必殺コンボは、自称・超魔王に軽々と受け流された。

「それほどの腕を持ちながら……なぜランさんを騙るの⁉」

 いったん距離を取り、仕切り直しを計るソルビット。

「いや本物だってば。見た目はちょいと変わっちまったけどねえ」

 自称・超魔王には本気で戦おうとする意志が感じられない。

 その飄々とした口調は本物のランチュウそのものだ。

「そんな訳ない! 絶対ない! だって本物は……」

「一応だけど本物よん」

「嘘だ‼」

 ソルビットはダッシュで一気に距離を詰め、セミオートエイムで相手の周囲を旋回するクイックステップで自称・超魔王の背後に回り込み、逆手に持った棍棒ワンドを交互に揮う。

 すでに視界から敵の姿は消えているが、探している暇はない。

 咄嗟にしゃがむと、頭上を回し蹴りがかすめて行った。

 鳥や竜のような鋭い爪や蹴爪が刺さったら、防御力ゼロのソルビットでは一撃で死亡判定が出そうな攻撃だったが、慌てたり焦ったりする時間的余裕はなかった。

 半秒で次の攻撃が繰り出されるに決まっているからだ。

「だってランさんは……」

 ソルビットはバックガードの姿勢を取り、ガードリバーサで回り込み追尾を試みた。

「更科さんはアパートで……」

「…………⁉」

 偽ランチュウは右手の短剣を放り出し、素手でソルビットの棍棒ワンドを受け止める。

「何でアタシのリアルを知ってるのさ?」

「……ランさん…………本当に本物なの?」

 よく見るとテキストウィンドウの隅に、自称・超魔王とのフレンド登録とパーティー登録を示すアイコンが表示されている。

「ボイスチャットが通じてる⁉」

 自称・超魔王がボイスとテキストの両方で同時に喋るのは知っていたが、プレイ動画を見る限り、プレイヤーたちの声が超魔王に届いている様子はなかった。

 PK中のボイスチャットは、相互フォローかパーティーの一時登録がないと双方向通信が成立しない。

「ひょっとしてソルさん、アタシとリアルで知り合いだった?」

 自称・超魔王の言葉に、PCモニターの前で硬直する夏帆。

「本物のランさん……ウソ……?」

 いま目の前にいるのが本当にランチュウなのか、本物の更紗なのか、リアルの事情を知っているソルビットだからこそ判断しきれず混乱した。

 どう見ても本物だが、そんな事がある訳がない。

「まさか更紗さんの幽霊……?」

「足はあるよ?」

「あれは江戸期の幽霊画で丸山応挙が始めたものです」

 手抜きで足を省略したなど諸説あるが、起源だけはハッキリしている。

「よく知ってんねえ。で、ソルさんは何者だったん?」

「帆苅夏帆です」

「ありゃまあ同僚だったんかい」

「本当に更紗さんだったんだ……」

 夢が叶ったといえなくもないが、最悪の状況ともいえるだろう。

「まあ訳はあとで話すから、とりあえずついて来なよ」

 落とした短剣を拾い上げ、手招きしながら歩き出すランチュウ。

「どこ行くんですか?」

「いまのアタシゃ超魔王だからねえ。魔王は魔王なりのお仕事があんのさ」

 ガサガサと効果音を立てながら、ランチュウは森の茂みに侵入した。

「ランさん、そこ進入禁止エリア!」

 一瞬、本当に幽霊になったのかと思った。

 背景は魔界樹など破壊不能なオブジェクトも存在するが、通常の背景パーツは壊したり燃やしたりが可能である(ただし一定時間で再生する)。

 しかし茂みなどの侵入禁止エリアは、たとえ破壊してもプレイヤーが足を踏み入れる事はできない。

「ここって抜け道があるんよ。アタシは半分魔獣扱いの超魔王だから侵入禁止エリアにだって入れるけど、ソルさんも一緒でなきゃ意味ないっしょ?」

 言ってる事はよくわからないが、アバターがギリギリ入れそうな獣道が通っているのはわかった。

「こんなの、よく見つけましたね……?」

「アタシじゃなくて使用人が嗅覚で見つけたんよ。さっすが犬魔獣人!」

「これまでの発言だけで、聞きたい事が山ほどできたんですけど……」

「あとでマルっと話すから」

「はいはい」

 夢でも見ているのかと夏帆は頬をつねり、ソルビットはランチュウのあとを追って獣道に入る。

 茂みを抜けると、目の前に巨大で極彩色の大樹があった。

「魔界樹。アタシの仕事場さ」

 枝にはいくつもの果実が山ほどぶら下がっている。

 ホオズキを大きくしたような形状で、中は赤い液体で満たされているようだ。

「これって魔界樹だったんですね……」

 似たようなモノを遠くから何度も見た記憶はあるが、進入禁止エリアだったので、それが何であるかなど考えた事もなかった。

「アタシも教えてもらうまで気づかんかったよ」

 魔界樹はヘスペリデスのストーリー上、それなりに重要な設定を持っているのだが、実際のプレイとは無関係だったせいか、誰にも興味を持ってもらえない不憫な存在である。

「普通は侵入禁止エリアにあるもんだけどさ、ここはちょいと工夫すりゃ誰でも辿りつける場所にあったんだ」

「確かこれ破壊不能オブジェクトでしたよね?」

 ヘスペリデス世界を魔界化した元凶という設定なので、壊せたらゲームの前提条件が破綻してしまうからである。

 ちなみに魔海樹が関わる本編シナリオは、自動生成ではなく人力で制作され、現時点で(推定)中盤を過ぎたあたりまで発表されているが、あまりの厨二トンデモ超展開ぶりに、変なファンを除けば誰も追っていない。

「そうそう。でもさあ、アタシゃこれからコイツに接続しなきゃならんのよ」

「接続……?」

 本編シナリオ級の超展開ぶりに、ソルビットは首をかしげるばかりである。

「もしものために、ソルさんには周囲の見張りと、接近するプレイヤーのPKをお願いしたいんよ。接続すると身動き取れなくなっちゃうから、夜まで待とうか迷ってたとこなんだ」

 ヘスペリデス世界の夜は現実世界の朝なので、日曜を除けばログイン中のプレイヤーが最も減少する時間帯なのだ。

「いや~丁度いい時に来てくれたよ。サンキュー、ソルさん!」

 ランチュウは、ちっとも困っていなさそうな表情で子供用の毛布を広げている。

 そしてベルトループのホックを外し、かぼちゃパンツをプリッとずり下ろした。

「なっ……ランさん⁉」

 ショタBLによる脳の腐敗が進行しすぎて、とうとう露出狂に変態的な変態を遂げたのかと思った。

「いやダメですよランさんったらこんなところで……」

 変な勘違いをしたソルビットは頬を染めてモジモジする。

「いやあ、魔界樹の接続ターミナルって便器型ばっかでさあ。いまのアタシはシッポが短いから、お尻ごと突っ込まないと入らんのよ」

 ズポッと便器もといターミナルにお尻をズポッと入れ、ニシキゴイのような紅白模様のシッポを接続させるランチュウ。

「えっ……トイレで特殊プレイですか?」

「ソルさん、ヘスペリはエロ表現禁止の12才以上対象ゲームだよ?」

 今回のターミナルは、前世紀の遺物で女性用小便器のサニスタンド型である。

 サニスタンドは腰を下ろさず空気イス状態で用を足す便器だが、ランチュウはシッポが短いので、パンツ半脱ぎ状態で尻ごと入れないと、中のソケットに届かないのだ。

「あっ……その毛布、股間を隠すためのモノだったんですね」

 さすがのソルビットもエロ展開を諦めた模様。

「いまが初夏で助かったよ。冬場はちょいとしんどそうだからねえ」

 ヘスペリデスの世界にも四季が存在し、日本の季節と時期が重なる仕様であった。

 そしてオニカラダチの森はワールドマップの北西に位置し、極彩色とはいえ北欧の森林地帯をモチーフにしているのか、冬は雪やブリザードなど厳しい環境に設定されている。

 雪空の下で生尻なんか出したら凍結ダメージを受けそうだ。

「凍結耐性の強度試験なんてやりたくないからさあ、できれば秋までに、このへんの魔界樹を全部制圧しときたいんだよね」

 樹王のスペアボディで魔王なランチュウは、ひょっとしたら寒さなど平気かもしれないが、培養中に強制放棄された幼体なので、どんな不具合が起こるかわかったものではない。

「それでランさん、これって何やってるんですか?」

「だから魔界樹の制圧だってば。あとネットワークも拡大しないと」

 人外魔境の言葉はよくわからないが、どうやら本当に訳のわからない事態になっているとソルビットは理解した。

「2週間前にアタシがどうなったかは、ソルさん……いや帆苅さんはご存知だよね?」

「はい。お酒を飲んで、連日徹夜でヘスペリやってたと聞いてます」

「そうそう。それでさあ……って、ソルさん昼食は?」

「いえ、まだですけど」

 ヘスペリデスは現実世界と昼夜が逆転しているので、夏帆にとっては夜食になる。

「お弁当あるんだ。一緒に食べよう」

 手元にウィンドウを開いて、アイテムストレージから弁当を取り出すランチュウ。

「わあっ、SP回復以外でお弁当なんで久しぶりですね」

 リアルでこそ更紗との昼食はよくあるイベントだったが、ゲーム中では半年ぶりである。

「何だかフルダイブVRみたいな気分です」

 唐草模様の風呂敷包みを広げると、ライ麦パンのサンドイッチが入っていた。

「これって手作り弁当ですか?」

「うん。世話になってる家でもらった」

「このあたりにお弁当をくれるNPCなんていましたっけ? プレイヤーですか?」

「うんにゃ魔獣人」

「魔獣⁉」

 驚くソルビット。

「いまのアタシゃ超魔王だからねえ。魔獣の知り合いくらいいるさ」

「……………………」

「そのうち会わせてやんよ。モッフモフだぞ~?」

「ランさん、私たちの知らない間に何があったんですか?」

 とりあえず話を聞こうと、夏帆はアナログスティックを細かく操作してサンドイッチを手に取り口に運ぶ。

「うんまあ、いろいろあってねえ……」

 ランチュウの長話が始まった。

 日が傾いて背景が赤く染まる。

「えっと……異世界がヘスペリに侵食されて、いまのランさんは異世界転生で異世界モンスターたちの異世界魔王をやってると……?」

 サンドイッチを食べる手が止まった。

 夏帆は反射的に表情入力を行い、ソルビットの顔を青ざめさせる。

「どうしてそれを早く言ってくれないんですか! これランさんが全部食べなきゃダメなモノですよ!」

 何のダメージも受けていないソルビットがサンドイッチを食べる意味は、操作技術のアピールくらいしかない。

 対して生身のランチュウは、食べないと大きくなれないし空腹も満たせないのだ。

「ソルさん⁉ いや心配してくれるのはいいんだけどさあ、アタシの与太話を本気で信じてくれるの?」

「それだけの状況証拠は揃ってます。辻褄も合ってますし、そもそも私はランさんの話を微塵も疑ったりしません」

「うっわ~アタシ自身が説得力ねーなって思ってんのに……」

「でも嘘はついてませんよね?」

「うん、ついてない」

「ランさんがそう言うなら私は信じます。続けてください」

 かなりSFいやトンデモファンタジーな内容だったが、目の前に本物の更紗が操作しているとしか思えない超魔王がいる以上、否定のしようがない。

「でもまさかソルさんの中身が帆苅さんで、しかも逸般人(隠れオタク)だったとはねえ。店のみんなは元気? ……いやアタシゃ辞めたんだっけ」

「辞表は受理されてません。店長がクビを覚悟で隠蔽してくれました」

「うっわー、そりゃ感謝しないとねえ」

「更科さんがこうなったのは店長のバカ息子が原因です。今度会ったら殺す」

 食べかけのサンドイッチを握り潰し、殺意の波動をバリバリ放つソルビット。

「それはもういいって。あの子可愛いから許してやんなよ」

「ロリじゃないので一生許しません」

「それにアタシゃ、この体になって幸せなんだ。前世の事は忘れた」

 ランチュウの脳裏には、フサフサでヨチヨチ歩く、オムツでパンツがパンパンに膨らんだココナナの姿が浮かんでいる。

 想像するだけでよだれが止まらない。

「確かにいまのランさんも可愛いし、中身が女性なら実質ロリみたいなものですけど……ううっ可愛い抱きしめたいっ! ハグ系のモーション入れて練習しておけばよかった!」

 アナログスティックによる手動操作では、外見と当たり判定のサイズや形状が異なるため接触が難しく、現実より遥かに難易度が高いのだ。

 ただし入力オバケのランチュウを除く。

「そんなMODあったっけ?」

「確か抱きついて『死ねえっ‼』って叫ぶのがありました」

 ロボットプロレスアニメオタクの中年男性プレイヤーたちが挨拶代わりに使う、人気の高いモーションMODである。

「それ胴体粉砕するやつ!」

 攻撃判定はないので死にはしない。

「ちゃんと爆破エフェクトも入ってるそうですよ?」

「元ネタ知ってて言ってんじゃん!」

 笑い合う2人。

 ランチュウは超魔王になってしまったが、どうやら以前の関係を取り戻せたらしい。

 ソルビットは笑っているが、夏帆はモニターに映るランチュウの姿を見ながら泣いていた。

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