第20話・レインボープラン
「いまカバゲームスに経済的負担をかけるのはマズいッス」
建国宣言演説のあと、迅速かつ鮮やかな戦術的撤退を遂げたショタロリ団は、ナパースカ北部にある公園、正確には領主邸の庭を歩きながら、計画の詳細を知らないランチュウとソルビットへの説明も兼ねて作戦会議を開いていた。
「あの会社、先月クーデターが起こったっスよ。経営陣が一新されて、抵抗した制作陣が勢力争いに負けて一掃されたッス」
「一掃⁉ それじゃ誰が運営してるってんだい?」
たちまちランチュウの機嫌が悪くなった。
運営企業のいざこざがゲームの運命を左右するなんて間違ってる、というのが持論なのだ。
「さあ……寄せ集めか事務職でやりくりしてるんじゃないッスか?」
それはサーバーメンテナンス不能という非常事態を意味している。
「おかげでカバゲームスの株価は低迷気味ッスよ。どうにかして陣営を立て直さないと、来年までもたないかもしれないッス」
「そんな情報、どこで仕入れたんだよ……」
少なくともムチプリンは知らなかった。
おそらくヘスペリデス関連のネット掲示板にすら出回っていない極秘情報である。
「オイラ、カバゲームスの株を2割持ってるッス」
「内部情報じゃない!」
ムチプリンはあきれ返った。
いくらパーティー仲間とはいえ、情報漏洩はヤバすぎる。
「異世界とランチっちの未来がかかってるッスからね。共犯者には教えないと駄目っスよ」
「みんな誰にも話しちゃダメだからね! 特にリアルでは!」
「ここだけの秘密ですね」
ソルビットは職業意識から、カバゲームスの内部抗争が店の売り上げにどう影響するかを考えたがダメだった。
株がどうとか想像がつかないし、そもそもヘスペリデスはスマホゲーではない。
「何それショウさんカネモチだったの?」
リアルのお腐会に参加できなかったランチュウは、仲間外れにされた気がして頬を膨らませている。
「まあ、いまのアタシにゃ関係ないけどね~♡」
気を取り直し、モンローウォークでお尻をフリフリしながら歩くランチュウ。
「ショウさんは更科さんのお父様のスポンサーですよ?」
ソルビットが忠告する。
「へっ? そうなの?」
「ええ。しかもかなりの金額を」
「うっわー、そりゃまた失礼しました。これからもオヤジの病院をくれぐれもよろしくお願い致します」
へへーっと頭を垂れるランチュウ。
「これだからリアル晒すの嫌だったッスよ……」
「こちとら現実世界じゃ挨拶できない異世界魔王だし、一度くらいはやっとかないとねえ」
ランチュウは自分のリアルボディが病院で厳重に保管されている事実を知らない。
「とにかくいまのカバゲームスは、イベント開催どころかバグの修正もできない状況ッス」
この話題が続くと勘繰られる可能性があると察したショウタ君が、話を無理矢理本筋に戻す。
「絵師さんとの連絡もつかない有様ッスから、当然新しい課金アイテムの開発もできないッスね」
重課金強化アイテムとは無縁のショタロリ団だが、課金装備には非強化のファッション系もあるため、無関心ではいられない。
4人には強さよりオシャレの方が遥かに重要な話題である。
「でもそれってイベントもクエストもフィールドも魔獣の設定も、AIの自動生成に頼りっきりになってるって事だよね?」
ムチプリンはショウタ君が経営危機の話を出した理由を考えていた。
何か裏が、あるいは面白い陰謀を企てているに違いないと。
「最近は新型魔獣の実装も頭打ちになってるッスからね。対魔獣勢の鬱憤も堪ってるッスよ」
「それで戦争?」
いくらランクの低いプレイヤーたちでも、同じ系統の魔獣ばかりを相手にしていると、変なクセがついて操作の融通が利かなくなる。
新型魔獣が現れなければ、そのうち対戦勢に鞍替えするプレイヤーも現れるだろう。
そんな時に戦争が起こればどうなるかは明白だ。
「そうッス。できればモフモフ超魔王国が女性プレイヤーを独占して、それに釣られた男性諸氏で勢力を伸ばし、できれば結託した大手クラン同盟軍との世界大戦か冷戦状態、もしくは群雄割拠に発展させたいッスよ」
国家間戦争を起こすには、まず国家を興さなければならない。
そのためのクラン設立であり、建国宣言であった。
もちろんクランマスターのランチュウは傀儡で、実務は主にショウタ君とムチプリンが担当する予定である。
「ほうほう……それでアタシゃ誰をぶっ殺しゃいいんだい?」
「そればっかりですねランさん」
先ほどの演説で緊張したのか殺意が高まっている模様。
「最大手クラン3団体の主要プレイヤーを何人か派手に惨殺して、ネットに上げるッスよ」
もちろん撮影は殺戮大好きっ子のショウタ君が担当する。
「いいねえいいねえ宣戦布告かい? 思ったより簡単にヘスペリ潰せそうじゃん!」
ランチュウは期待のあまり勝利の尻踊りを始めてしまった。
「デュフフ~ッ、デュフフフフゥ~ッ♡」
「ランさん機嫌直りましたね」
「ソルビットも参戦するんだよ?」
「ええっ⁉」
ショタロリ団2大エースの片割れなので当然である。
「そうなったら対戦勢はプレイヤーの熟練度とか関係なく全員戦う破目になって、倫理無用で生存競争の弱肉強食状態になるッス」
対魔獣勢はその大半が対戦拒否に設定しているものの、戦線が全土に拡大すれば確実に巻き込まれるに違いないとショウタ君は語る。
少なくとも対魔獣勢と対戦勢のバランスが大きく崩れるだろうと。
「ふんふん……それでどーなるん?」
「わからないッスか? 話題になって一時的にプレイヤーが増えるッスよ」
「それじゃヘスペリ潰せないじゃん!」
ギョッとするランチュウ。
さっさとヘスペリデスをサービス終了させて、本物の異世界を思う存分堪能するのがランチュウの最終目標なのだ。
26歳にして人生を捧げたゲームだが、どうせ終了させるなら早い方がいい。
「慌てて潰すと、代わりのゲームに再侵食される可能性が高いッスよ」
「再侵食?」
ソルビットもそうだが、ランチュウはまだ計画の概要を聞いていない。
「同じシステムを流用した新作ゲームが出ると、魔界樹や世界樹を通じて侵食が悪化するかもしれないんだってさ」
ムチプリンがショウタ君の説明をざっくりと補足する。
「ほうほう……それはそれで面白そうだねえ」
「面白い訳ないでしょうが」
だがランチュウは遅延工作に興味を示している。
これならリアル更紗の入院以外はすべて話してよさそうだと判断し、ムチプリンはショウタ君に目配せした。
「急激に初心者が増えた状態で大戦争なんて始めたら、ランチっちはどうするッスか?」
「少数なら見逃すけど、団体さんなら容赦なくぶっ殺す!」
初心者狩りで俺TUEEEなど興味ないが、相手が百人単位なら話は別だ。
「で、ぶっ殺された初心者たちはどうなると思うッスか?」
「……ヘスペリやめますよね、やっぱり」
ソルビットは不安な表情を隠せない。
初心者をどうやってヘスペリに定着させ育成するかは、ショタロリ団を含む熟練プレイヤー勢にとって死活問題だったのだ。
なぜなら美味しい獲物がいなくなると困るから。
「そこが狙いッスよ」
デュエルや2on2形式の対戦格闘ゲームとは異なり、ゲーム人口が遭遇率に直接影響するため、獲物がいなくなれば熟練者もヘスペリデスを去るだろう。
プレイヤーたちの努力を水の泡にせんとする、悪辣な謀略であった。
「おおっ!」
ようやくランチュウにも理解できたらしい。
「ユーザーが劇的に減る!」
先物取引の小豆相場と一緒で、急激に上昇したグラフは暴落の前兆。
ユーザーの増加に伴って運営体制を拡大したカバゲームスも、人員を維持できなくなって経営危機に陥るだろう。
運営が最も恐れる過疎化まっしぐらルートである。
「でも、いまは駄目っスよ。現時点でもう経営危機なんスから、一度立ち直ってからにしないといけないッスね」
狙いはあくまでもヘスペリデスの終了であり、運営企業の倒産ではないのだ。
少なくとも潰れたカバゲームスを買収する親会社が、現ヘスペリデスの継続を諦めそうな時期に計画を合わせる必要がある。
「適当に時間をかけつつ、派手に戦った上にユーザーを一気に減少させて、その後は新システムが開発されるまで、できる限り過疎化を維持させながら、じっくり確実にヘスペリを潰そうって案っスけど……どうッスかね?」
「急がば回れか……」
ランチュウは即座に計算を始めた。
ヘスペリデスは可能な限り、できればココナナが大きくなる前に消滅させたい。
「いや1年2年じゃ無理ってわかってたし、公園デビューや幼稚園は諦めてるけどさあ、せめて小学校までには解決しときたいんよ……」
異世界に幼稚園や小学校が存在するかは疑問である。
「何の話ッスか?」
「うちの2歳児。あの子に同年代の友達が欲しいんよ。だからさあ、一時的でもいいから、できる限り早期解決して、結界の向こう側と往来できるようにしたいんよね」
年齢の離れたリアル弟がいるだけあって、ランチュウは子供の将来に無関心ではいられない。
「……それって、こっちで生存者を探した方が早くないッスか?」
「それだあ!」
本能とシナリオに従って行動する通常の魔獣とは異なり、知的生物である魔獣人は、プレイヤーの侵入不可エリアで隠遁生活を送っている可能性が高いとランチュウは睨んでいた。
ショウタ君も同じ結論に至ったらしい。
そして避難するなら家族ごと逃げるに決まっている。
つまりプレイヤーのいない進入禁止エリアを探せば、ココナナの友達にちょうどいい年齢の子供が見つかるかもしれない。
同年代どころか兄貴分や弟分妹分まで期待できそうだ。
まずは見つけなければ話にならないが、どう考えてもヘスペリデスのサービス終了よりも遥かに早く実現可能な提案である。
「魔獣討伐禁止のモフモフ超魔王国を大きくすれば、魔獣人が殺されるリスクを冒さずに目撃情報を集められるッスよ? それに戦争が起これば、他のクランも対人戦に興味が移って生存者の安全を確保できるッス」
団員もとい国民たちの動向次第では、魔獣人を集めた保護区の設立だって不可能ではない。
「よっしゃあ、その話乗ったあ!」
「よかった……」
ランチュウとの対立やパーティー脱退を懸念していたムチプリンは、ホッと一息ついた。
「でもさあ、それって運営が黙っていればの話だよね?」
過疎化の原因になりかねない大戦争を、おとなしく見過ごしてくれるとは思えない。
「知ったところでスタッフがいないんじゃ、どーにもならないッスよ。腕のいいプログラマーを大勢雇っても、修正やテコ入れに3ヶ月はかかるんじゃないッスか?」
人員を補充したところで、即座に体勢を立て直せる訳ではない。
「3ヶ月でいいの? 何年もかかると思うんだけど」
「混乱のきっかけさえ作れるならいいッスよ。事を起こしてしまえば、たとえモフモフ超魔王国が潰れても戦争は続くッスからね」
「続くの? 何で?」
「そのころには他にも国が生まれるッスから。それも複数」
モフモフ超魔王国が国家レベルまで成長すれば、対抗クランも国家にならざるをえない。
各国対立の構図さえ作ってしまえば、あとは勝手に事態が進行する仕掛けである。
「過疎化が早すぎる場合はどうする?」
ムチプリンは計画の穴を探す。
ゲームの過疎化自体はそれほど難しい話ではないが、そのコントロールが難しい。
早すぎればカバゲームスがどこかに合併吸収され、息を吹き返してしまうだろう。
「時間稼ぎならいくらでも可能ッスよ。オイラが出資額を増やして運営を無理矢理維持させてもいいッスし、新システムの開発を援助してゴールを早めてもいいッス。いざとなったら企業ごと乗っ取るッスよ」
金持ちの投資家は選択肢のスケールがでかすぎる。
「いささか希望的観測が入ってるけど、いやショウタ君の負担ばかり大きいような気がするけど……まあ出資者本人の提案だし、やってみる価値はありそうだね。ランチュウとソルビットはどう思う?」
「もうぶっ殺せるなら何でもいいよ」
ランチュウは複雑な話に思考を放棄した。
「ヘスペリ始まって以来の大戦……スケジュール合うかな?」
あまりプレイ時間帯の融通が利かないソルビットは、早くも有給消化のプランを練っている。
いざとなったら退職してでも時間を作ろうと考えているに違いない。
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