危険な遭遇

 その日の夕方、ノベルはシグムントを誘い、いつかと同じ酒場に来ていた。


「なんかあったのか?」


 シグムントは火酒の入ったグラスをテーブルに置き、落ち着いた声で問う。

 家まで訪ねてきたノベルの誘いを快く受けたシグムントだが、どこか警戒心を持っているように見える。

 もしかすると、ノベルの心境の変化を感じとったのかもしれない。

 ノベルは不信感を与えないように、明るい表情で笑みを浮かべた。


「いいえ、世間話をと思って」


「そうかい。そりゃ嬉しいね。自慢じゃないが、ここじゃ友達が少ないんで」


「僕もです」


 二人は顔を見合わせ屈託なく笑う。

 しばらく世間話と食事を楽しみ、ノベルは頃合いを見計らってさりげなく話題を振った。


「そういえば最近、ハンターギルドに登録した女性がかなり腕が立つと噂ですね」


「そうなのか? なんだ、獣人か? まさか鬼人?」


「いえいえ、人間です」


「へぇ、そいつはすげぇな。ノートスの騎士とは大違いだ」


「そういえば、ノートスの騎士にはハンター出身もいるんですか?」


「いや、いないはずだ。ここは実力主義じゃないからな。家柄や経歴がすべてだ。言っちゃ悪いが、ハンターってのは貧民で、下賤げせんやからだっていうのが、上の考えさ。まったく、クソくらえだ」


「そうですか……」


「それがどうかしたのか?」


「いえいえ、大したことでは」


 ノベルは首を横へ振って愛想笑いを浮かべる。

 アリサにはハンターよりも騎士が合っていると思ったが、やはりこの国では難しいようだ。

 残念に思いながらも、ノベルは話を続けた。


「騎士には貴族が多いんですか?」


「そうさ。隊長以上にもなると、家柄なんかを気にしやがる。ふざけやがって」


「そんな人たちばかりが血酒を飲んで、長寿の恩恵を受けるだなんて理不尽ですね」


「確かにな。そう考えると腹が立つ!」


 シグムントは苛ただしげ鼻を鳴らし拳を握った。

 ノベルの期待通りの反応だ。


「血酒、飲んでみたいですね」


「……なにか、考えがあるのか?」


 ノベルの表情になにかを感じとったのか、シグムントは眉を寄せ声を低くする。

 

「まあ、浅知恵ですけど、それで良ければ――」


 ノベルは薄く笑い、心の内に秘めていた計画を語ったのだった。

 意を決して―― 



 それから何度目かの運搬になるある夜。

 ノベルはいつも通り闇商人から木箱を受け取って、こそこそと人気のない夜道を歩いていた。

 バグヌスの指定した道だけあって、本当に人がいない。

 たまに道の端に寝転がっている人も見かけるが、彼らは見向きもしない。

 誰一人として荷物を奪おうと襲い掛かってこないのは、手を出せばただでは済まない案件だと直感しているからだろうか。


 しかし慣れというのは怖い。

 最初の頃は極度の緊張感に心臓がバクバクと脈打って吐き気すら催していたが、今となっては平然と歩くことが出来ている。

 自分が少し強くなったような錯覚すらしてしまう。

 これを俗に油断と言うのだ。


「――ちょっと待ちな」


 細い通りを曲がったところで突然声をかけられた。

 ノベルの背筋が凍る。

 声のした方を見ると、緩めの黒いブラウスの上に灰色のケープを羽織り、薄紫のベレー帽をかぶった商人風の男が、腕を組み壁に寄りかかっていた。

 あごに薄い髭を生やし、若く精悍な顔立ち。しかしベテラン商人のような、一切隙のない雰囲気だ。

 ノベルは平静さを取り繕って聞き返す。


「私になにか?」


「いきなり呼び止めてすまないね」


「それはいいのですが、少し急いでいまして」


「いやぁ、どうしてもその木箱に気になってな」


 男は疑わしげに目を細め、ノベルの抱える木箱を見回す。

 ノベルは内心混乱していた。

 この男はいったい何者なのか、なぜこの木箱に興味を持っているのか、分からないことが多すぎる。

 だが、ノベルが抱えているのは、たとえるなら爆弾。

 いつ自分の身を滅ぼすか分からない。

 ノベルは頬を引きつらせ、後ずさる。


「大したものは入っていませんよ。店主のお使いで品物を運んでいるだけです」


「へぇ、それにしては妙だな」


「な、なにがです?」


「いやね、あんたが闇市場の方から出て来たのを目撃したもんで」


 ノベルは咄嗟に言葉が出ない。

 完全に相手のペースに乗せられている。

 これではなにを言っても切り抜けられそうにない。

 そして言葉に詰まるノベルへ、男はトドメとばかりに表情を消し、核心をつくような問いを投げかけた。


「まさか、血酒じゃないよな?」


「っ!?」


 心臓が止まったかのような衝撃を受けた。

 ノベルも今なら、バグヌスとバロックの気持ちが分かる。

 秘密を暴かれるというのは、ここまでの恐怖を植え付けられるのだ。

 それでもノベルは、声を絞り出した。


「違います」


 男は胡散臭そうに眉を寄せ、無言でノベルの顔を覗き込む。

 ノベルは恐怖に顔が歪みそうになるのを我慢しながら見つめ返す。ここで目を逸らしたり、臆して後ずさったりしたら、その時点で終わりだ。

 永遠にも思われる気の遠くなる時間。

 男はようやく視線を外し、深いため息を吐いた。


「そうかい。疑って悪かったよ」


 そう言って頬を緩めると、ノベルが先ほどまで歩いていた通りの方へと歩き去って行く。


「いったいなんだったんだ……」


 ノベルは思わずというように呟き、急いでバロックの元へ向かった。

 そして報酬を受け取ると、すぐに宿へと走る。

 どっと疲れが押し寄せ、心配したアリサが扉をノックしても無視し、死んだように眠るのだった。

 

 あの男は、闇商人から木箱を受け取ったことも、木箱の中身が血酒であることも突き止めていた。

 それはつまり、違法なことをしているという認識があるということだ。

 彼が何者かは検討がつかないが、もしかすると先日のことで再びこちらに接触し、脅迫してくる可能性もなくはない。

 それか、あれが密造したものだという証拠を掴んでくるか。

 どちらにせよ、ノベルにとっては非常に危険な展開だ。


(あと少しだっていうのに――)

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