第1章・更紗のランチュウ

第1話・通り魔ランチュウ

「デュフフフフ~♡ アタシを捕まえてごらんなさ~い♡」

 森の中、魔獣たちの攻撃を巧みに回避し、砂浜ラブラブイベントのごとく街道を駆ける小柄な少年の姿があった。

 名前はランチュウ。

 ファンタジーMMOアクションゲーム【ヘスペリデス】のプレイヤーアバターである。

「ここの魔獣は弱っちいし、殺すのは忍びないんだよねえ。腐士の情けで命だけは助けてやるよん」

 わざと魔獣を1ヶ所に集め、その攻撃をヒラリヒラリと躱してから一目散に逃走する。

 外見は10才かそこらの少年で、真っ赤なショートマッシュの頭髪に3房の白毛を持ち、リンゴのほっぺに吊り気味のネコ目。

 鼻は低く、口元には八重歯が覗いている。

 服装は白いチューブブラに紅白模様のベストとモコモコかぼちゃパンツ。

 やはり紅白模様のネコシッポが変幻自在にクネクネ動き、ネコミミは特に意味もなくパタパタ震えている。

 だが可愛らしい見た目と違って性格は狂暴極まりない。

 例えるなら周囲のあらゆるモノを破壊する暴風であろう。

「おっ、またまたパーティー発見! 挙動から修羅の竹級と見た!」

 通りすがりのプレイヤーたちが巻き込まれ、たちまちトラックに轢かれた異世界転生者よろしく昇天した。

 ある者は両手の短剣で貫かれ、またある者はブーツの踵に仕込まれた折り畳み式のブレードで首を掻き切られる。

 彼らは1人あたり数秒で体力がゼロになり、自分たちに何が起こったのかを知ったのは、リスポーン待ちの幽霊状態になってからの話だろう。

「デュフフ~ッ、デュフフフフゥ~ッ♡」

 パーティー一同を気まぐれに瞬殺したランチュウは、ヘンテコリンな勝利の高笑いと尻踊りを幽霊たちに見せつける。

 まさに鬼畜の所業であった。

「もっと小技と入力キーを増やしてから出直しな! 課金も忘れんなよ!」

 だが幽体化したプレイヤーたちの目には、走り去るランチュウの足つきがフラフラと危なげに見えた。

『千鳥足……まさか酔っ払ってんのか?』

 深夜帯のゲーマーにはよくある話で、PCデスクに酒とツマミを置いてプレイする輩は少なくない。

 そしてアバターは10才前後の少年でも、中の人……プレイヤーまで未成年とは限らないのだ。

『よく見りゃグニャグニャじゃねえか。あれでホントに戦えるのか?』

 リスポーン待ちの待機状態でも幽霊同士に限り会話を許されている。

『戦えるから俺たち幽霊やってんじゃねーか』

『泥酔状態でも俺たち修羅勢を一蹴かよ』

【修羅】とはヘスペリデスに青春や人生を捧げ、それなりに知名度を持つ高レベルプレイヤーの総称である。

 修羅にも松竹梅が存在し、さらなる上位ランクで人間をやめたと囁かれるプレイヤーたちも多い。

『さすが称号持ちのトップランカー。化物……いや人外魔境だ』

『俺、どうやってキルされたかわかんねーよ』

 歩いていたら突然バッサリ、見えるのは尻踊りだけである。

 ヘスペリデスはHPが表示されず、隠しゲージが半分を切ると画面の隅に心臓マークが表示されるシステムで、ダメージの累積により赤から青、さらに紫へと変化し、瀕死で灰色になってアラームが鳴り、黒で死亡する。

 だが彼らの画面上では、その心臓マークが現れると同時に黒表示へと変わったのだ。

 いわゆる突然死である。

『さて、リスポーンまでしばらく時間があるな。今日はここで解散するか?』

 キルされると、市街地あるいはキャンプ中に設置したチェックポイントでリスポーンできるルールだが、ペナルティとして2分40秒のインターバルが設けられている。

 この待機時間を嫌ってログアウトする者は少なくない。

『そうだな。なんかやる気なくなっちまったぜ』

 死因すらわからないのでは反省会もできない。

『つーか俺も呑みたくなった……リアルで』

『同意』

 ランチュウの千鳥足を見て、幽霊たちも酒が恋しくなったらしい。

『じゃあオンライン飲み会でもすっか』

『賛成―‼』

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