第22話・どこでもマイホーム

「そうだ、ここにもあるかな?」

 伝説の樹は多少見た目が異なるが魔界樹には違いなく。近くに変貌した樹王の別邸が存在するに違いないとランチュウは睨んでいた。

「ひょっとして、あれじゃないでしょうか?」

 ソルビットの指差す先には、公園からも見えるナパースカ領主邸の裏口が。

 このあたりで別邸に相当しそうな建築物は他にない。

「うん、そうみたいだねえ。もうちっと遠くにあると思ってた」

 魔界樹から得た座標データから別邸の位置情報を取得するランチュウ。

 これも最近になって覚えた機能である。

 超魔王邸のように魔海樹から数百メートルは離れているものとばかり考えていたのだが、立地条件によるものか、それともヘスペリデスの侵食を受けた際に移動したのか、思ったより近所にあったようだ。

「あれって進入不可エリアじゃないですか」

 普通のプレイヤーなら決して開けられない、見せかけの勝手口である。

 だがアバターが混ざっているとはいえ、魔王のスペアボディを持つランチュウなら……?

「やってみりゃわかるよ」

 ランチュウは魔界樹との接続を切り、チューリップ型便器もとい接続ターミナルからスポンとお尻を引き抜いて、半ケツ状態だったかぼちゃパンツを穿き直す。

「チッ……見えなかったッス」

 ショウタ君の盗撮は失敗に終わった模様。

「これ開きませんよ?」

 一方、ソルビットは扉を開けようと四苦八苦している。

「ソルビっち、引き立て役ご苦労ッス!」

「ビッチ言わないでください!」

「それ、たぶんランチュウじゃないと開けられないね。他の別邸はどうだった?」

「どうって何が?」

 プチプリンの質問に首をかしげるランチュウ。

「いつ使用人一家が引っ越しても大丈夫かって話」

 魔獣が侵入できない市街地はともかく、各所の別邸は、いざという時の避難場所として確認しておく必要がある。

「1件はすぐにでも住める状態だけど……管理が大変だから、新しく見つけても無視してるよん」

 最初にオルテナスが見つけた別邸はナーナが簡単な掃除を済ませているが、家事と育児で忙しく、何だかんだで面倒を見きれず放棄されたのであった。

「お待たせ~」

 かぼちゃパンツのベルトを締め終わったランチュウが、領主邸の勝手口に手をかける。

「開いたよ」

 そこでふと思いついた。

「アタシとパーティー登録してるみんなは、一緒に入れるかもしれないねえ」

「それならショタロリ団の緊急避難場所に使えそうっスね」

 そんな危機的状況が訪れるは到底思えないが。

「いいねえ秘密基地かあ!」

 ランチュウはガキ大将気分で面白がっている。

「掃除は必要かもしれないッスけどね」

 ここは異世界であると同時にゲーム世界なので、埃は積もっていないかもしれないが、黒いアレが湧いても不思議ではない。

「おや、おかえりなさいませランチュウ様」

 入ってみると、見慣れた部屋でオルテナスが立っていた。

「あらランちゃん! 真っ昼間に帰るとは珍しいねえ」

 ナーナも厨房に立って挨拶している。

「らんちゅー♡」

 よちよち歩きのココナナがランチュウによちよち歩み寄ってモフリと抱きついた。

「おっほぉ~~~~っ♡」

 ランチュウは女子ウケしないアヘ顔でココナナの頭と顎を撫でまくる。

「ここって……スタート地点の超魔王邸じゃん⁉」

「ちょっと何でボクたちまで中に入ってるの⁉」

「いつの間に……私たち、ドアの表側に立ってたはずなのに」

 ランチュウが足を踏み入れた影響で、パーティー丸ごと瞬間移動したらしい。

「うっわーこれ戻れないッスよ!」

 再びドアを開けるショウタ君だが、そこはもうナパースカの公園ではなくなっていた。

「これってボクたち街まで歩いて帰らないとダメなパターン?」

 いまログアウトすれば、普通なら次回のログイン時にチェックポイントの宿屋から復帰できるはずだが、ここも宿泊可能エリアとしてチェックポイント扱いになっていたら再ログインしても街には帰れない。

 しかも、この事態は正規プログラムの範疇を越えているので、どこか別のチェックポイントで正式な手順を踏んでログアウトしないと、どんなバグが発生するかわかったものではない。

「ムッちゃん、リスクは冒せないッスよ。おとなしく歩くしかないッスね」

 最悪の場合、ショタロリ団の全員がロスト(プレイヤーデータ消失)するかもしれないのだ。

「ひょっとしたら超魔王邸のデータが破損する可能性もあるッス」

 オルテナス一家の安全も考慮して、万全を期すべきとショウタ君は主張する。

「それはそうと、この子カワイイッスねー♡」

「フカフカです……」

 ショウタ君とソルビットが、ランチュウに抱きつくココナナをコチョコチョと撫で始めた。

「こんな事もあろうかと、対犬猫用のセミオートエイムなでくりMODを入れたッスよ」

 半自動追尾式なので対象の形状や動きに合わせてナデナデしてくれるし、スティック入力で制御できるため、まるで自分の手で撫でるような感覚が得られる人気のMODである。

 購入した家やアパート、クランホームなどでペットを飼えるシステムの延長線で、その方面を探せば、この手のモーションはいくらでも見つけられるのだ。

 最近は魔獣のテイムもできるようになり、大型ペットオーナー向けモーションも次第に数が揃いつつある。

 抱きつきモーションだけは開発が遅れているが、手持ちのMODだけでも頭を撫でるくらいは難しくない。

「私もアレ入れました……」

 ソルビットも前回モフモフなクロフサムカを撫でられず悔しかったのか、ネットを漁ってモーションMODを導入したのだ。

「ああっみんなズルい!」

 慌ててムチプリンも参加しようと駆け寄るが、残念ながら、なでくり系のモーションを持っていない。

 クロフサムカの時、触れても平気な魔獣を探すといった発想と心の余裕がなかったのだ。

「ごめんねえ。みんなちっちゃい子に目がなくてさあ、挨拶どころじゃないんよ」

 モーション抜きの仮想アナログ入力でココナナの顎を撫で回しているランチュウがナーナに謝罪する。

 非常識の塊が歩いているような百手巨人だが、中身の更紗が接客業だったせいか、外道な本性にも関わらず、意外と礼儀にうるさいのだ。

「いいっていいって。その子たちランちゃんの友達なんだろ?」

「友達つーか腐れ縁でね」

 つき合いは数年でもBL的に腐った縁で繋がっている。

 唯一ソルビットだけが男装ロリコンを患っているが、趣味の方向性が多少異なるだけの類友で、はた目には腐女子と大して変わらない。

「変なイタズラはやめとくれよ?」

「へーい」

 みんな幼児は発酵対象外、ケモナー趣味もないので大丈夫だろう。

 あとペット用のモーションMODは動物保護団体の目が厳しく、18禁モノは即時通報され相応の処分を受けるので安心だ。

 危ないのは仮想アナログ入力でマニュアル操作ナデナデできるランチュウのみである。

「もうすぐ昼食だけど、みんな食べてくかい?」

 ナーナは食事の用意をしている最中だが、いまのうちなら増量できるらしい。

「あっお構いなく」

「その前にお暇するッスよ」

「すみません、もう帰らないと」

 食事操作が面倒なのもあるが、3人のうち2人は社会人で、1人はまだ高校生。

 ヘスペリデス世界では昼間でも、現実世界はとうに夜半を過ぎている。

 そして何より、ランチュウのせいで遠くまでスッ飛ばされたせいで、チェックポイントの宿屋がある近隣の村まで、徒歩で時間をかけて行軍しなければならないのだ。

 ワールドマップの中心エリアに近いフィールドなら魔法の交通機関が存在するのだが、こんな辺境にそんなモノがあるはずもなし。

 ナパースカの街まで1時間弱、最も近い集落まで約15分の道程で、さらにPKやPvPが起これば30分にも40分にも増加するため、一刻も早く出立しないと、特にソルビットが翌日の業務に差しつかえるのだ。

「ううっ、名残り惜しいッスよ……」

 よちよちのモフモフ幼児など、そうそうお目にかかれるものではない。

「次は絶対なでくりMOD入れて来る」

 雪辱を誓うムチプリンであった。

「ランチっち、試しに扉を開けてくれないッスか?」

「おっほーい。いいよー♡」

 ココナナをオルテナスに預けてドアを開けると、そこは超魔王邸前ではなくナパースカの公園だった。

「うっわー便利ッスね超魔王!」

「よかったすぐ帰れましたね」

 ホッとするソルビット。

「おおっ、こりゃ転移ゲートにでもなっとるんかいな?」

 しかもランチュウ専用である。

「よし、これを超空間勝手口と名づけよう。ランチュウいっきまーす!」

 面白がって扉から飛び出す超魔王。

「あっ、ちょっと待って待って待ってーっ⁉」

 ムチプリンが叫ぶが時すでに遅く、パーティー登録している他の3人まで、吸い込まれるように扉の外側へと瞬間移動で放り出されてしまった。

「ああっモフショタ幼児が……」

 もうちょっとだけ堪能したかったと嘆くムチプリン。

「歩いて帰らずに済みましたね」

 これでゆっくり寝られると安心するソルビット。

「魔海樹制圧もやり放題になったッス」

 別邸の超空間勝手口はランチュウにしか開けられず、しかも別邸から別邸へと瞬間移動できるなら、長距離移動に関する懸念が消えた事になる。

 今後ショタロリ団が他のエリアに進出しても、すぐに別邸を見つけて超空間勝手口を確保してしまえば、ランチュウはいつでも超魔王邸に戻って衣食住を確保できるのだ。

 つまり理論上はワールドマップの反対側でも自宅通いと日帰りが可能となる。

「よかった誰もいない」

 浮かれる仲間たちをよそに、ムチプリンは目撃者がいないか周囲を警戒していた。

 公園なので、いつ誰が何人いてもおかしくない環境である。

「これがバレたら、さすがにチートを疑われるかもしれない」

「そっかあ。BANされるかもしんないねえ」

 BANは更科更紗とランチュウの消滅を意味する。

 ヘスペリデスの運営はバグやMODには寛容だが、チートにはうるさいのだ。

 異世界転生超魔王の秘密を守るためにも、無用な詮索は可能な限り避けておきたい。

「あとランチュウはショタロリ団のパーティー登録を解除するように。ドアを開けるたびにボクたちまで転移させられちゃ迷惑だよ」

 別のエリアやフィールドにいても、ランチュウが超空間勝手口を開けるだけで招集できてしまうのだ。

 これは利便性がある反面、リスクも高い。

「へーい」

 コンソール画面を開いてパーティー脱退を入力するランチュウ。

 モフモフ超魔王国のクランマスター(ただし傀儡)となったいまなら、常設パーティーを脱退してもデメリットは少ない。

 すでにクラン登録は始まっているので、パーティー登録者以外の転移が起こらないのは証明されている。

「……超空間勝手口ってパルミナも使えるんでしょうか?」

 ランチュウが入力作業をしている間、ソルビットは別の心配をしていた。

「使えないだろうね」

「魔王がネコみたいに液体だったら話は別ッスけど」

 ムチプリンとショウタ君はまったく心配していなかった。

「何せ5メートルだもんねえ」

 魔王専用トイレの巨人用エアロックに四苦八苦したランチュウも心配していない。

 念のために超魔王邸に戻って(ソルビットに高い高いされたランチュウが)魔王用玄関ドアを開けてみるが、他の別邸と繋がっている様子はなかった。

「そうそう、ランチュウはボクたちへの連絡抜きで市街地に転移しちゃダメだよ? こっちで安全確認した時だけ使用って事でいい?」

 特にナパースカの超空間勝手口はリスクが高すぎる。

「わかった」

「あと、しばらく侵入禁止エリアの別邸で使用法の確認と、操作ミスがなくなるまで練習しといてね。いつでも思ったところに転移できるように」

「へいへーい。ナーナさん、お昼は自分で何とかするからいいよー」

 開けっ放しの扉から声をかけるランチュウ。

「あんまり遅くなるんじゃないよ?」

 もはや親子の会話である。

「わかった。じゃあ行ってきまーす」

 ドアを閉めてからもう1度開けると、普通にホコリをかぶった階段が現れた。

「おほっ、行きたい場所に出られる仕組みかいな」

「だからそう言ってるでしょ」

「こっちが本来の勝手口みたいだねえ。ちょいと探検してみる?」

「さっさと閉めて。どうせ何もないから」

 ムチプリンは内部の構造を、おおむね想像できていた。

 なぜなら使用人が使う勝手口だから。

 奥に進んでも台所や寝室があるだけで、そこから先は領主邸の大広間など、普通にプレイヤーが進入できる空間に出るだけだろう。

 魔獣人は市街地に侵入できないため、今後ここにオルテナス一家が引っ越す予定はなく、お宝や魔獣の出現も期待できそうにない無用の長物である。

「ボクはもう宿屋に戻って鯖落ちするよ」

 正規の手順でログアウトしないと、先ほどのPvPで得た賞金の100ラッグが消えてしまうのだ。

「お昼まだじゃん」

「現実世界はもう深夜の1時なんだよ! 食事はそこらの宿屋かレストランに行け!」

 昼食の話が出たせいで、ムチプリンはリアルに小腹が減ったらしい。

「へいへーい。じゃあ解散だねえ。アタシは【妖精の胃袋停】にでも行くとすっかな

~♡」

「マニア垂涎の三ツ星高級レストランじゃないッスか!」

 妖怪級の高ランクプレイヤーがアナログ入力で調理してくれる、話題の店であった。

「ランさん、味がわかるんでしたっけね……」

 ソルビットは羨ましそうにランチュウを眺める。

「じゃーねーまた明日! アタシは三ツ星シェフのゴイスーな腕前を確認してから帰るよ! ヒャッホ~‼」

 大通りに向かって駆け出すランチュウ。


 だが超魔王は知らなかったのだ。

 たとえゲームで一流を誇る妖怪級プレイヤーが経営するレストランでも、味見もしていない料理など旨い訳がないという事を――

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