急転直下

「――おばちゃん! まんじゅうください!」

 

 急用を思い出したランダーは、慌てて大通りへ出て、もう店じまいしようとしていたまんじゅう屋で十個入りのまんじゅうを買う。

 城で待つ妹へのお土産だ。

 まだ十五歳の妹『レイラ・プリステン』は、穏やかな性格で政治のことばかり話す兄たちよりも、商売の裏側を面白おかしく話すランダーになついていた。

 アリサとも仲が良く、ランダーも入れて三人でお茶会をするのが城内での数少ない楽しみだ。

 喜ぶ妹の顔を思い浮かべ、ランダーが足を弾ませていると、異変に気づき足を止めた。


「……なんだ?」


 城下町の中心ある大きな広場。

 その大きな掲示板には今、一枚の貼り紙が貼られ、人々がざわざわと声を上げながら密集して凝視している。

 ランダーはかぶったフードが外れないように手で押さえながら人混みをかきわけ、貼り紙の文字が見えるところまで移動した。

 それを読んですぐに絶句し、手にぶら下げていたまんじゅう入りの袋を落とす。

 

「んなっ!?」


 そこにはこのようなことが書いてあった―― 


 国王レイス・プリステンは、独裁国家レブナントからの多額の資金援助を受けていた。その見返りに、厳重に管理されているはずのレブナント移民の不法入国を裏で許可していたのだ。それだけでなく、レブナント民の職の斡旋にも手を回していたという。

 それによって、どれだけ多くのエデン国民が職を奪われたか。また、レブナント民が起こした犯罪の多くは隠蔽され、被害にあったエデン国民は泣き寝入りするしかなかった。

 間違いなく国家を揺るがす重大問題。

 この片棒を担がされていた大臣が告発し、己の利益のために売国行為を行い国民を不当に苦しめたとして、騎士団長オーキ・クルトがレイス王を捕えた。

 さらに騎士団長は、事情を知っていた可能性のある王妃を始め、プリステン家全員の投獄を決定。まだ捕まっていない第三皇子ランダーを捕えてから尋問を開始する予定だ――


「――おいおいっ、本当かよ?」

「レイス王が俺たちを他国に売ったのか?」

「信じられねぇ……王に愛国心はないのか!?」


 唖然と立ち尽くすランダーの周囲で群衆が騒ぎ立てる。

 あまりの急展開に頭がついていかないが、一つ確かなことがある。

 捕まったら終わりだ――


「――くそっ!」


 ランダーは駆け出す。

 背筋を冷たい怖気おぞけが這い上がる。

 父がレブナントの資金援助を受けていたというのは、おそらく事実だろう。それぐらいはやる男だ。

 だが、それで母や兄弟まで容疑者に仕立てられるのは、明らかにおかしい。

 それに、最近になって最年少で騎士団長に就任したオーキは、ランダーの親友でもありよく性格を知っているが、誰よりも正義を重んじ決して不正を許さない男だ。

 であれば、誰かが実直なオーキを利用して、プリステン家を陥れようとしているのではないか。ランダーはそう考えた。

 

 全力疾走したおかげで、すぐに城門へと辿りついた。

 まずは城壁に隠れて荒れた呼吸を整える。

 城門は複数の騎士が守っており、おそらくランダーの捜索隊であろう騎士たちが慌ただしく出入りしていた。

 もう辺りは暗くなっているので、騎士たちはフードをかぶった不審人物の存在にまだ気付いていない。

 

(しかしどうすれば……)


 ランダーは打開策が思いつかず内心焦っていた。

 このまま騎士に捕まれば、そのまま牢屋行きで弁解の余地はないだろう。

 親友であるオーキと直接会うことができれば、説得できる可能性もあるが、他の騎士や文官たちの目に着くと不利になるかもしれない。

 数刻前、アリサを振り切ってしまったことが悔やまれる。彼女であれば、ランダーの無理を通してくれただろうに。

 出資している商人たちに協力を頼めないかとも考えるが、すぐに首を振る。

 いくら投資し、恩を売っていたとはいえ、商会や店とは金で繋がった関係。もしランダーも投獄されれば、資金の援助は望めず、手助けした商人たちにも迷惑がかかる。

 正直なところ、彼らが態度を変えるのが怖かったのだ。


「いたか!?」

「いやっ、広場にはいなかった」

「ちぃっ、王子の放浪癖には困ったのものだな」

「まったくだ」


 そうこうしているうちに時間ばかりが過ぎていく。

 極度の緊張感で神経をすり減らし、やがてランダーの精神は限界を告げた。


(もはやここに僕の帰る場所はない。ならばいっそ――)


 ランダーは拳を握りしめ覚悟を決めた。


「――お待ちください」

 

 ランダーが足を踏み出そうとしたとき、背後から声をかけられた。

 我に返ったランダーの心臓は跳ね上がる。

 荒い呼吸を繰り返しながら背後を振り向くと、そこにいたのは――


「――リュウエンさん?」


 リュウエンとホロウ商会の一員たちだった。

 彼はにっこりと微笑み会釈するときびすを返す。


「ついてきてください」 


「で、でも、城に行かなくちゃ家族がっ!」


「なりません。今行ったところで結果は変わりませんよ。普段の冷静なあなたなら分かるはず。今は一旦退くのです。優秀な商人というのは、引き際を心得ているものでしょう?」


 そう言ってリュウエンたちは足早に城から離れていく。

 彼らの背中と城を交互に見回し逡巡したランダーだったが、悔しげに奥歯を強く噛み、リュウエンについて行くことにした。

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