第15話・作戦会議

「え~と、じゃあランチュウのプレイヤーはすでに死亡していて、いまは異世界転生で異世界魔王やってるの? マジで?」

 事情を聴いたムチプリンは、まずランチュウの正気を疑った。

 だがすぐに元々正気ではなかったと思い直した。

「ここがヘスペリに侵食された異世界で、ランチュウはそれをどうにかしたいと?」

「別に信じてくれなくてもいいよ」

 ソルビットのようにランチュウのリアルを知っている者ならともかく、ムチプリンとショウタ君が何の証拠もなしに信じてくれるとは最初から考えていない。

「特殊シナリオかユーザーミッションみたいなもんだと思っとくれ」

「ユーザーミッションって……ランチっち、そんなの作る根気もセンスもないッスよね?」

 ショウタ君はランチュウと同じく面白ければ何でもいいと思うタイプだが、この話に無条件で乗る気はないようだ。

「うん。でもクリア条件だけは決まってるし、みんなにゃその手段を考えて欲しいんよ」

「まさかのノープラン⁉ ぜんぶオイラたちに丸投げッスか⁉」

「何ていい加減な……」

「それでクリア条件って何ッスか?」

 ショウタ君ョウタ君はランチュウの話を冗談の一種と思い、適当に聞き流していたらしい。

「決まってんじゃん! ヘスペリのサービス終了だよぉ!」

 サタデーナイトフィーバーなポーズで断言するランチュウ。

「あんた死ぬ気なの⁉」

 ムチプリンはあきれ返っていた。

 廃ゲーマーが人生を捧げたゲームを自らの手で消滅させるなど、やはり正気とは思えない。

「ボクは別にヘスペリが潰れても一向に構わないけど、いえ構わない訳ないけど、ランチュウはそれで平気なの⁉ それともまさかリアルで死ぬ予定で、その前にヘスペリを滅ぼそうとか考えてるんじゃないだろうね⁉」

 ムチプリンの、しごくもっともな意見と推測であった。

「あんたほぼヘスペリしかプレイしてないじゃん! 生涯をかけたゲームがなくなってもいいの⁉」

 ランチュウもそうだが、サービス開始から数年経過したヘスペリデスを、この先一生続けるつもりのムチプリンも大概である。

「そりゃちょっとは惜しい気がするけどさあ、長年の夢だった異世界転生も叶ったし……」

「ちょっと待っていま変な単語が聞こえたような気がするんだけど⁉」

 どうやらムチプリンも、ランチュウの話を適当な作り話程度にしか思っていなかったらしい。

「だから異世界転生だってば。アタシゃリアルで死んじゃったんよ」

「死……大変! 病院つれて行かなきゃ!」

 ムチプリンの動作が停止した。

 中の人がスマホを操作している時は、よくこういった棒立ち状態になる。

「待って待ってリアルで救急車呼ばないで! もうとっくに死んでっから無意味だし、そもそもアタシの住所知らないっしょ⁉  あとここ異世界だけどゲームの中だから!」

 ムチプリンのアバターを掴んで揺さぶるランチュウ。

「訳のわからない事言ってないで、お薬飲んでぐっすり寝なさい!」

 ボイスチャットだけが返って来た。

「こいつ本気だ……!」

 ムチプリンは更科更紗の住所や電話番号を知らないが、運営に連絡すれば救急車の手配くらいはできる。

 そして運営に知られるのは非常にマズい。

「ムッチさん、ランさんが言ってる事は……本当です!」

 しばらく考え込んでいたソルビットがムチプリンを止めに入った。

「それは私がリアルで確認済みなんです。だから通報は待ってください」

 それを聞いたムチプリンはスマホから手を離したようで、アバターの操作を再開する。

「……ホント? 冗談でなく?」

「ジョークでもオカルトでもホラーでもありません。マジ話です」

 怪談ではあるような気がするものの、とにかくいま現在ランチュウがピンチなのは間違いない。

「証拠はある? できれば物証」

「いまは無理ですけど……私、ランさんのリアルと同じ職場なんです。ご家族の依頼で、先日お部屋の管理を任されました。今度オフ会を兼ねて案内します」

「そっか、遺品整理やるんだ」

 ランチュウは踊りながら空を見上げていた。

 考えるのはリアルに残した家族……いや自室のPCに残されたショタのキャッキャウフフ画像が表沙汰にならないか心配しているに違いない。

「ランさん、お部屋を見せる事になりますけど、よろしいですか?」

 酒瓶と空き缶とビニール袋が散乱した汚部屋は、すでに夏帆が掃除して綺麗になっている。

「いいよ。カタギはともかく、同類に見せて困るもんはないしねえ」

 ランチュウはあっさりと入室を許可した。

 どうやら本当にショタ画像の心配をしていたらしい。

「……どうするッス?」

 ムチプリンの判断を仰ぐショウタ君。

「ボクは甥っ子の面倒さえ見れるなら、いつでもどこへでも行けるよ。確か県内だったよね?」

「オイラも試験休みで来週までスケジュール空いてるッス。ソルビっちは?」

「そう思って有給取ってあります。ランさんの捜索が早く済んで、休まずに済んだ分がありますから。あとビッチ言わないでください」

「じゃあ決まりですね。ではランチュウの話を信じる前提で進めましょう」

「あっ、ちょっと待って、そろそろ生まれるっぽい。ひっひっふ~!」

 ランチュウが魔界樹の枝を指差すと、果梗(花や果実の柄)が伸びて、大きな果実がエレベーターのように下降するのが見えた。

「……この話は後回しにした方がよさそうだね」

「後日改めてチャットアプリかDM(ダイレクトメール)でやろうッス」

 さすがのムチプリンとショウタ君も諦めたらしい。

「アタシん時ゃ、いきなり破けて空中にほっぽり出されたってのに……」

 それは培養中にゲームの侵食を受けて強制放棄されたからである。

「ちょっとあれクロフサムカ入ってない⁉」

 大して強くない上に幼体なので脅威度は低いが、中身がギッシリ詰まっているのを見てはムチプリンも身構えずにはいられない。

「大丈夫だって。この魔界樹はアタシの支配下にあるし、フレンド登録とパーティー登録してるみんなは魔王の眷属って認識されてる……はず?」

「何だよいまの変な間は! あとハテナマーク!」

「まだ試してないんよ。誰か実験台になってくんない?」

「お断りだ!」

 そんな事を言っている間に果実が破け、ウジャウジャと12匹のクロフサムカが這い出した。

 全身フサフサで(見る人が見れば)可愛い子供だが、魔獣には違いない。

「総員、戦闘準備!」

「わあ待って待って! とりあえずアタシが触って見せてやっからさあ!」

 ランチュウはクロフサムカたちに向かって両手を広げ、こっちに来いと手招きした。

「ほらおいで~。アタシが魔王もとい超魔王様だよ~?」

 手元にワサワサと集まるクロフサムカの子供たち。

「やはり虫にとりつかれていたか」

 ランチュウから幼虫たちを取り上げようとする(フリをする)ムチプリン。

「いやっ! 何も悪いことしてない! 殺さないでー‼」

「茶番はいいから話を進めて欲しいッス」

「はいはい。でもほら愛嬌ある顔してるっしょ?」

 ランチュウはクロフサムカの幼体を抱き上げ、ムチプリンに差し出した。

「わあやめてくださいしんでしまいます!」

「ムッチさんって虫嫌いだっけ?」

「さっきはネタのために無理してたッスね~」

 その瞬間、ランチュウの目が(表情コマンドで)キラリと光った。

「ほ~らフッサフサだよ~?」

 抱きしめた幼虫をムチプリンに向ける鬼畜。

「ほぼ毛虫ッスよね」

 触るだけで毒ダメージを受けそうだ。

「ムッチさんも抱いてみ? 腕の中でモソモソ動いて気持ちいいよ~?」

「ごめんなさい多足類は無理……」

 うりうりと幼虫を差し出す鬼畜を前に、ムチプリンは震えながら後ずさる。

 きっと昆虫類もダメだろう。

「……私がやります」

 見かねたソルビットが助け船を出した。

「ほらほら、ラブリーな目つきっしょ?」

「キュ~ッ♡」

 ランチュウに抱かれたクロフサムカの幼虫が、子猫っぽいポーズでソルビットを見上げる。

「噛まないから大丈夫だよ? ほら怖くない」

「それ噛まれてから言うセリフです」

 蛍光グリーンのキョロッとした複眼とソルビットの目が合った。

 つぶらな瞳で確かに可愛い……かもしれない。

「でも、ランさんがそう言うなら……」

 夏帆は勇気を持ってソルビットの視点を1人称に切り替え手を伸ばす。

 フワァ…………ッ。

 触感がなくてもモニター越しでもわかる、わたあめのような触り心地であった。

 ついさっきまで羊水に浸かっていたのに乾いている。

「……うわぁ♡」

 抱き上げモーションは存在しないので、座ってクロフサムカたちのいいようにさせてみる。

 幼虫たちはワシャワシャと群がり、ソルビットはたちまちモフモフの海に飲み込まれた。

「これ……天国です♡」

「マジッスか⁉」

 ソルビットの無事を確かめたショウタ君もクロフサムカをモフってみる。

 撫でたり抱きついたりするモーションを持っていないので、適当にアナログ入力して手を伸ばすと、そこには極楽浄土が存在した。

「うっわー最高ッスよこれ!」

 モフモフだ全然痛くない。

 ヘスペリデスにHPゲージの表示はないが、ダメージを受けると画面にフラッシュが入るなどの演出が入るはずなのに、触れても変化が現れない。

 そもそもクロフサムカは成虫でも毒判定を持っていないのだ。

「これ使えそうっスね」

「何に⁉」

 ショウタ君の提案に仰天するムチプリン。

「だって超魔王の配下になれば、誰でもフサフサ魔獣たちを思う存分モフれるッスよ? ヘスペリの魔獣って結構女子に人気あるッス」

「ボクは苦手だけどね!」

「まあまあ虫系以外もいるッスから、そのうちムッちゃん好みの子に会えるッスよ」

 ツノミミウサギなどのケモノ系はもちろん、水中に棲息する魚介類系の魔獣までモフモフなのがヘスペリデスの特徴である。

 しかも蛍光色や極彩色で、全般的に可愛らしくデザインされているのだ。

 そのため魔獣討伐を嫌がり対戦派に走るプレイヤーは結構多い。

「それで一体ナニする気なんだよ……?」

 ムチプリンは後ずさりながらショウタ君に恐る恐る聞いてみた。

 根が性悪なので、きっとロクな事を考えていないに決まっている。

「モフモフの楽園を作るッスよ」

 思ったよりまともな意見だった。

「まあ計画はオイラが煮つめとくッスから、詳細は後日ッスね」

 ショウタ君はショタロリ団の撮影担当であると同時に参謀役でもあるのだ。

 ランチュウの変な思いつきを実現するのが主業務である。

 本当に実現してしまうのが恐ろしいところであった。

「わかった。決まったらゲーム内メールで連絡お願い」

 その後はヘスペリデスのサービス終了計画を放り出し、ムチプリンを除くパーティー全員による大モフモフ大会である。

「魔獣が人になつく生き物だったなんて、知りませんでした」

「感触を味わえないのが残念ッスよ」

 ショウタ君とソルビットは、それぞれ4匹ずつのクロフサムカにモフモフされてご満悦。

 フルダイブVRと違って触感はないが、映像だけでも十分気分がいい。

「いや~、みんな仲良くなれたみたいでよかったよ」

 その間ランチュウは両手にクロフサムカを抱え、ムチプリンに近づけないようにしていた。

 何か考え事をしていると察したからである。

「……ランチュウ、異世界転生が本当なら、入力機器を使わずに済むのはチートの一種だと思うんだけど?」

 ムチプリンは先ほどから感じていた疑問を口にする。

 チートを嫌うランチュウにしてはおかしいと思ったのだ。

「いままでより動作に自然な感じがある」

 体が現実と同じように動き、さらに魔王の身体能力があるなら、普通に入力機器で操作しているプレイヤーとは反応速度と対応力に絶対的な差が出るはず。

「ほう……ようやく信じる気になったんかい?」

「証拠を見るまで保留にしてるだけ。それでチートはどうなってるの?」

「そんなワケないじゃん。先週まではやってたけど……」

 超魔王デビューする以前の話である。

「いまは仮想キー入力に変更してるから問題なし!」

「仮想……何だって?」

「だから仮想キー入力。頭の中に仮想空間と入力機器を設置して、それをアバターの手足で操作してるんだよん。視点は3人称に設定したけど、これってチートじゃないよね?」

「ごめんちょっと何言ってるかわかんない」

「だから自分の体をキー入力で操作できるように設定してんの」

 いまのランチュウは、脳内の仮想空間上に更紗型の仮想アバターを配し、仮想ハイスペックPCと仮想入力機器を操作して、自分の体をリモートコントロールしているのだ。

 魔界樹との接続により、初めて可能となった能力である。

 つい先日までは便器型ターミナルにお尻をシッポを入れないとオプション画面を操作できなかったのだが、いまはフルダイブVRよろしく手の前に立体コンソール画面を出して操作できるまでに設定変更されている。

 もちろん立体コンソール画面への入力は、ランチュウの手と指を仮想キー入力で操作して操作するのだ。

「なんてめんどくさい子なの!」

 あまりの複雑さにムチプリンは唖然とした。

「でも、やってるうちに前より足の指が増えちゃった気がしてねえ」

 いまのランチュウは鶏足なので、もちろん仮想更紗アバターに限った話である。

「仕方ないから左足も仮想MIDIフットコントローラーに変更したよ」

「これ以上人間やめるのやめなさい!」

 そのうちアナログフットコントローラーも追加して、3本目の足(意味深)で入力操作とかやりかねない。

「いまもやってるッスか?」

 クロフサムカの子供たちにフカフカモフモフと埋もれながら質問するショウタ君。

「もちろんでさあ」

「虫さん抱いてる時の仕草とか、とてもキー入力とは思えないッスよ」

「マニュアル設定とアナログ操作で、結構どーにでもなるよ?」

 化物の所業であった。

「あのキーがこの入力設定で……魔王って飛べるんだっけ?」

 魔王パルミナ討伐イベントにはムチプリンもヒーラーとして参加し、翼で飛び逃げるところを目撃している。

「背中の翼、いまは収納してるみたいだけど、持ってはいるんでしょ? どうやって入力してるの?」

「まだ飛ぶ気ないから設定してない。お供は羽根のない犬獣人だし……そうだ忘れてた、オルさーん!」

 呼ぶと物陰から灰色で長毛種の犬魔獣人が現れた。

「どうも、使用人のオルテナスです」

 モフモフ感満載なポーズでショタロリ団一同に挨拶するオルテナス。

「うっわーデカいッスけど可愛いッス!」

 新たなモフモフの参入に、ショウタ君は大興奮である。

「お褒めに預かり光栄にございます」

 オルテナスにパパの臭いを感じたのか、ソルビットとショウタ君の手元にいたクロフサムカの幼体たちが群がった。

「ああ行っちゃった……」

「このモフモフ犬獣人さんをランチっちは毎日モフり放題なんスね……しかも触感アリで」

 本気でうらやましいと思ったショウタ君である。

「まっさかー。家にモフショタがいるから抱き枕にしてるだけだよ?」

「モフショタ⁉」

 ショタと聞いてはムチプリンも黙っていられない。

「うん、オルさんの子供。まだ2歳で、オムツ穿いてる純白でよちよちのモフモフ……モフモフのモフモフ~♡」

 思い出すだけでよだれが止まらない。

「「「なんてうらやましいっ!」」」

 3人の声が見事にハモッた。

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