第18話・立ち話
「遅いね」
森の街ナパースカ。
超魔王ランチュウが散々暴れ回ったオニカラダチの森、その南側に位置する地方都市である。
「まあランチっちは自宅通いッスから」
街の門前でランチュウの到着を待っていたムチプリンとショウタ君だが、肝心の超魔王が予定時刻を過ぎても現れない。
「あとソルビットも」
「ソルビっちには、ちょっと買い物を頼んであるッスよ」
「何を?」
「ランチっちを真の魔王にする小道具ッス」
ショウタ君が表情入力で悪だくみの顔になった。
「ああ、あれね……てっきり集合してから買う気だと思ってたよ」
ムチプリンの顔までワルっぽくなっている。
「タイムセールッスから、集まってからじゃ遅いッス」
「あんなの、そうそう売れるものじゃないだろうに……」
「それはともかくランチっち来ないッスねえ」
ランチュウの住み家である魔王別邸は、徒歩だと少し時間がかかる。
「途中まで飛行訓練を兼ねるって言ってたけど……」
そろそろ三本目の足で仮想アナログフットコントローラーを使い始めるのではないかと、ムチプリンは気が気でない。
「ランチっちはフライトシミュ初心者ッスから、それなりに手間取ると思うッスよ?」
「そもそも魔王の翼って、そんなに速く飛べるの?」
「逃げ足は速かったッスよね」
ロリショタ団その他パーティーが討伐ミッションを行った際、瀕死に追い込まれた魔王パルミナは、背中のオプションに隠していた自前の翼で逃亡している。
戦闘中は使っていなかったので、最高速度や加速力はともかく運動性が悪いなど、何らかの欠点があるに違いない。
「そもそも魔界樹1本につき必ず別邸があるんだから、オルテナスさんのご家族ごと近所に引っ越せばいいんだよ」
ランチュウはココナナが一緒でないと眠れないため、スタート地点の魔界樹近辺にある別邸、通称【超魔王邸】から遠出できない状態にあった。
しかしオルテナス一家を他の別邸に移してしまえば、その行動範囲は飛躍的に広がるはず。
「それはオイラが止めたッス。非戦闘員がパルミナに見つかるとヤバいッスからね」
ランチュウが世界樹から依頼されたミッションは、ヘスペリデスの根絶だけではない。
討伐寸前で逃亡して以来、行方不明になっていた元樹王、魔王パルミナの捜索と救出も含まれている。
そしてヘスペリデスの自動生成シナリオに取り込まれ、自我を失い魔王と化したパルミナは、ショウタ君の計画における最大の不確定要素であった。
できれば消息だけでも掴んでおきたいところだが、その探索自体が災厄を引き寄せるリスクは高そうだ。
できればそのまま最後まで現れないで欲しいのが本音である。
「危ないのは超魔王邸でも一緒じゃないの?」
何も覚えていないパルミナが、戦闘能力のないオルテナス一家に牙を剥く可能性は十分にありそうだ。
「パルミナはランチっちの異世界転生が原因で侵食エリアが広がった事を知らないッスよ」
スタート地点周辺の魔海樹はランチュウが制圧しているため、魔王パルミナが侵食エリア拡大を知る術はない。
もしパルミナがオルテナス一家を覚えていたとしても、まだ結界の向こう側にいると思っているはずだ。
「むしろ超魔王邸しか安全な場所はないッス」
「まだ察知されてないといいんだけど……」
「そこは大丈夫だと思うッスよ? ランチっちが魔界樹のネットワークを広げてくれたッスから、そのどれかにパルミナが接続すれば、必ず痕跡が残ると思うッス」
たとえ発見されても、一家を逃がす時間くらいは稼げるだろう。
「本陣が奇襲される心配はないって事ですね」
「ランチっちには、新たな魔界樹を見つけても、しばらくオフラインのままにするよう忠告したッス」
あれからランチュウは4本の魔界樹を発見している。
「あとで計画的に2~3本ずつ繋いで、警戒網にする予定ッスよ」
パルミナが小分けされたネットワークに接触しても、即座に本拠地を知られる心配はない。
あとは各魔海樹を定期的にチェックして、パルミナの気配を察したら即座にオルテナス一家を避難させればいいと考えたのだ。
「ひょっとして、そのせいでランチュウが遅れているんじゃない?」
ランチュウはココナナの安全のためなら、どんな苦労も厭わない。
ナパースカに向かう道中にある魔界樹を1本1本すべてチェックしながら移動しているとなれば、時間がかかるのは当然だろう。
「それは考えてなかったッス~!」
「あなたねえ!」
ムチプリンは感情的になると地の女言葉に戻るクセがある。
「あっ、ランチっち来たッスよ!」
遠くに街道を走る紅白模様の少年アバターが見えた。
ショウタ君が先に発見したのは、最新型高解像度ウルトラワイドモニターの恩恵である。
「ショウさん買ってきましたよ! 思った以上に安かったです!」
ソルビットも用事を済ませて来たらしい。
「何はともあれ、これで役者は揃いましたね」
これから何を始めるのか、ショウタ君はまだムチプリンにしか詳細を話していない。
ランチュウに至っては、ゲーム内メールでショタロリ団の集合を報せただけである。
「この作戦、ランチュウは乗ってくれるかな?」
リアル更紗の入院を隠す方針なので、バレると計画に支障が出る。
「表情にこそ出してなかったけど、だいぶ鬱憤が溜まっている様子だったから……」
魔王になって魔獣の殺戮ができなくなり、しかも超魔王の噂が広まってオニカラダチの森から熟練者や重課金プレイヤーが激減したせいで、PKやPvPで憂さ晴らしができなくなっているのだ。
「……あっ、それで戦争なんだ」
拡散したプレイヤーをかき集めるには絶好のイベントといえるだろう。
「今日は確実に、あの殺戮マシーンを乗り気にさせるッスよ~!」
ショウタ君は計画のついでにランチュウのデストロイな殺戮が見たかった。
もっと大量に、できれば山のような死体を見たい。
見えないけど大勢の幽霊が唖然とした顔でプカプカ浮かんでいるところを見たいのだ。
それにはゲーム内戦争を起こすのが最も確実で手っ取り早く、前哨戦や怨恨による後々のトラブルも期待できるだろう。
「ちょっと下拵えに時間かかりそうっスけどね」
戦争を始めるには手間と時間とストーリーが必要である。
そのための準備、その手始めが、今回のパーティー集合の目的であった。
「あの子は誰かをぶっ殺せるなら何でも構わないと思うよ。計画の過程で適当に敵を作って、適当にお相手させればいいんだ」
むしろ冗長なシナリオはイライラの元になりかねない。
「なるほど了解したッス」
ショウタ君は短期間で獲物を呼び寄せ、前哨戦で盛り上げる算段を考え始める。
本格的な戦争が始まるまで何戦できる事やら。
「称号持ちに喧嘩を売る頭悪そうなクランやパーティーは……こりゃリスト作らないと駄目ッスね」
「そんなの適当でいいんだってば。だってあの子は相手が何十人いようが平然と突撃する吶喊バカなんだから」
そして無傷で生還する化物である。
「お2人とも何を話してるんですか?」
到着したソルビットが話に首を突っ込んだ。
「PvPでも申し込まれました? 私、ランさんがいるならどこへでも行きますよ?」
「ここにも吶喊バカがいましたか」
「そりゃランチっちの一番弟子ッスからね」
まだショウタ君の眼鏡にこそ叶っていないが、ソルビットの殺戮もなかなかのモノになりつつある。
この計画が成功すれば、ソルビットの腕前に、さらなる磨きがかかるはず。
少なくとも確実に人外認定されるだろう。
「これはいろいろ期待できそうっスね……」
デストロイな殺戮が2倍になる。
それはショウタ君にとって桃源郷に違いない。
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