第3章・祥子のショウタ君
第16話・密談
北北西エリアの南東部にある、森の街ナパースカ。
その表通りから裏手に入ったところにあるロシアン料亭【オクチャブリスカ屋レヴォルツィ屋】の和室で、ショウタ君とムチプリンは密談を始めていた。
内緒話専用部屋なので盗聴の懸念はない。
セキュリティは(天井裏と床下以外は)完璧で、お代官風アバターや悪徳商人風アバターを使う時代劇勢に大好評の、イイ感じに怪しい店である。
忍者や義賊気取りのプレイヤーが侵入する恐れはあるが、移動中でさえなければ視点移動で気配を読める2人には、むしろばっちこいだ。
おまけに侵入者対策のお約束で、
「まだ昼間なのに、お時間取らせて悪いッスねー」
「タツキは実家だし、旦那も夜型だから心配いらないよ。それよりソルビットは?」
「仕事休めなくて遅くなるッス。それよりムッちゃん、これからの方針ッスけどオイラ提案があるッスよ」
山吹色の饅頭入り木箱を持ってムチプリンにすり寄るショウタ君。
「お主もワルじゃのう」
「いえいえお代官様ほどでは」
「続けて」
「どっちッスか?」
「話の方」
「……オイラ、急いでヘスペリを潰す必要はないと思うッス」
密談を始めて早々、いきなりのランチュウ案全否定であった。
「あらまあ」
ショウタ君はショタロリ団の撮影担当だが、PKやPvPの際に計画的な殺戮を次々と提案する優秀な参謀でもあり、メンバーたちの信頼は極めて厚い。
「ヘスペリがなくなっても、どうせシステム流用で次のゲームが開始されるだけッスよ。しかも短期間で」
運営にはヘスペリデスに使われているシナリオやマップの自動生成機能を持っているので、最低限の3Dモデルさえ作ってしまえば、新作と称していくらでも商売を再開できる地力がある。
「それが異世界を再浸食する可能性があると?」
それはランチュウやソルビットも予測済みで、当然ながらムチプリンも例外ではない。
「あるッス。諸悪の根源を絶たないと根本的な解決にならないッスし、むしろ状況が悪化するかもッス」
ヘスペリデスの侵食領域が消え、異世界側の結界が撤去された後で再侵食が起こった場合、どんな災厄が起こるかは自明の理であった。
そして再侵食が前回と同じ場所で、しかも一か所で始まるとは限らない。
「一応聞いておくけど、ショウタ君はあの話を全面的に信じるの? 病室の更紗さんを見て院長さんの話を聞いたからには、信じるしかないとは思うけど……」
いまのところランチュウの証言と状況証拠は一致している。
ただし中枢樹が更紗の現状を知らなかったところを考えると、あくまで主観的な推測にすぎないと考えるべきだろう。
「大筋は信用してるッスけど、ランチっちの感性はオイラたちと違うッスからね。まずはリアルのゲームの両方で調査して、本格的な行動はそれからッスよ」
あやふやな憶測と解析不能な物証が多く、検証もせずに対策を立てるのは危険だとショウタ君は主張する。
「ボクも何をやればいいかサッパリだもんね。それより例のPCはどうだった?」
院長の許可を得て貸与された、いまは祥子の手中にある更紗の大型フルタワーPCである。
「どうもこうもねーッスよ。移動はできたッスけど、超音波やCTスキャンをまるで受けつけないッス」
「更紗さんと同じ状態か……」
「ただし異常なのは中身だけで、筐体とコード類には及んでなかったッス」
だからこそ電源コードを抜けた、ともいえる。
「念のためコードに電源通してるッスよ。モデムも拝借したッスけど、こっちは異常なかったッスね」
「……どこにあるの?」
「手持ちの小さな研究機関ッス。いま信用の置けるスタッフを揃えてる最中ッス」
「いくらかける気なんだよ……」
「まだ戦闘機10機分も使ってないじゃないッスか」
「はいはいテロは勘弁してくださいね」
この部屋にいると、どうにも悪だくみ気分が抜けきれない。
「侵食の話に戻すッスけど、あれはたぶん地球と異世界の両方に原因あると思うッス。ただヘスペリを潰すだけじゃ、再侵食の可能性は高いと思うッスよ」
「リアル側の原因は?」
「現在調査中ッス」
すべては始まったばかりである。
「そっか……では、そっちはショウタ君に任せて、異世界サイドの原因から考えてみようか」
「いつも悪いッスね」
ムチプリンはショタロリ団の中で唯一他人に気を配れる、ショウタ君にとって
だが悪だくみが関わるとストレスを抱え込みやすいムチプリンにとって精神的に極めてキツく、それはショウタ君も理解しているのだが、他人に心を許さない性格のランチュウやソルビットには任せられず、ついつい負担をかけてしまうのであった。
「侵食の仕掛けについては割と簡単に推測できるッス。魔界樹……いや世界樹のせいじゃないかって思うッスよ」
結界のこちら側で一部が魔界樹化して切り離された世界樹のネットワーク。
あれがどこかでリアルと繋がっている可能性は高いとショウタ君は考えているようだ。
「やっぱり更紗さんとPCを通じて?」
「それはランチっちの異世界転生が発端ッスから、大本の原因は別にあるッスよ。いまカバゲームスの機器をスパイ中ッス」
カバゲームスはヘスペリデスの企画・制作・運用を行う企業である。
「そっか……更紗さんのPCと同じ状態になってる機器を探せばいいんだ」
「リアルサイドはオイラにお任せッスよ。それよりショタロリ団はヘスペリ側の原因、特に魔界樹を探るべきッスね」
「それはランチュウがやってるけど……あの子、何も考えずに行動してた訳じゃなかったんだね」
「ランチっちの頭はムチャクチャ回転早いッスよ。腐ってるッスけど」
「知識は偏ってるし発想もおかしい」
だからこそ油断できないとムチプリンは警戒する。
高速回転したランチュウの思考が遠心力でどこにスッ飛んで行くのか、他人にはまるで予測がつかないのだ。
「魔海樹って、設定上はヘスペリデスを魔界化してる元凶……だっけ?」
ゲーム進行にまったく関係のない設定で、ランチュウが便器風ターミナルにお尻を入れるのを見るまで、深く考えた事のない代物である。
「そうッス。ランチっちの話を鵜呑みにするなら、異世界の生態系を維持する管理・生産ネットワークを形成してるッスね」
中枢樹は異世界の神と言っていい存在だが全知ではなく、どこまで本当の話をしているのかも不明で、すべて真実であったとしてもランチュウに理解できる範囲でしか教えていない可能性が高く、さらにまともな思考回路を持っていないランチュウからのまた聞きなので、証言の信憑性は著しく低い。
「あの実でプレイヤーに殺された魔獣たちを補充してるんだっけ?」
ムチプリンは大量のクロフサムカを放出する果実を思い出し総毛立った。
「おそらく果実で生産しているのは大型動物だけで、それ以外は別の手段を使ってると思うッス。あくまで推測ッスが、生態系のコントロールなんてレベルじゃないトンデモ能力を持ってるはずッスよ」
「その根拠はどこから?」
「侵食エリアを変貌させたのは、世界樹の力によるものと考えてるからッス」
そうでなければ結界の内側にいた生物の魔獣化はもちろん、建築などの無生物まで変貌した理由を説明できないとショウタ君は言う。
「いまは魔界樹の多くがオフライン状態らしいッスけど、通信ケーブルの地下茎を切られる前は、異世界中を網の目状に繋ぐネットワークを形成してたらしいッスね」
「ヘスペリ世界の外側は、いまもネットが維持されてるんだっけ?」
結界の内側でも、ランチュウが魔界樹の制圧とネットワークの拡大を行っている真っ最中である。
「細菌やウイルスも制御下にあるのかな?」
ムチプリンは果実の大型動物だけでなく、地面の下まで想像を広げてみた。
生態系の土台は海と土から作られる。
それなら世界樹と魔界樹に、外見を遥かに越える影響力があってもおかしくない。
「遺伝子レベルなんてもんじゃないッスよ。物質の構成因子をいくらでも変異させられる力があって、下手すると空間ごと変容できるッスね。条件さえ整えば、無人の惑星を一瞬でテラフォーミングできる能力があると思っていいと思うッス」
「魔海樹の設定にも空間因子改変システムネットワークって書いてあったけど、世界樹にもその機能があるなら……生態系維持ではなく環境維持システム、いえ改造……? ちょっと待って、それって魔界化の原因は世界樹の構造的欠陥にあるって事?」
話が複雑になって、ムチプリンはついて行くだけでも大変だ。
「だからそう言ってるッス。ヘスペリなんてネットに侵入したバグみたいなもんッスよ。自然環境どころか建築物まで変貌してるッスからね」
つまりヘスペリデスを止めても根本的な解決にならない可能性がある。
「……という事は、あっちの影響で現実世界が逆侵食を受ける可能性はないと考えていいんだね?」
「そこは大丈夫だと思うッスよ」
リアルサイドには世界樹や魔海樹が存在しないからである。
「ただしオイラたちが1手でも間違えれば異世界が滅ぶッス」
「ランチュウにも危険が及ぶと……?」
「いまは対策の立てようがないッスから、とにかく原因究明に専念すべきッスよ。侵食エリアの拡大防止は、まあついでッスね」
「侵食の発祥地……魔界樹の1つだと思うけど、そっちを探して潰せばいいんじゃない?」
「忘れたッスか? アレは破壊不能オブジェクトッスよ」
「そうだった……」
いままで興味を持たなかった代物だけに、つい設定の詳細を忘れがちになる。
「でも原初の魔界樹が存在するってムッちゃんの推測は正しいと思うッスし、あとで使い道が見つかるかもしれないッスから、探して損はないッス」
「よく考えたら、たとえ壊せても何が起こるか想像できないね」
破壊行為で都合よく侵食エリアが元に戻ってくれる保証など、どこにもない。
ひょっとしたらヘスペリデスを潰しリアルサイドと切り離しても侵食が止まらないかもしれないし、異世界の一部あるいは全域が丸ごと消滅する可能性だってある。
何もわからない状態でバッドエンドフラグを立てるくらいなら、何もせずに成功のアテもなくヘスペリデスのサービス終了を待った方が遥かにマシだろう。
「無理にゲームの撲滅を模索するより、まず調査から始めた方が確実……暫定的とはいえ、比較的安全で制御可能なプランだと思うね。ボクは賛成するよ」
ムチプリンは話を締めにかかった。
ここから先はショタロリ団が集結してからでいい。
「ヘスペリは長くても数年後にはサービス終了すると思うッスよ? 家庭用のコンシューマーゲームと違ってネトゲの寿命はそれほど長くないッスし、再来年には新しいゲーム機が発売される予定ッスから」
「そんなリアルの話は聞きたくないよ!」
だからさっさと終わらせたかったのにと頭を抱えるムチプリン。
「いま終了させてもシステム流用の新作が出るだけッスけど、ヘスペリが長続きするほど、新作のシステムが一新される可能性が高まるッスよ。新しいゲーム機の発売に合わせて開発中って情報もあるッス」
「……システムが異なれば確実に再侵食を防げる?」
「小さな原因の1つを取り除けるだけッスよ。それで運よく成功したら、あとは世界樹に丸投げッス」
なぜなら接点であるヘスペリデスが失われ、現実世界からのログインができなくなるからである。
たとえすべてが首尾よく行っても、ショタロリ団には成否を確認する手段がない。
「運営ごと潰すのが一番確実では?」
「人気があるうちは何をやっても駄目っスよ」
「ショウタ君の事だから、カバゲームスの倒産も視野に入れてるんでしょ?」
いくら人気があっても、商売として成立しなければ潰れるのがネトゲ業界の宿命なのだ。
「もちろんッス。でも運営会社が潰れても、どこかに吸収合併されてヘスペリを継続させるか、流用ゲームを出すだけって思うッスよ」
それでは状況が悪化する可能性が高い。
「異世界云々は調査しないと何もできないッスけど、ヘスペリは時間をかけて潰さないと危ないッスね。できれば終了時期のコントロールもしたいッス」
「引き延ばし工作をしろと……?」
「さすがムッちゃん頭いいッスね。むしろ長くダラダラ続いてくれた方が勝率上がるッスよ。ゲームの規模はすぐにでも縮小させたいッスけど」
それで異世界がどう変わるのか、あるいは変化するのかしないのか様子を見たいとショウタ君は考えていた。
「我らが参謀閣下の作戦通りに進めば、調査と様子見その他諸々をしつつ、ボクたちはヘスペリを遊び倒せる……」
ムチプリンは一生ヘスペリデスを楽しみたいと思っているが、更紗の命と将来がかかっているので、そこまでの贅沢は言えず、そこは新システム使用の続編に期待するのみであった
「ゲーム機が新型に更新されても、そこでヘスペリの新作が出ても、しばらく旧作のサービスは続くッスからね。その期間を短縮させるのが当面の目標ッスよ」
「そっか……じゃあ議題変更、ランチュウにどこまで情報公開するか決めないと」
現時点では更紗を救出する方法が存在せず、現世に肉体を残しているとはいえランチュウは異世界転生で超魔王と化している。
いまの状態のままヘスペリデスが終了すると、運がよくてもランチュウが異世界に、更科更紗は肉体だけが現実世界に取り残される事になるのだが――
「あの子、異世界に残る気マンマンだよね」
「ソルさんが現状を伝えなかったのは正解ッスよ」
ランチュウはリアルの肉体がいまだに存在している事実を知らない。
「何をしでかすかわからない子だから」
「いつどこで暴走するかもわからないッスよね」
今後の展開次第では、ショタロリ団を脱退してソロプレイに走るかもしれない。
いや、その時は確実にソルビットもついて行くため完全に連絡不能になる訳ではなく、常にPKしなければ気が済まない外道なので、ネットを探れば簡単に居場所がわかるだろう。
だが制御不能になっては計画の邪魔になる。
「ではランチュウにはリアルボディの現状を隠しつつ調査を進め、場合によっては計画の一部も隠しつつ、ヘスペリのサービス終了を次期ゲーム機の発売以降まで遅らせる方針で」
幸いゲーム機の発売時期において、遅延はあっても早まる心配だけはない。
「遅延工作の方はランチっちに話していいッスよ」
「いいの⁉」
「こっちは隠しても確実にバレるし、説得して協力を得た方がいいッスからね。計画の詳細はまだッスけど、おおむねの骨子は固まってるッスよ」
「ヘスペリの規模を現状に留め、あるいは縮小させつつ、なおかつ数年は継続させる方法……?」
リーダーのムチプリンにも、まるで想像がつかない。
いや1つあった。
「それで戦争なんだ」
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