第19話・モフモフ超魔王国
「なんか入れちゃったねえ」
いまのランチュウが魔獣扱いなら市街地に侵入できないはずだが、プレイヤーアバターの旧ランチュウが混ざっているせいか、何の問題もなく城門を通過できてしまった。
「これはこれで問題アリな気がするんですが……」
他のプレイヤーたちに攻撃されはしないかと、周囲をキョロキョロ見回すソルビット。
「平気ッスよ。たとえ魔獣と思われても、超魔王に手出しする輩なんていないッス」
「有名人ですからね」
市街地はPK禁止エリアなので、ショウタ君とムチプリンは警戒を解いていた。
「面白がってPvPを挑む人がいるかもしれませんよ?」
両者同意の上で行われるPvPならルール上認可されている。
「ソルビっちは心配性ッスねー。ランチっちがそんな些事を気にする訳ないッスよ?」
百手巨人を知らない有象無象が喧嘩を売って、PvPの手順を踏んだ瞬間に蹴散される、あるいはオモチャにされる光景が目に浮かぶ。
「むしろ見たい撮りたい配信したいッス」
ランチュウの殺戮ぶりを想像したのか、ショウタ君は恍惚としていた。
「まったくショウタ君は変態だねえ。目立って仕方ないよ」
ムチプリンが周囲を見渡すと、予定通りイイ感じに衆目を集めていていた。
ただしショウタ君ではなくランチュウが主役である。
『おいあれ超魔王じゃね?』
市街地の屋外はフォローや一時登録がなくてもフリーチャットが可能で、半径15メートル以内ならテキストチャットが、ボイスなら10メートルまで届く。
『ホントだ、可愛い~♡』
『やっぱプレイヤーだったか……』
しまいには杖などでスクリーンショットを撮られる始末。
好奇の視線以外の何物でもなかった。
「街中はPKダメだけどPvPならできるじゃん。みんな戦おうよ~!」
ボイスとテキストの両方で呼びかけるランチュウ。
『やなこった!』
『冗談じゃない』
『そーゆーのは化物同士でやってください』
超魔王と旧ランチュウが同一人物だと気づいているプレイヤーは多いが、群衆の中にはランチュウのフォロワーやフレンド登録者もいるはずなのに、誰も挑戦を受けてくれない。
「まあ自殺行為ッスからね。郊外でいきなりバッサリやった方がマシッスよ」
デストロイ大好きなショウタ君は発言が物騒である。
たとえフレンド同士でも隙あらば殺る、それがヘスペリデスの流儀なのだ。
「今日はそんな事をするために来た訳じゃないでしょ」
ムチプリンに怒られた。
頭に青筋エフェクトが浮かんでいる。
「へいへーい。それで、アタシゃ誰をぶっ殺しゃいいの?」
そもそもランチュウはパーティー集合の目的を聞かされていない。
「いいかげん殺戮から離れて」
「ほ~い」
「ランチっち、これを使うッスよ」
ショウタ君がピタリと立ち止まった。
プレイヤーがアイテムウィンドウを開く際は、よくこんな風にアバターが硬直する。
そして突然、目の前に木製のミカン箱が現れた。
「何だこりゃ?」
「簡易演説台っス。そこの露天でソルビっちに買っといてもらったッスよ」
「はい台本」
ショウタ君同様、しばらく硬直していたムチプリンに紙束を渡されるランチュウ。
ストレージ操作で中の文章をいつでも確認でき、さらに画面の隅で表示したままにできる便利なメッセージアイテムである。
「これって……アタシに道化を演じろってのかい⁉」
中身を読んで憤慨するランチュウ。
ただでさえ最近は対魔獣戦闘を避けているのに、せっかくプレイヤーが大勢いる市街地に来たのに、PvPではなく演説をしろと言われて爆発寸前である。
「道化は元からでしょ?」
すかさずムチプリンがツッコミを入れた。
「それもそっかあ!」
超魔王を名乗って暴れ放題のあげく、ヘンテコリンな高笑いと尻踊りを披露する生活を送っていただけに、ランチュウには返す言葉がない。
「ランチっちは超魔王ッスからね」
ムチプリンの機転にホッとするショウタ君。
「そのうち大殺戮もとい大活躍させるッスから、いまは黙って演説するッスよ」
まだ嫌がっているランチュウに、無理矢理ミカン箱を手渡すショウタ君。
「せいぜい派手にぶちかましてね」
ムチプリンに背中を押され、ランチュウは広場の中心に放り出された。
「おっ、おおう……」
広場の噴水前にミカン箱を設置し、その上に立つと、すかさずムチプリンがマイクモードに設定した杖を立てる。
『う~っ……ウォッホン! 余は魔王、超魔王ランチュウである! 皆の者ひかえい!』
杖を掴んで小指を立て、芝居がかって大声で叫ぶランチュウ。
ミカン箱型演説台とマイクモードの杖を併用すると、半径100メートルまで声とテキストメッセージが届き、逆に見物人はテキスト限定でコメントを送れる仕様になっているのだ。
「言われた通り演説台買っておきましたけど、あんな安物で大丈夫でしょうか?」
心配そうなソルビット。
ミカン箱風演説台は安普請で、いまにも壊れそうだ。
「高級品なら街中に響きますし、私たちにはそれほど高価でもありませんよね?」
つまりムチプリンとショウタ君は、最初から広範囲に声を届ける気などない。
「効果範囲を広げすぎると、見物人のメッセージが多すぎてショウタ君でも処理しきれなくなるから」
「なるほど……」
いくらショウタ君でも、1人でできる事には限界がある。
「撮影はもちろん、ヘスペリ掲示板とSNSでも宣伝してるッスよ!」
ランチュウやソルビットのプレイ動画は、機動が高速かつ複雑で3D酔いするため、ショタロリ団の動画撮影はすべてショウタ君が担当している。
盗賊アバターなのに攻撃や窃盗を一切行わず、撮影に徹するのがショウタ君のプレイスタイル。
その暗殺者じみた隠形スキルと、視聴者を酔わせない高度なカメラワーク、そして偏執的なまでの熱い視線が評価され、非戦闘員であるにも関わらず、ネット掲示板で達人級に認定された強者なのだ。
「こればっかりはムッちゃんやソルビっちには任せられないッスね。その代わり2人は演出頼むッスよ」
「はいはい」
3人の内緒話をよそに、ランチュウの演説は続く。
『女性プレイヤーの諸君! 余は諸君らの助力を必要としておる!』
「ソルビット、これ持ってランチュウの後ろに立って」
「はっ、はい!」
ムチプリンに水晶玉を渡され、演説台に駆け寄るソルビット。
水晶玉が作動し、ランチュウの背後に巨大な2D画面が現れた。
『余の配下たる魔獣たちはフサフサのフカフカである! 余の配下になれば、魔獣たちとのモフモフ生活を約束しよう!』
ショウタ君の遠隔操作で、ボスネコ魔獣に触れるソルビットの映像が表示される。
「抱きつきMODはまだ開発中ッスけどねー」
生配信にショウタ君が字幕テロップで注意事項を挿入した。
「あんな映像流したら、運営にチートを疑われませんか?」
ソルビットは演説中のランチュウ(のお尻)を眺めながら戦々恐々である。
「去年の末に、魔獣をテイムできる新機能が実装されたでしょ? それにチートツールを使ってる訳じゃないから、すぐにBANされる心配はないよ」
「あの運営、腰が重いッスからね」
チートには厳しいカバゲームスだが、ツール使用の痕跡さえなければ文句を言われる事はない。
そしてバグに対しては限りなく寛容で、『ハングアップ(フリーズ)しなければバグじゃない』というプロデューサーのヘンテコ方針もある。
当分の間は、いや永久にBANの心配など不要かもしれない。
『余はここに新クラン【モフモフ超魔王国】の結成を宣言する!』
「みんな入るッスよー」
『女性プレイヤーを中心に募集を進めるが、クランメンバーの紹介があれば野郎だって入れるぞ! カップルはもちろんネカマやネナベも大歓迎だ!』
ゲーム内で恋愛関係になり、あるいは恋人同士でヘスペリデスを始め、ゲーム内で結婚式を挙げたプレイヤーは多い。
ただしネカマも多い。
闇が深いのか、ネカマやネナベの同性カップルも多数棲息している。
『わたし入る! 草原地帯の毛玉魔獣をモフりたい!』
早速、女性剣士からメッセージが入った。
それをショウタ君がコピペし、たちまち背後の画面にコメントとして表示させる。
ちなみに動画サイトでの視聴者コメントは自動的に表示される設定だ。
『……仲間と相談しなきゃ』
ゲームとはいえ、クランやパーティーなど人間関係の制約を持つプレイヤーもいる。
『とりあえず誘ってみなよ!』
「ランチュウ、アドリブは控えめに」
パーティー限定チャットでムチプリンの苦言が入った。
『へいへい。とにかくモフモフ超魔王国の立ち上げとメンバー募集は15分後の予定だ! クラン同士の同盟や無所属パーティーとの連携も募集しておるから、お便り期待して待っとるぞ~!』
演説を終えたランチュウがミカン箱から飛び降りた。
ショタロリ団は機材を回収し、騒ぎを避けて逃げるように広場から撤退する。
「おんもしろかったー‼ 演説ってつまんなさそうって思ってたけど、やってみると結構楽しいもんだねえ!」
ランチュウは上機嫌だ。
「このまま何も起こらなければいいんですけど……」
「ソルビっちは心配性ッスね。むしろ起こんなきゃ困るッスよ。だってオイラたち、これから戦争するッスよ?」
戦争を起こすには、まず国を興さなければならない。
そのための第一歩であった。
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