幕間・アクション超魔王

◆幕間・アクション超魔王(改)◆


「なあ……最近このあたりに変なのが出るって聞いたか?」

 パーティーの1人で、黒いトゲトゲした鎧(課金強化アイテム)を身に纏い、真っ黒でトゲトゲした逆十字マークつきの魔剣(課金強化アイテム)を装備するオオカミ獣人風のプレイヤーが呟いた。

 よく見ると鎧のトゲトゲが本体から浮いているし、そもそもデザインがかみ合っていない。

 絵心のないプレイヤーが無理して複雑なキャラクリエイトに挑むと、よくこういった現象が起こる。

「何だそりゃ? レア魔獣でも見つかったのか?」

 真っ黒なフードつきローブ(課金強化アイテム)を被り、漆黒の杖(課金強化アイテム)を持つ魔導士が首をかしげた。

 まだ夕方で周囲が暗くないのに顔が見えない。

 顔面まで漆黒に染め上げているのだ。

「……いやレアには違いねーんだけどさ、魔獣なのかプレイヤーなのか、よくわかんねーんだとよ」

「へー。PK厨かな?」

 全身真っ白な暗殺者装備(課金強化アイテム)の男が、キョロキョロと周囲を索敵する。

「PKはヘスペリの華だろ。そんなの珍しくもねえ」

 ファンタジーMMOオンラインアクションゲーム【ヘスペリデス】のプレイヤーたちは、獲物となるパーティーを求めてファンシーな光る木の実や光るキノコに照らされたオニカラダチの森を歩いていた。

 彼らはパーティー結成こそ最近だが、同じクランに所属し、それなりに経験を積み重ね、そこそこの実績を持っている。

 黒トゲ獣人、漆黒魔導士、純白暗殺者……。

 大型双剣などベタな装備を嫌ったのはいいが、どうにも個性の表現に失敗した感がある。

 要するに全員揃って厨二……もとい微笑ましい重課金社会人パーティーなのであった。

「どんな奴だ?」

 PK専門で、それなりに被害が出ているなら、配信画像を元にした手配書が出回っているはずである。

「それが幼女なんだと」

「ふ~ん。まあプレイヤーの容姿なんて、いくらでもイジれるからな」

 性別など気にせず、素の声で女性アバターを操る成人男子のプレイヤーは多い。

「噂を聞いただけだが、何でもツノとシッポが生えた竜人風で、全身紅白模様らしいぜ」

「どう考えても厨二のPK野郎じゃねーか。しかもネカマ」

「いや性別はいまいちわかんねーらしいぞ?」

「何だ男の娘か⁉ そりゃ中身はオッサンか腐女子に違いねえ」

 ファンシーなデザインが売りで自由度の高いヘスペリデスは、ネカマとネナベとオタクと腐女子の巣窟と化しているのだ。

 この世界では、どんな変態が現れても不思議ではない。

「で、どうして魔獣かプレイヤーか判別できねーんだ?」

「それはな……」

 その時、微笑みパーティーの前に立ちはだかる影があった。

 ちっこい。

「デュフフフフフフフフ……呼ばれて飛び出てジャジャジャジャ~ン‼」

 誰もクシャミをしていないのに、ババーンと現れてしまった。

「余は魔王、超魔王ランチュウである! みなの者ひかえ~い!」

 背後に特大の光るキノコがニョキニョキ生えて、不審者を逆光に黒く染め上げる。

「……魔王? 確かパルミナは身長5メートルのムチムチ美女な赤竜人で、おまけに変態プレイヤーどもの変態プレイでフルボッコされたはず……?」

 黒トゲ獣人が黒剣をブラブラさせながら自称・超魔王の前に立ちはだかる。

「おい不用意に近づくな! そいつは……」

 純白暗殺者が黒トゲ獣人の背後に隠れて不意打ちに備えた。

 ヘスペリデスのボイスチャットは、市街地などの例外を除けば、プレイヤー同士の相互フォローか、最低でも野良パーティーの一時登録がないと使用できず、近距離でのテキストチャットのみが許可されている。

「セリフと同時にテキストが表示されてるぞ! こいつは魔獣……いや魔族か?」

 魔獣やNPC(ノンプレイヤーキャラクター)のセリフは、プレイヤー側のPC画面には無条件でボイスつきテキストが表示されるのだ。

「いや、こいつ普通に喋ってるぞ……合成音声じゃない! プレイヤーだ!」

 プレイヤーの存在しないNPCの大半は、出来合い、あるいは自動生成されたセリフと音声が使用されている。

 自動生成音声は当然ながら未調整で、棒読みだったり発音が不自然だったりするものだ。

「魔獣? プレイヤー? 一体どっちなんだ⁉」

 返答などまるで期待していないが、一応問いかけてみる。

「どっちでもいーじゃん。さっさとおっ始めるよ!」

 やはり問答無用らしい。

 次の瞬間、自称・超魔王の姿が消えた。

「わあっ⁉」

 自称・超魔王が消失したせいで、背後にあった巨大キノコの光を、先頭の黒トゲ獣人がモロに浴びてしまった。

 ゲームなので一定以上の光は表示できないが、モニターの一部を真っ白にする程度なら容易で、PKやPvPにおいて光魔法を目くらましに使うプレイヤーは多い。

「ぐげっ⁉」

 黒トゲ獣人の後ろで純白暗殺者が一瞬のうちに昇天した。

 おそらく彼のモニターには、ダメージが半分を切ると現れる心臓マークすら見えなかったに違いない。

「何だ⁉」

 驚いた黒トゲ獣人が振り返ると、今度は漆黒魔導士が、血しぶきの代わりに表示される光エフェクトを全身から噴出し、ゆっくりと倒れつつあった。

 やはり即死判定である。

「これは……あいつどこ行った⁉」

 視点を周回させて自称・超魔王を探す黒トゲ戦士のプレイヤーだが、その小柄な姿はどこにもない。

 敵アバターや敵キャラクターのHPが表示されないゲームなので、索敵はプレイヤー自身の目で行う必要があり、モニターの解像度が低い、あるいはプレイ環境の問題で表示解像度が低いと、それだけで命取りになる。

 もちろん厨二パーティーは全員、高解像度の大型モニターを使用していた。

 アナログスティックで視点をグルグル回し、周囲を探る黒トゲ獣人。

 どこかに違和感があった。

「……ん?」

 3人称視点の場合、PCモニター前のプレイヤーは、アバターの背中側から背景を眺める構図となり、アバターの表示サイズは大きい。

 その死角は背後ではなく、正面側の至近距離にあった。

「ニシキゴイ……?」

 モニターから見た黒トゲ戦士の太腿あたりに、短い紅白模様のシッポがはみ出している。

 ヘスペリデスはアバターの向こう側が透けるといった機能が存在しないので、足元が死角になりやすいのだ。

 小柄なランチュウならではの隠形術だが、相手が何人称視点に設定しているかを瞬時に見極めないと不可能な芸当である。

「そこかあっ!」

 スカッ!

「……あれ?」

 そして極至近距離は大剣の死角でもあった。


 カカカカカカカカッ! カカカカカカカカカカカカカカカカッ!

 カカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカカッ‼


 黒トゲ獣人の腹部からキツツキのドラミングを思わせる、かん高い連続打撃音が聞こえる。

 鎧の隙間を狙えばいいのに、わざわざランチュウは一番装甲の厚い部位に、両手の短剣で超高速連打を叩き込んでいるのだ。

「げえっ⁉」

 たちまちトゲトゲつきの金属鎧が貫通され、中身をミシンのように穿たれた。

 ゲーム画面の隅に真っ黒な心臓マークが表示される。

 赤でも青でもなく、紫や灰色すら飛び越えて、いきなりの黒表示であった。

 マークが表示されただけ、よくもった方といえるだろう。

「防御力には自信あったのに……」

 なす術もなく倒れる黒トゲ獣人。

 ヘスペリデスのプレイヤーキャラクターは、死亡すると一定時間その場に死体を残し、その間は地縛霊として行動の自由を封じられる。

 そして呪文やポーションによる復活もなく、パーティー全滅から2分40秒経過すると、宿屋などのチェックポイントで復帰するルールであった。

 もちろん限定的なアイテムロストや所持金没収などのランダムペナルティつきで。

「デュフフ~ッ、デュフフフフゥ~ッ♡」

 重課金微笑みパーティーが幽霊になっている間、彼らのモニター画面上で、紅白模様のロリだかショタだかわからない自称・超魔王が、ヘンテコリンな高笑いを上げながら、お尻とシッポをフリフリ踊り続けるのだった。

「修行が足らぬわ! もっと入力機器と使用キーを増やしてから挑むがよい!」

 これ以上人間やめたプレイヤーを増やしてどーすんだ超魔王ランチュウ。

「辻斬りもいいけど、たまには正面切って対決すんのも悪くないねえ。よし、次は正式にPvPを申し込んでから一蹴しよう!」

 ヘンテコリンな高笑いを上げながら、幽霊たちに背を向けて走り去る自称・超魔王。

「何だかんだで一蹴するのは一緒なんだな」

 開いた口が塞がらない地縛霊たちであった。

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