第30話・クマ井さん連盟

 クマ井さん連盟の正体は、やはり旧【ムチュムチュ少年団】の作家陣であった。

 かつてムチプリンを放逐した常設パーティーの仲間たちである。

 ランクと操作技術の格差により、メンバーの大半が中級者であるにも関わらず修羅勢に狙われ続け、そのストレスに耐えきれずムチプリンを追い出してしまったムチムチ少年団は、その後リアルでも同人サークルを解散してしまったらしい。

 その後はいろいろあって再起を志しパーティーを再結成、一刻も早く人間やめようと修練を重ねていたようだ。

 変態プレイに走るきっかけとなった人物は、やはりというか何というか、たまたま通りかかった百手巨人である。

 ランチュウ本人はすっかり忘れているが、1年半ほど前に訓練中だったところを発見され『バケモンと肩を並べたいなら我道に走りな。邪道だろーが冥府魔道だろーが面白きゃいいのさ』と助言されたらしい。

 なにせムチプリンは当時最高ランクだった宇宙人級。

 そんな怪物とタメを張とうと思っても、普通のプレイスタイルを続ける限り、いくら上達したところで絶対に追いつけない。

 そして試行錯誤とトライ&エラーを繰り返した結果、南部の砂漠エリアで物珍しさから購入した欠陥アイテム【ホバブーツ】に着目し、屋内戦闘特化のトンデモパーティーが誕生したのである。

 ただし練習は誰の目も届かない場所で、ひっそりと行われた。

 ランチュウに『裏をかくより意表を突け』と教わったので、ムチプリンには内緒で強くなって驚かせようと思ったのだ。

 しかし対人戦の訓練は、対戦相手を務めてくれるパーティーが必要不可欠である。

 そこで信用できそうなクランに協力を要請したのだが――

「おーい、みんな生きてるかー?」

「おぅわっ⁉」「ふぇ⁉」「ほほう」「ありゃまあ」

 クマ井さん連盟の話を聞いていたショタロリ団の面々は、気配も感じさせずに現れた闖入者に驚いた。

「……何だパパーンのおっさんか」

 ランチュウの知人だったらしい。

「コイツがさっき話したデモフレの道場主だよ。羅刹級で気配の消し方がうまいんだ」

 ネット掲示板基準で羅刹は中の上くらいのランクだが、普通は最高練度扱いで、それ以上は人間をやめた規格外相当の変態プレイヤー専用ランクとされている。

 羅刹はただ人間であるというだけで、途方もなく強いのは達人級や人外と何ら変わるところはない。

 ただ手足が4本しかなく、手足の指が20本しか持っていないというだけで。

「へぇ……ボクたちにも気づかれないって相当じゃない?」

 ムチプリンは目の前にいる男に興味を持った。

「ただの奇術だよ。たぶんコイツ、そこらに転がってる魔獣の気配を転々と伝って近づいたんだ」

 ショタロリ団は視点変更時に生じるセミロックオン機能の抵抗感で気配を探るため、ラスボスステージにいる魔獣たちを隠れ蓑にしたらしい。

「……バレたか。ランチュウにゃ敵わねえな」

 パパーンはヒゲモジャでゴツい体格の中年男性アバターで、地味な服装と防具を装備し、腰にはトゲトゲもギザギザもしていない、ごく一般的なリアル系デザインの剣を提げている。

「ひょっとして洋ゲーマー?」

 漫画やアニメを基準としたアンリアルアバターが売りのヘスペリデスで、リアル指向の地味なアバターとコーデでキメるなど、海外系のゲームを嗜むファンタジーレトロゲーマー以外には考えられない。

「いやまあ昔はそっちもやってたんだが、ここ数年はヘスペリ一色だな」

「今時の洋ゲーも面白いッスよ?」

 ショウタ君も不思議に思った模様。

 画面と雰囲気の暗い海外のレトロゲームは、ヘスペリデスとはユーザー層が違いすぎる。

 それでもヘスペリデスを選んだからには、何かしらの理由があると思ったのだ。

「来年中学になる娘がな……マッチョ嫌いなんだ」

 本当にオッサンだったらしい。

「ヘスペリでもヒゲのせいで嫌われちまった」

 パパーンは体育座りになって地面に『の』の字を書き始める。

「素直にイケメンアバター使えばいいのに」

「いやコイツ、リアルも髭面なんよ」

「剃ればいいでしょ」

「ン十年のこだわりッスか?」

「ひょっとしてそれリアルでお父さん嫌われてますよね?」

「ううっ……ぐすっ」

 ショタロリ団全員に散々こき下ろされ、パパーンはついにシクシクとモーションつきで泣き出してしまった。

「もしかしてクマ井さん連盟に協力したパーティーって……」

「はい。デモノフレンズ筆頭パーティーの【パパーズ】です。いーそいそい」

 ムチプリンを抱いたままパパーンの背中を撫でて慰めるマイア。

「そっか、パパーンはそれで様子を見に来たんだねえ」

「規格外を目指してたからクランに入れる訳にゃいかねえが、それでも大事な弟子だからな」

「リアル女子だからッスね」

「俺も含めて全員所帯持ちなんだが……?」

 マイアとアッシュは子持ちでオルテナは妊娠7ヶ月、パパーンはバーチャル浮気を恐れた奥さんとゲーム内でも結婚している。

「パパーンの家庭事情とかどーでもいいからさあ、クマ井さん連盟の続き話してよ」

「……協力してくれたデモフレの最上位パーティーは、その全員が羅刹級でした。それはもう懇切丁寧にコテンパンに……」

「へぇ~。羅刹ともあろう者が、しょがり(初心者狩り)じみた真似を?」

 ショタロリ団一同の冷ややかな目線がパパーンへと注がれる。

『とことんひどい』

 もはや話す気力も失せたらしく、メッセージだけが返って来た。

「まあいいや。それで実力をつけてから、アタシらに挑戦状を叩きつけたんだねえ」

「ボクのリアルに似せるとか、まともな発想じゃないけどね」

 睦美を模したアバターを使ったのはムチプリンを動揺させるための作戦だったが、使っているうちに豊乳を手放せなくなったらしい。

 さらにショタを挟みたい願望がどうとか、果てしなくどーでもいい話が続くので割愛。

「それで、あの魔獣たちはどうやってメロメロにしたッスか?」

 豊乳の話題に飽きたショウタ君が、もう一つの疑問を口にする。

「趣味で……いえ練習台として討伐してるうちに可愛そうになっちゃったから」

「殺しすぎて命の大切さに気づいたッスね」

 パパーズだけを相手にすると変なクセがつくとパパーンに指摘され、しばらく魔獣相手の経験も積んでいたらしい。

 そこで刮目したのが、年始めに実装されたテイム機能であった。

 可愛いモフモフ魔獣の殺害に抵抗を感じていた3人は、いまだ解明されぬテイム方法を探ってトライ&エラーを繰り返し、短期間でモノにしてしまったのである。

 何か変な適性でもあったのかもしれない。

「で、やってるうちに面白くなっちゃったッスね」

「もうムチプリンとかどーでもよくなって」

「また一緒にパーティー組むとか無理」

「私たちの技は屋内戦限定だし」

 手段のために目的を忘れた典型例のごときクマ井さん連盟であった。

「テイムの件、もうちょっと詳しく頼むッス」

「……魔獣を見つけたら交差法でウィークポイントをナデナデ?」

 テイムの過程で必要なナデナデ技術のノウハウを確立し極め尽くした3人は、狙い通り魔獣を殺さずとも戦闘に勝利できるようになった。

 戦いながら魔獣を少しずつ撫で回し、SAN値をガリガリ削る秘奥義の誕生である。

 いや、もはやそれは戦闘ですらない。

 ダンジョンや遺跡ステージ限定とはいえ、ホバブーツの高速機動と乱反射で敵を翻弄し、死角からシッポのつけ根などをナデナデするだけで勝てるようになってしまったのだ。

 ただし討伐依頼を達成できないためドロップアイテムや報酬は期待できず、篭絡した魔獣もテイム寸前でリリースする。

「どーして⁉ 飼えばいいじゃん!」

 勿体ないと憤慨するランチュウ。

「いやそんなにいっぱい飼えないッスよ」

 手あたり次第にペットを増やすとロクな結果にならないのはリアルと一緒である。

 飼い主には責任がともなうのだ。

「実は前に一度だけテイムした事があるんだけど、マンモフイーターだったの」

 名前からお察しの通り、モフモフで巨大な象型の歩く食人植物である。

「マンモフイーターのエサは人間だから」

 下手に放流する訳にも行かず、隠れ家で餓死させてしまったらしい。

「飼育放棄じゃん」

 クマ井さん連盟のメンバーは、子持ちが2人に妊婦が1人。

 マンモフイーターの死によって3人は育児放棄をしでかした気分になり、強烈なトラウマとして深く心に刻み込まれたのであった。

「それでアレどーすんのさ?」

 ランチュウが指差すラスボスの間に、かつてボスキャラだったスパラジアナフサグマと配下のザコ魔獣たちが全員もれなくゴロニャンしている。

「放置しちゃってるけど」

 テイム寸前で放流された欲求不満状態の魔獣たちに同情を念を覚えるムチプリン。

「そういえば……ど~なるのかな?」

「そのうち治まるんじゃない?」

「ほっときゃ戻るでしょ」

「やっぱコイツら無責任だー‼」

 ペットを飼う資格がないとショタロリ団の全員が思った。

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