第28話・ハグ撃! トリプル・マム
「となると【クマ井さん連盟】は、この奥ッスね……」
ラスボスの間がビエマーチュ迷宮の最奥という訳ではない。
さらに奥へ進むと宝物庫があるのだ。
室内の面積はそこそこ、ただし宝物の山が障害物として点在する、対戦環境として面白味のあるステージだとショウタ君は評価している。
迷宮攻略に来た複合パーティーが、ラスボス攻略後に仲間割れをするエクストライベントの名所でもあった。
噂によると宝物庫内では対戦拒否設定が無効化され、対魔獣勢であっても戦いを避けられないのだとか。
「ようこそショタロリ団の皆様!」
「いらっしゃ~い♡」
「私たちクマ井さん連盟は心より歓迎いたします……地獄送りのパーティーだがなぁ!」
入った瞬間ノリノリの挨拶を喰らった。
気配(スティック操作による視点変更の抵抗感)で誰かいるのはわかっていたが、想像以上にお祭り好きな連中だったようだ。
クマ井さん連盟は3人とも同じ外見のアバターで、髪のメッシュで色分けされている。
対魔獣用の強化系重装備らしいが、胸元や太ももが丸出しになった挑発的なデザインの、巫女服や道着を思わせる和洋折衷な服装で、サイズが妙に大きいブカブカのブーツを履いていた。
それぞれ対大型魔獣用の大剣や大槌、そして巨大なマサカリを背負い、それぞれ色違いのクマミミ&クマシッポを装備している。
「これって……ほぼリアルのムッちゃんッスよね?」
モジャモジャ天然パーマの長髪に、ムチムチでグラマラスなナイスバディ。
アンリアルアバターなので瓜二つとまでは行かないが、クマ井さん連盟のアバターは明らかにムチプリンのリアル、大路睦美そのものに見えた。
「前はタツキ君に隠れてよく見えませんでしたが……かなり大きいですね」
更紗ほどではないが長身の睦美は、低身長な夏帆の視点では巨人かママにしか見えない。
そして胸のサイズまでママ級であった。
「ほうほうムッチさんのリアル知人さんかいな?」
ランチュウは先日のお腐会に参加できなかったのでムチプリンのリアルを知らないが、それでもおおむねの状況は察したらしい。
「まさかクマ井さん連盟って……」
「さっさと始めるよ!」
ムチプリンの疑問をよそに、クマ井さん連盟が戦闘開始を宣言する。
「オルテナ! アッシュ! ショタロリ団にちょっとネトリーなアタックをかけるよ!」
3人の大型革製ブーツが金属音と共にジェット噴射を開始する。
同時に切れ目からパンツとフトモモが丸出しな袴風ズボンがブワッと膨らんだ。
「おう!」「合点だよマイア!」
メッシュの赤い大剣持ちがマイアで、青でマサカリを担いでいるのがオルテナ、オレンジの大槌がアッシュらしい。
クマ井さん連盟の3人は背中からそれぞれの武器を抜き、ふわりと浮き上がって地面スレスレのホバー移動でショタロリ団に向かって突進する。
「ホバブーツ⁉」
「あれって移動用でしたよね⁉」
ホバブーツは南部の荒野エリアなどで、鈍足な対魔獣派の重装備アバターたちに重宝されている長距離移動向けのレアアイテムである。
ただし瞬間最高速度で軽装備アバターに劣り、まっすぐ進むしか能がない。
舵やブレーキは存在せず、障害物に衝突したら大惨事。
いわゆる欠陥アイテムであった。
少なくとも屋内で使っていい代物ではない。
「あれで戦うって正気じゃないッスよ⁉」
だがショタロリ団は、これを自殺行為とは判断しなかった。
欠陥アイテムを欠陥品と知りながら使っているからには、何かしらの理由があるに決まっている。
「アレがまともな訳ないでしょ!」
「正気でヘスペリやってられるかってんだ!」
ムチプリン同様にランチュウも気づいたようだ。
おそらくクマ井さん連盟の3人は、とっくに人間やめている。
「ほらほら下がんな。下がるんだよ!」
並んで走る豊乳大美人×3は、正面から見ると迫力満点であった。
「さっ、散開―っ‼」
クマ井さん連盟たちの気迫に押されたムチプリンは咄嗟に回避を指示するが、すでにランチュウとソルビットの姿は消えている。
ステップ入力で横方向へと逃げるソルビットを地上に残し、ランチュウはジャンプ入力で3人の頭上に舞い上がったのだ。
マイアの頭を足場にして。
「やっふー‼」
ポコッ(足音)。
「ああーっ! 私を踏み台にしたぁ⁉」
対して重装備のクマ井さん連盟は、ホバブーツがあっても咄嗟のジャンプはできない。
「……そこっ!」
クマ井さん連盟が曲がれないのをいい事に、ランチュウはマイアの後ろを走るオルテナに空中から短剣の高速連打を叩き込む。
「やらいでか!」
ホバブーツは進行方向こそ融通が利かないが、体の向きは変えられるらしい。
オルテナはクルリと反転し、担いだマサカリを盾にランチュウの攻撃をガチンと弾く。
なかなかの反応速度である。
「おおっ、やるねえ!」
最後尾のアッシュが大槌を振り回すが、ランチュウはそれを踏み台にして再跳躍、宝の山に飛び乗った。
「おっとっと~」
ガラガラと音を立て崩れそうな山の上フラフラしながら必死にバランスを取るランチュウ。
「そのまま走ると危ないよ~!」
警告を送るランチュウだが何の効果もなく、案の定クマ井さん連盟たちは壁にぶち当たる。
……正面からではなく、体を斜めにして。
「おおっ!」
3人は壁で止まらず、それどころかまったく速度を落とさず軌道だけがカクッと変化した。
「リアクティブアーマー⁉」
対魔獣用高額課金強化防具のリアクティブアーマーは、リアルの爆発装甲と違って炸裂しない。
その代わり上限つきで打撃系のダメージを無効化し、衝撃を反射させる効果があった。
主に突進系の魔獣に対抗するための特殊装備である。
ただし、それ以外の使い道が存在ないため、これを愛用するプレイヤーは少ない。
「すんげえ!」
リアクティブアーマーの反射効果で壁や障害物を使って跳ね回り、クマ井さん連盟は強制的かつ瞬間的に進路を変更した。
「対魔獣用装備とて、こういう芸当はできる」
ダッシュしながら呟くマイア。
しかも3人とも突入角度を変えているため反射角がバラバラで、各所に点在する宝の山を活用し、クマ井さん連盟はピンボールのようにムチャクチャな機動で部屋中を縦横無尽に駆け回る。
「こいつら、ただもんじゃないッスよ!」
PvPの対象から外れている非戦闘員のショウタ君は、敵味方双方の邪魔にならないように、宝物庫の出入口から動画撮影を行っていた。
というか、ショウタ君ですらクマ井さん連盟の軌道が読めず、安全圏で撮影するしか方法がなかったのである。
「ここまでカメラ引いたの、久しぶりッスよ……」
ただでさえランチュウとソルビットを画面に収めるのは難しいのに、不規則に高速移動するクマ井さん連盟までアップで写すのは、いくら熟練バーチャルカメラマンのショウタ君でも撮影難度が高すぎる。
「でもねえ……これって軌道読めるんじゃない?」
まっすぐ走るしか能のないホバブーツの特性は変わらないので、反射角さえ計算できれば進路を予測できる……ランチュウとソルビットならの話だが。
「同じ戦法で来るのか。フフフ……舐めるなよ?」
ランチュウは宝の山から飛び降りて、マイアの予想進路上でジャンプし待ち受ける。
「じゃあ、これはどうかしら?」
マイアは大剣を攻撃に使わず、床材の隙間に突き立てて直角にターンした。
「おお~っ!」
パチパチパチパチ。
ジャンプ攻撃のアテが外れ、空中で回転しながら拍手を送るランチュウ。
ボインッ!
「わっひゃ~~~~い⁉」
次の瞬間、アッシュのお尻に撥ね飛ばされた。
おそらく狙ったのではなく偶然の産物だろう。
リアクティブアーマーの反射効果は衝撃に限られるので、ダメージはない。
「すっげーデカ尻!」
くるくると空中で回転しながらボヤくランチュウ。
「ボクのはあんなに大きくないからね!」
ムチプリンの抗議はもちろん嘘である。
「床に大剣が刺さったままです! 気をつけて!」
ソルビットの予想通り、クマ井さん連盟は刺さった大剣をターニングポイントに使い始めていた。
柄を掴んで回転し、行きたい方に向いたところで手を離す。
オルテナも同じようにマサカリを突き立て、好き勝手な方向にターンを決めた。
直後にアッシュも大剣の柄を掴んで方向転換。
それに対して素早く回避運動を繰り返すランチュウとソルビット。
「なんだこれ……?」
ムチプリンは戦慄する。
まるでランチュウが5人に増殖したかのような、悪夢の如き光景であった。
一瞬だけ視界に入っては消えて行くナニか。
それが誰なのか確認している余裕はない。
「こんな乱戦、ボクなんかが入れる訳ないでしょ」
ランチュウたちの見様見真似で素早くなっただけのムチプリンが、考えなしに飛び込んで生き残れるような生易しい戦場ではなかった。
「どこか安地を……見えた!」
宝物庫の隅である。
ここなら敵味方が入り乱れるスクランブル交差点を避け、落ち着いて指揮に集中できるとムチプリンは考えたのだ。
「あっこれ無理だ」
誰も通らない場所でランチュウとソルビットに指示を送ろうと思ったのだが、宝物庫は完全に乱戦状態で、状況把握すら困難極まりない状況である。
「ひょっとしてボク……戦力外?」
自分そっくりに作られたアバターたちに轢かれるのを避け、隅っこで縮こまるのが精一杯なムチプリンであった。
「剣はともかく障害物なら反射角を予測できるかも……」
その中でソルビットは冷静に周囲を確認する。
ホバブーツで爆走するクマ井さん連盟は、転倒のリスクを負わずに地面に突き立った大剣やマサカリを抜くのは難しいようで、ターニングポイントの再設置はできそうもない。
もちろん小柄で筋力値の低いソルビットでは抜けないし、それはランチュウも同様である。
ただし大槌は床に刺せない打撃系武装なので、これ以上ターンポイントが増える心配だけはなさそうだ。
ソルビットはダッシュとキャンセルと小ジャンプを繰り返しながら、宝の山で反射しようとするオルテナの動きを慎重に見定め、予想進路上で交差するようタイミングを合わせて突入する。
「させないよ!」
アッシュが大槌をふるって宝の山を破壊した。
ただでさえ大女たちの衝突やランチュウの着地でガタガタになっていた山が、隠しHPゲージがゼロになってガラガラと崩れ落ちる。
壊したところで消えて失われる訳もなく、崩れて増えた残骸でオルテナの反射角が予想外の方向に変化した。
大柄な3人は小さい宝物の欠片などモノともせずに蹴散らし突進を続けるが、体の小さいショタロリ団には足を止める障害物以外の何者でもなく、状況は悪化する一方である。
「何て事を……わあっ⁉」
ボイ~ン!
茫然とし隙を見せたのが災いしたのか、ソルビットがマイアのお尻に撥ねられた。
「これって、どうやって戦えばいいんですか⁉」
ゴロゴロ転がって宝の山に衝突し、ようやく止まったソルビットは慌てて立ち上がる。
小柄な体躯では山の隠しHPを大して削れず崩れる事はない。
そこに新たな魔手が迫った。
「オルテナハンマー‼」
「ここは……逃げない!」
組まれた両手を振り下ろすオルテナの懐に素早く潜り込むソルビット。
「私の棍棒ワンドじゃ鎧は貫けないけど……」
ランチュウの短剣ならともかく、打撃系の武器はリアクティブアーマーに100パーセント弾かれる。
だがしかし、この体勢なら装甲のない脇の下を狙える!
「いただき!」
だがオルテナの狙いは格闘戦ではない。
「お持ち帰り!」
オルテナは両手を組んだまま上半身を下げ、ソルビットをダッシュしながら抱き上げた。
昔懐かし昭和の伝統プロレス技、ベアハッグである。
「何これ……?」
メリメリと音を立てながら、ソルビットの全身に発光するヒビが入った。
「死ねえっ!」
ちゅどーん!
ソルビットが爆発した。
「ソルさーんっ⁉」
ランチュウは爆笑しながら驚愕する。
こんなプレイヤー見た事ない。
初めての経験にワクワクが止まらない。
「そうだよ……この自由さこそヘスペリだ!」
アイテムにバグや不具合があっても断固として修正しない、むしろ面白ければルールとして取り入れるヘスペリデスならではの楽園である。
好きなように生き、好き放題に戦える世界。
既成概念に捕らわれず自由にプレイしていい世界、それがヘスペリデスなのだ。
「理解できん」
ムチプリンもまだまだ人間から足を抜けきれないようである。
「ちょっとランさん助けて~‼」
爆発したソルビットは死亡していなかった。
それどころかノーダメージである。
「おっさん勢のハグMOD……?」
抱きついて『死ねえっ!』と叫べば相手が爆発する、昭和ロボットプロレスオタク御用達の挨拶モーションMODであった。
「や~ん、この子モゾモゾ動いて可愛い~♡」
オルテナはソルビットを豊乳に埋めたまま、クルクルと回転しつつ大喜びで走り回る。
いろんな意味でブレーキが壊れていた。
「コイツら……最高じゃん!」
いままで誰の目にも触れなかったのが不思議である。
「じゃあアタシも相応の歓迎をしないとね!」
ランチュウは床に突き立てられた大剣を蹴って飛び上がった。
抜いたり倒したりはできないが、角度くらいは変えられる。
「きゃっ⁉」
大剣の柄を掴みそこねたアッシュがバランスを崩し転倒、ようやく暴走が止まった。
だがランチュウには、その隙を突く余裕がない。
「レスキュ~~~~‼」
宝物庫の隅で縮こまっていたムチプリンが、ついにマイアの手にかかったのだ。
「お客様‼ 困ります! あーっ‼」
豊乳大女に抱きつかれ、爆発しながら頬ずりまでされている。
「ムッチさんの魂よ、宇宙に飛んで永遠に喜びの中へ……」
ランチュウは笑いながら拝んでいた。
「ネタはいいから助けて~!」
「よし放っとこう。ソルさんアレやるよ!」
「え……ええっ⁉」
急に振られてソルビットは混乱した。
あとオルテナにチューされる寸前である。
「対空戦術の3番!」
「は、はいっ!」
夏帆はキーボードに素早く魔法コマンドを入力。
かなり長いコマンドだったが、抱きつかれて動けない反面、安全確実に魔法を行使できる。
「反重力フィールド!」
まだHPが残っている宝物の山を除く、あらゆるモノが宙に浮いた。
「よっしゃ! こっちも行くよ~!」
そこでランチュウが選んだ特殊コマンド技は、対大型飛行魔獣用の大技である。
普通ならソルビットの反重力フィールド以上の操作量を必要とするが、ランチュウは先日魔海樹を制圧した時にキーエディット設定でコマンドを組み直し、仮想キーボードだけでなく仮想アナログスティック操作も含めた複合入力技に改造していた。
そして、すでに高速ステップで技入力の大半を済ませている。
いままでただ逃げ回っていただけではなかったのだ。
あとは脳内仮想空間にいる仮想更紗型アバターの仮想左足中指で仮想MIDIフットコントローラーの仮想キーを押すだけである。
「超便利タツマキ――――ッ‼」
ランチュウの体が空中で高速回転し、宝物庫に嵐が吹き荒れた。
「わっひゃ――――っ⁉」
ムチプリンは嵐とマイアの豊乳に揉まれたまま風にも揉まれモミクチャ状態。
オネショタはギリギリ守備範囲内だが、自分そっくりのアバターにやられても全然嬉しくない。
「はっ! 百手巨人のランチュウ、噂ほどではないわ!」
アッシュが空中に浮いたまま、大槌でバランスを回復しランチュウへと向き直る。
「もらった!」
重力の
「受けて立つよ! 超便利スピ――――ンッ‼」
前と名前が変わっている気はするがダブル渦流ドライバーである。
渦の中心を突き上昇したところでソルビットがかけた半重力フィールドの効果範囲から逃れ、ランチュウは両手の短剣を前に高速回転しながら急速降下。
「ふぅ……やはり
その重力から解放されたアッシュは、地上と違ってホバーの向きを、ある程度までなら自由に変えられる。
噴射を使ったアナログ操作で姿勢を強引に回復し、大槌でランチュウの迎撃態勢を整えた。
バイ~ン‼
「……ああっ⁉」
気合を入れたところで、飛んで来たマイアのお尻に肝心の大槌が持って行かれてしまう。
「この野郎、あと一息ってところを!」
いや大槌だけで済んだのは、むしろ幸運といえるかもしれない。
「ああ、うるさいハエめ」
ヤケになったアッシュは、吶喊するランチュウを迎撃しようと腰から2本のトマホークを抜いて投擲する。
そしてあっさり外れた。
「うっ、避けたあ⁉ 私の狙いを!」
サブウェポンなだけあって熟練が足りなかったのだ。
もっと練習しておけばよかったとアッシュは後悔するが、あとの祭りである。
「武器がないな。作戦も考え直さねば……ならん」
もちろんそんな時間はない。
「あばきゅ~⁉」
だが同時にランチュウの攻撃も外れていた。
渦流ドライバー改め超便利スピンがリアクティブアーマーを貫く直前、ステージを一周して横から飛んで来た大槌に、両手の短剣が奪われてしまったのだ。
「あっひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ~~~~っ♡」
その衝撃でランチュウは不規則回転に陥り、笑いながら徒手空拳でアッシュのバスト丸出しな鎧の隙間に頭から突っ込んで行く――
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