第34話・空飛ぶ超魔王
「おいしいおいしい」
ランチュウは森で木の枝に座って弁当のおにぎりを食べていた。
「むぐむぐ……なかなか見つからないねえ旧魔王」
このあたりだろうと目星をつけて空中浮遊で探りを入れてみたのだが、それらしい影は見当たらない。
身長5メートル強のパルミナは、かなり目立つと思うのだが。
最新映像を確認しようと【魔王パルミナ様を遠くから見守り隊】のサイトを探してみたが、あいにくメンテ中でネットに繋がらない。
先ほど魔海樹を制圧した時に、注意深く機能をチェックしたおかげで、インターネットとの接続方法は判明している。
だが今日はヘスペリデスの方が臨時メンテナンスのため、ゲーム内からのネット接続ができず、ショタロリ団の仲間たちとも連絡がつかなかった。
仕方なく前回の戦闘でパルミナが現れた方向と道筋を逆に辿ってみたのだが――
「できればメンテ中に会ってみたかったんだけどねえ」
おそらく一時的なものとはいえ、元・獣人であるナパースカの住民たちがシナリオの呪縛から解放されていたので、野性化していたパルミナも自我を取り戻している可能性が高い。
いま見つければ、何か有用な情報が得られるかもしれないと思ったのだが――
「まあ、あと2日あるし、もうちょい捜索範囲を広げて粘ってみるかね」
おにぎりを食べ終え、包んでいた
「ふ~わふわふわふ~♪」
飛行モードはまだ不安定なので、無理に翼の空力で飛ぼうなどとは考えず、魔王の不思議能力で浮遊しながら高度を上げる。
あとは風の向くまま気の向くまま。
空中を漂いながらランチュウはパルミナを探す。
「おっかし~な~。茂みからでっかい角がはみ出してもよさそ~なもんなのに」
ショウタ君の量子ドットウルトラワイドモニターほどではないが、ランチュウの脳内仮想空間の仮想更紗は、それなりに高解像度の仮想モニターを使っているため、あえて望遠モードは使わない。
対象がデカいのでズームする必要がなく、視野を広げた方が効率はいいと判断したのだ。
「あのガタイだし、森の中でも開けた場所にいるのかねえ」
パルミナがいそうな場所を見つけては着陸し、視点移動の抵抗で気配を探る。
そして再び上昇し、ノンビリと移動しては降りてを繰り返す。
「おんやまあ、おそよ~さん」
大型魔獣の気配を感じて近づいてみると、5メートル級の類人猿型魔獣フサニコングとすれ違った。
近隣の魔海樹を制圧しておいた恩恵で、このあたりの魔獣たちはランチュウの支配下にあり、遭遇しても襲われる心配はない。
「おっとっと……お猿さん、どっかでパルミナ見なかった?」
言葉が通じるとは思えないが一応聞いてみる。
「ムホッ♡」
南西を指差すフサニコング。
「おおっ話せるお猿さんだ! いつ見た? 距離は?」
「ウッホ、ムッホ」
大猿は他にも何か情報をくれようと変なジェスチャーを繰り返すが、ランチュウには理解できそうにない。
「う~む……わからん! でも助かったよ。あんがとさん♡」
フサニコングに投げキッスを送って颯爽と……もといフワフワと離陸するランチュウ。
「……のわっ⁉」
森を抜けた瞬間、いきなり目の前に巨大な飛行物体が迫った。
いわゆる出会い頭事故である。
「おっと、うっふぁあっちっち……」
咄嗟に回避行動を始めるランチュウだが、飛行モードの設定が適当すぎるため、何をすればいいかもわからず右往左往。
未確認飛行物体は全長数十メートルにも及び、モフモフの羽毛に8枚の翼と無数の足が生え、尻尾の先は長い毛に
「いよっと!」
長い角の生えた巨大な頭部はギリギリ回避できた。
下に回って多数の足を反射神経とクイックステップでどうにか躱す。
だが低空戦用のジャンプ移動入力を使ったせいでバランスを崩し、姿勢制御が利かなくなる。
「のげえっ⁉」
どうやらシッポのボンボンが最終関門だったようで、真正面からボフッとめり込んでしまった。
「もっふ~♡ ……うにゃんおにゃはにぇ回る回る廻る回る~~~~っ⁉」
8枚の翼が起こす乱流に揉まれ、ボンボンに捕まりながらグルグルバタバタと回転する。
「ぬっ、ゴミでもついたか?」
飛行物体は爬虫類っぽい口で人語を喋った。
「おっ、言葉通じそうじゃん! とりあえず止まって……」
「きたない」
飛行物体は無情にも尻尾をブンブン振り始める。
「おわゅやめてタンマ止めろゲロ吐いちゃうおいうっわ~‼」
ランチュウは振られる尾の勢いに負け、とうとう手を放してしまった。
「わっほぉ~~~~~~~~い!」
回転しながら落下するランチュウ。
「地球の重力に魂が引かれるぅ~~~~」
落ちながらもネタは忘れない。
ちなみに、いままでの台詞は脳内仮想更紗の仮想キー入力により、すべてテキスト表示されている。
「少佐! 助けてくださいシャあぐげっ!」
……ぼふっ。
地面に激突するかと思った瞬間、ランチュウは何か柔らかいハンモックのような物体に、ふんわりと受け止められた。
「うっきゅ~~~~ずぼっ」
ブラブラと揺れる湿った布の中で目を回していると穴から落ちた。
穴はランチュウが落ちたせいで開いたのではない。
最初から2つ開いていたのだ。
「ふんにゃ~酷い目に遭った」
目を回しながらも表情入力をこなし、目玉のグルグルと、頭上をクルクル回るヒヨコを忘れない。
「……こりゃ何かいな? パンツ?」
見上げると、洗濯ロープに巨大な黒いパンツとブラジャーがぶら下がっていた。
誰のビキニかは考えるまでもない。
「ありゃ別邸かい? なるほどパルミナはあそこに避難してんのか」
道理で空から探しても見つからない訳だ。
「となるとアイツは魔王寝室かな……?」
不幸中の幸いか、キズ1つなかった翼をオプションに収納し、裏口を見つけて屋内へと侵入したランチュウは、洗い場の洗濯カゴが空なのを確認してから魔王寝室へと向かう。
鼻歌が聞こえた。
水音はない。
「アタシゃ何だか猛烈に嫌な予感がするよ」
使用人ドアから巨大な寝室に入ると、そこにはクローゼット全開で巨人用衣服がところ狭しとばかりに散らばっている。
「よっぽど着るもんに苦労したんだろーね」
箪笥の引き出しもすべて開かれ、下着か水着かわからないような布面積の小さい(ただし畳ほどのサイズがある)もバラバラに散乱していた。
防寒コートに儀礼用、薄地のマントもあるが、それらは使用人が物理的に洗濯できない事情から、滅多な事では使えない。
となると実際に着用されるのは下着類(のようなもの)ばかりになるのだが、清潔感とはほど遠い生活を送っていたパルミナの着衣欲は留まるところを知らず、ありったけの服を出さずにはいられなかったようである。
出したところで自分の体が汚れていると気づき、慌ててバスルームに飛び込んだのだろう。
「まだ入浴中だし、庭のビキニは自分で洗濯したんかいな」
散らばっている衣服は着た形跡がないので、魔王パルミナは全裸で洗濯した事になる。
「アイツ羞恥心ってもんがねーのかな……おややん?」
いつの間にかパルミナの鼻歌が終わっていた。
脱衣所の巨大なドアがゆっくりと開かれる。
「やほー♡」
「きゃああああああああああああああああああああああああああああああああっ‼」
ちゃんと挨拶したのに、絹を裂くような悲鳴を上げられた。
ランチュウの想像通り、パルミナは片手に小さなタオルを持っただけの素っ裸である。
「うっわー、すんげえ……」
足元のランチュウが低身長すぎるせいもあるが、巨大な乳に阻まれてパルミナの顔が見えない。
「あ、あなたは誰……どこです?」
キョロキョロを首を振る魔王パルミナ。
こちらも巨乳に阻まれてランチュウを見失ったようだ。
「ここだよここ~」
危険領域の足元を離れ、ジャンプでドレッサーに乗るランチュウ。
ここならパルミナも椅子に座って冷静に話ができると思ったのだ。
「きゃ~~~~っ!」
まるでゴキブリでも見たかのように暴れ回るパルミナ。
「うっわ~こりゃダメだ!」
振り回される巨大な手を軽々と回避して魔王専用ベッドに移動する。
「ほらアタシだよ! 先々月あたりに長々と戦ったランチュウだよ!」
ランチュウはボイスとテキストを同時入力するため、セリフの横にはプレイヤーネームが表示される。
戦闘中の魔獣にはどう見えるか知らないが、通常時ならNPCの視界にも表示されるのは、トリボーノとの一件で確認済みだ。
クエストボスでイベントシーンまであった魔王パルミナも、ひょっとしたら戦闘中にランチュウのセリフが聞こえテキストが表示されていたのではと思ったのである。
「ら……ランチュウ⁉ いやっチクチクはやめて消えて殺さないでーーーーっ‼」
暴れっぷりが余計に酷くなった。
「なんてこったい。どーにかして落ち着かせねーと話にならん」
他に誰かいればミッションを丸投げするところだが、あいにくメンテ中でショタロリ団とは連絡がつかず、この別邸は超魔王邸と違って使用人や管理人もいない。
「よし、いったん離れよう」
あまりの狂乱ぶりに、ランチュウは獣人用のドアから退散する決意をした。
「おっと、その前に……」
アイテムストレージから大量の食糧を出して置いて行く。
ストレージには150のアイテムを所持できるのだが、同じ種類のアイテムなら最大999個まで持ち運べるため、こんな事もあろうかとパルミナの空腹を満たせる量の食材をナパースカで購入しておいたのだ。
ニンジンやジャガイモなどの野菜に肉の塊、栄養調整食品のブロック型ビスケットや、果ては袋入りのインスタントラーメンまで。
調味料はおそらく魔王用キッチンに常備されているので心配ない。
「そいつで何か作って食いな! 野菜は生で
ドアを閉めて階段を上り、ロフトの窓から屋根に出る。
パニック状態のパルミナが別邸から飛び出せば、たちまちランチュウが襲いかかる仕掛けである。
「デュフフ~ッ、デュフフフフゥ~ッ♡」
そして勝利の尻踊り。
何に勝ったつもりなのかは不明だが、ここにいるぞと常に自己主張しないと、根は臆病らしいパルミナが本当に脱出を図ると思ったのだ。
「さ~て、こっからは根競べだ」
遅くとも明日の朝には結果が出るだろう。
「そうそう、ナーナさんにお弁当作ってもらわないと」
丁度良く目の前に別邸の超空間勝手口がある。
パルミナが眠った隙に、超魔王邸に戻って温かい食事にありつくのもアリだなとランチュウは思った。
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