第36話・魔王パルミナ
「
中枢樹の制止をふり切って謎の侵食領域へと進入したパルミナ。
白く美しい肌は褐色に染まり、白銀の髪は漆黒へと変貌する。
気づいた時は頭部の飾り羽が2本の角へと生え代わり、以前とはかけ離れた姿となっていた。
それでもパルミナはひた走る。
とり残された獣人たちを思えば、体の変化など気にしている場合ではないと思ったのだ。
「まずは端末樹に接触しないと……」
幹のターミナルを通じて接続すれば、この侵食領域で何が起こっているか把握できるかもしれない。
パルミナは見知らぬ道を走り抜ける。
「ここって変ですよ! 確かこのあたりに端末樹があったはずなのに!」
街道の位置が変わっている。
周囲の地形も変わっている。
草木の色もなにもかもが知らないモノに変わっている。
「……あった!」
それは小高い丘の天辺にあった。
極彩色で彩られた巨大な樹木。
「これは……こんなの知らない! 端末樹じゃない!」
だがパルミナの持つ世界樹オペレーターとしての機能は、これが端末樹だと認識している。
「そうだ接続! 接続すればなにかわかるはず!」
幹にあるウロのようなターミナルに、パルミナは迷わずシッポを突き入れた。
樹王パルミナの意識は、そこで途絶えた。
「ここは……?」
目を覚ますと、そこは豪華な屋根つき寝台の上だった。
「たしか
思い出せない。
「ここは魔王城。あなた様の居城です」
ベッドの
「
「そうであったな……吾輩は魔王パルミナ。魔獣人たちを救う王である」
こことは異なる世界からやって来た魔獣人や魔獣たちを人間どもから守り抜き、この地に新たな王国を築くのが魔王の責務である。
「さあ魔王様、お立ち上がりください。いまこそ魔界域から人間どもを一掃する時ですぞ」
「うむ。任せるがよい」
緋色の
「魔王様だ……」
「ついにパルミナ様がおいでなされた!」
広い廊下で部下の魔獣人たちがひそひそと囁き合う。
バルコニーに出ると、広場には城内に入れないサイズの大型魔獣たちがズラリと並んでいた。
「魔王様だ! 魔王様バンザーイ!」
「我らの救い主が現れた!」
「憎き人間どもに鉄槌を!」
人語を操る者は歓呼し、喋れぬ者は咆哮を上げる。
「さあ魔王様、みなにお声を」
おつきのウサギ魔獣人が巨大なマイクを抱えていた。
「うむ、ご苦労」
パルミナはマイクを受け取り、小指を立てて息を深く吸い込む。
誰も楽器を持っていないのに伴奏が始まる。
時空をこえて やってきた
魔族の勇士 魔王パルミナ
侵食エリアを乱すもの 人間どもよ覚悟しろ
胸にそびえる二子山
魔王のしるし
パルミナ(ヘッドバット!)
パルミナ(πボンバー!)
パルミナ(レッグドロップ!)
M・A・O!
ラッシーン! ラッシーン!
ビキニの戦士 魔王パルミナ
「「「ウォオオオオオオオオ――――――――ッ‼」」」
広場が歓声に包まれた。
魔獣や魔獣人たちの間に色とりどりの人間たちが混ざっているものの、気にしてはいけない。
「吾輩はこれより魔王軍を率いて人間どもに鉄槌を下す! みなの者、戦の準備をせよ!」
魔王自らのライブステージにより、魔獣たちの士気はピークに達していた。
「「「アンコール! アンコール!」」」
広場は歓声に包まれている。
その大半がプレイヤーたちの声なのにパルミナは気づかない。
「そうかそうか。ならば1曲だけだぞ?」
ワガハイ 魔王をやってるの
だけど ナイショにしてね
イザというとき 戦うから
それまで誰にも 言わないでね
「どうしてこうなった……?」
気がついた時はすでに遅し、おつきのウサギ魔獣人も凶悪なプレイヤーたちに惨殺され、部下たちの大半が失われていた。
「魔王様、出陣の時が来ました」
代わりに就任したトカゲ魔獣人(フサフサ)の執事が、人間たちの襲撃を
「そうか……では参ろう」
2頭の大型魔獣モフベロスを従えて陣幕を出る魔王パルミナ。
森を抜けて草原に出ると、そこには数十人の人間たちが武器を抜いて待ち構えていた。
「よくぞここまで来た! だがこの魔王パルミナ、
魔王剣ドルドルムを
ただの一撃で複合パーティーが全滅し、側近たちの出る幕もない。
「
魔族のプライドなどという、くだらないモノのために、大事な仲間たちの命を無駄に散らせてしまったと後悔する。
だが魔獣や魔獣人たちは魔海樹の恩恵により
死しても次があるのなら、彼らがより幸せな来世を迎えられるよう戦うのが魔王の務めというものである。
「むっ、もう次が来たのか……よくぞここまで来た! だがこの魔王パルミナ、
とうとう1人になってしまった。
しばらくは大型魔獣の補充があったのだが、魔海樹の生産能力にも限界があり、増援が絶えて久しい。
目の前にいるのは2人のプレイヤー。
後衛の2人は戦闘に参加せず、離れた場所からただ見ているだけ。
つい先ほどまで他にも20人ほどいたのだが、パルミナの初撃で
「あ~あ、だから範囲攻撃にゃ気をつけろって言ったのに……」
紅白模様のチビがグチグチ文句を垂れている。
「仕方ないですよ。あんなの普通のプレイヤーに避けられるものじゃありませんから」
紫色の人間もいるが、こちらは大した脅威ではなさそうだ。
問題はネコミミネコシッポの紅白チビ。
雰囲気からしてただ者ではない。
「まあいっか。じゃあ手柄はアタシらの独占って事でいいよね?」
紅白チビは
「つッッ!」
太腿の脇に小さな痛みがチクリと走る。
チクチクチクチクチクチクチクチク
チチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチチ……。
「ななななんだこやつは⁉」
慌てて動くがもう遅い。
目の前を紫色がチラつく。
それを追うと紅白に死角からガリガリ削られる。
「ドルドルム旋風剣!」
魔王剣を
「範囲攻撃の死角めっけ~♡」
紅白はパルミナの後頭部に貼りついていた。
紫色も旋風の隙間を見つけてノーダメージである。
「こやつら化物か⁉」
背筋に悪寒が走った。
この人間たちは人間じゃない。
何か別のモノに違いないと戦慄する。
「……これは
いまパルミナが倒されたら、一体誰が魔王軍を率いるというのか。
だが逃げようにも紅白と紫色に邪魔をされ、翼を広げる
「そうだ旋風剣!」
範囲攻撃で逃げる時間を
だがタイミングをうまく計らないと、紅白チビに今度こそ
「好機を待たねば……」
長期戦になった。
戦闘開始から30分ほど
攻撃に支障が出るような傷を負っていないのが不思議なほどである。
「しぶといねえ……だったらこうだ!」
今度はアキレス
足から力が抜けてグラリと
「……ここだ!」
いまが好機と体が斜めになった状態で旋風剣を放つパルミナ。
地面がえぐれて石片と土煙が舞い上がり、視界が閉ざされた瞬間に翼を広げて離陸する。
だが――――
「つっかまえた~♡」
紅白チビはパルミナの長い髪に掴まっていた。
「ひゃああああああああぁぁぁぁ~~~~っ⁉」
パニックを起こして低空を無茶苦茶に飛び回るパルミナ。
「ウボアー」
不幸中の幸いか天の采配か、紅白チビは極彩色の針葉樹に引っかかって落ちて行く。
「離れよ! 離れよ! 離れよ~~~~っ!」
すでに紅白チビは
ようやく逃げきれたと覚ったころには魔王剣も失っていた。
「よくぞここまで来た! だがこの魔王パルミナ、簡単に討ち取れると思うなよ!」
武器も持たず素手でプレイヤーたちを迎え撃つパルミナ。
受けたダメージは戦闘終了と同時に回復するが、その手に魔王剣ドルドルムはない。
範囲攻撃がなくても、素手でも勝ててしまうのだが。
「よくぞここまで来た! だがこの魔王パルミナ、容易く討ち取れると思うなよ!」
新たなパーティーを前にパルミナはお決まりのセリフを放つ。
戦闘が終了すると、いつの間にか元の場所に戻ってしまうのだ。
幸運な事に、あの恐ろしい紅白チビは2度と現れず、それ以降は初撃で戦闘が終わる簡単なお仕事ばかりだったが、同じような展開を延々と繰り返しているせいで、パルミナの神経は徐々にすり減らされて行く。
もう限界だと思っても拷問は容赦なく続いた。
だが何事にも終わりはやって来るものである。
ぴろろん。
効果音と共に、パルミナの視界に魔王討伐イベントの終了が表示されたのだ。
倒したプレイヤーたちは常設・複合問わず計276パーティー、総勢2158名。
その後の記憶はほとんど残っていない。
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