王家の誇り

 それから数日が経った。

 あれからまだ次の運搬依頼が来ていないためか、先日遭遇した謎の男はノベルの前にまだ現れない。

 それに、町で情報を集めて回っていても、血酒密造の話は全然上がってこない。

 なんともいえない不気味さにノベルは頭を抱える。

 そのとき、部屋がノックされた。


「――ノベル様、今よろしいでしょうか?」


 アリサだった。

 高まった緊張感が緩んでいくのを感じ、ノベルは気を張り過ぎていたのだと気付く。

 彼はため息を吐くと「どうぞ」と答えた。

 ゆっくり扉を開けて現れたアリサは、いつもの騎士の甲冑ではなく、純白のブラウスの上に赤いベストを着て花柄のロングスカートを履いた私服姿だった。

 王城にいたときは護衛だったこともあり、私服姿を見るのは新鮮だ。


「失礼致します……って、どうされたんですか? お顔が真っ青ですよ」


 アリサは、椅子に座って呆けていたノベルへ慌てて駆け寄る。

 ノベルは無理やり笑ってみせた。


「大したことじゃないよ。それよりどうしたんだい?」


「これをノベル様にお渡ししたくて」


 そう言ってアリサは、胸の前で抱えていた布をノベルへ渡す。

 ノベルはそれを広げると、目を丸くした。

 それはノートスへ来てすぐに服屋へ売った、ノベルの私服だったのだ。


「君がどうしてこれを?」


「ノベル様がそれをお売りになったと聞いた後、そのお店に行って探したんです。そうしたらまだあったので、お金を貯めて買いました」


 アリサは嬉しそうに語るが、これはそんな簡単な話ではない。

 それなりの金額だったはずだ。売ったときでさえ、数週間分の生活費を賄えたのだから、買値はそれよりも高いはず。


「まさか、最近クエストに行くのが多かったのは……」


「えへへ」


 アリサは答えず、照れたようにはにかむ。

 そして頬を赤くしてコホンと咳払いすると、片膝を立てて告げた。


「あなたはエデンの王子。高貴なるお方です。それはどこにいようと、誰かに否定されようと変わらない事実であり、私はそう信じています。ですから、私にもその誇りを守るお手伝いをさせてください」


「アリサ……こんなことになって、こんな情けない姿になった僕を、まだ王子だと言ってくれるのか」


「あなたに仕えることができるのは、私の誇りなんです。家族にとっても。それだけは忘れないでください」


 ノベルは不覚にも目頭が熱くなる。

 小さく震える声で「ありがとう」と言った。


 服に縫われた家紋をしばらく黙って眺めていると、再び扉がノックされた。


「――ノベルさん、お客様がおいでです」


 ノベルは深く息を吸い立ち上がった。

 アリサもただならぬ雰囲気に立ち上がり、ノベルへ道を開けた。

 

「どちらに?」


「ちょっと利確りかくしてくるだけさ」


「りかく?」


 アリサは聞きなれない言葉に首を傾げる。

 ノベルは答えず微笑み、彼女に背を向けた。

 これから控えているのは大勝負。

 しかしアリサから勇気をもらったノベルには、かつての自信がみなぎっていた。



 その夜、バグヌスは閉店した店で売り上げの計算をしていた。

 為替商での売り上げはあまり芳しくないが、血酒取引の利益は上々だ。

 バグヌスはニヤニヤと醜い笑みを浮かべる。

 ノベルという厄介な小僧が現れたが、運搬費を少し払っているだけなので、大して影響はない。


 それにしても素晴らしい商売だと思った。

 闇商人から血酒を格安で仕入れ、それをカルキスに頼んで貴族たちへ高額で売りさばく。

 売り上げの三割をカルキスにとられても、諸経費を引いてかなりの利益になる。

 闇商人を紹介してくれたカルキスさまさまだと思った。

 他の国ではこんなに上手くはいかないだろう。

 そのとき、店の裏手が荒々しく開けられた。


「――兄貴!」


 弟のバロックだ。

 なぜか血酒の木箱を抱えている。


「どうした? なんで商品を持って帰って来た? まさかノベルの小僧が逃げ出しでもしたか?」


「いや、あいつはいつも通り運んできたさ。けど、カルキスの旦那のところに追い返されちまってよ」


「なに? どういうことだ?」


 バグヌスは眉間にしわを寄せ、低い声で問う。


「なんでも、ドルガンから血酒商が来てるとか」


「なんだと!? それでカルキスさんはなんて?」


「その商人が国を去るまで、こいつを保管しておいてくれって」


 バグヌスは頭を抱える。

 そんな爆弾、長く抱えていたくないというのが本心だ。

 しかしカルキスの懸念していることも分かる。商人というのは取り扱う商品に対しての嗅覚が鋭い。血酒商ともなると、万が一のことを考えてノートスの血酒を飲む機会を与えさせないのが最善だ。その商人が貴族と繋がっていないとは限らないから。


「ノベルの小僧には知られてないだろうな?」


「ああ。あいつの帰った後のことだから、問題ないぜ」


「ならいい。いざとなれば、カルキスさんに騎士を動かしてもらって、ノベルが木箱を運んでいるところを捕まえてもらおう」


「けどよ、それって雇い主の俺たちも危ないんじゃないのか?」


「バカ、頭を使え。逆上して襲いかかってきたノベルから身を守るため、騎士は思わず殺してしまったって筋書すじがきよ。死人に口なしだ」


 バグヌスは歯を見せて邪悪な笑みを浮かべる。

 バロックは目を丸くし、手を叩いて大声で笑った。


「さすがは兄貴! そりゃいいぜ!」


 夜にも関わらず、下品な笑い声が響く。

 そのとき、店の表の扉が開け放たれた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る