命を投じてでも

 翌日、ノベルは再びバグヌスの店を訪れた。

 横には、外套に身を包みフードを深々と被ったアリサ。中には甲冑を着ているため、外からだと女性には見えない。


「いらっしゃいま――っ!?」


「どうも」


 ノベルの姿を見たバグヌスとバロックが驚愕に目を見開き固まる。

 その額には脂汗が滲んでいた。

 ノベルを始末できなかったことがそれほど意外だったらしい。

 ノベルは精一杯、なにかを企んでいるかのような、妖しげな含み笑いを浮かべる。


「どうしたんです? まるで幽霊でも見てるような顔をして」


「い、いえ……本日はどのようなご用件で?」


 バグヌスは頬を引きつらせ、白々しくも聞いてくる。諦めが悪く、それでいて頭も悪い。

 ノベルはあえて声に怒気を孕ませて答えた。


「決まっているでしょう」


「な、なんのことですかな?」


「血酒の取引ですよ。僕も一枚噛ませてほしいんです」


「だ、だからっ! それは知らないと――」


 ――カチッ!


 バグヌスの言葉が詰まる。

 ノベルの横に立っていたアリサが、鞘に収まっている剣の柄を握ってみせたのだ。

 バグヌスは恐怖に固まって次の言葉が出ず、後ろのバロックも忌々しげにノベルを睨みつけるが、歯を食いしばりなにも言ってこない。

 場が鎮まりかえったことで、ノベルは深く息を吸い、トドメの一撃を見舞った。


「次はありませんよ?」


「……わ、分かった! 分かりましたよ! 次回の運搬はあなたに依頼することにします! 分け前も正当に支払いますから!」


 血酒とは言わなかったが、バグヌスにその運搬の協力を認めさせただから十分だ。

 ノベルは、素直に礼を言って頭を下げてみせた。


「ええ、よろしくお願いします」


 そして次回の運搬について、場所と時刻などの説明を受けると、それ以上なんの情報も出してこなかったので、アリサの持っていたジール通貨をテラ通貨に両替して大人しく立ち去るのだった。


 ノベルは適当に寄り道して、必要最低限知っておくべき場所の紹介をアリサへすると、宿屋に戻った。

 アリサがやって来た昨日から、もう一部屋借りている。

 しかし宿に戻るなり、アリサは自分の部屋には入らず、ノベルの部屋に押しかけて来る。


「ランダー様っ!」


 険しい形相で詰め寄って来るアリサの迫力に、ノベルは後ずさった。


「な、なんだよアリサ。落ち着きなって。それに、今の僕はランダー・プリステンじゃない。ノベル・ゴルド―だ。気を付けてくれ」


「ではノベル様! 先ほどの取引はいったいなんなのですか!?」


「あ、ああ、バグヌスたちのことね。さっきは助かったよ。ありがとう」


「いえ、護衛として当然のことをしたまでです……じゃなくて!」


 アリサはなにやらプンスカと頬を膨らませている。今にも頭から湯気が出そうだ。

 普段は凛々しい騎士なのに、なぜか可愛く見えてしまう。

 ノベルが愛想笑いを浮かべていると、アリサはジト目を向けてきた。


「まさか、昨日ノベル様を襲った集団と関係が?」


「え? い、いやぁ……」


「図星、ですか」


 ノベルは冷や汗を浮かべる。

 昨日の襲撃は、この国の治安が悪いせいで、たまたま自分が狙われただけだと適当にごまかしていたのだ。

 それに先ほどの会話を聞かれては、言い訳のしようもない。


「ごめん。ちゃんと話すよ」


 深いため息を吐いたノベルは、ようやく観念しいさぎよくすべて話した。

 バグヌスたちがなにをしているのか、昨日の襲撃は必然であったこと、そしてそれを利用してまで自分の成そうとしている計画を。

 最後まで聞き終えたアリサは、これ見よがしに大きなため息を吐く。


「ノベル様、あなたという方はもぅ……」


「仕方ないじゃないか。僕にはこれしかできないんだ。止めないでくれ」


「いいえ、止めさせてください。昨日のことがあったばかりなんですよ? 今回の件は危険すぎます。ここはエデンじゃないんですよ」


 アリサは目を潤ませ、必死に訴えてくる。ノベルのことを心から心配していることがよく分かる。

 だがノベルは、申し訳なく思いつつも止めるわけにはいかない。


「分かってるさ。それでも僕はやるよ。どうしても金が必要なんだ」


「そんな……お金なんて、命あってものです。身の危険をおかしてまで、ノベル様がされようとしていることは、まっとうな仕事だとは思えません」


「違う。これは一種の投資なんだ。いや、もはや投機でしかないのかもしれない。確かに僕の命を投じる危険な稼ぎ方だし、失敗すれば文字通り命を失うかもしれない。でもそれだけのリスクを負わなければ、この国で這い上がるなんて遠い夢なんだよ」


 ノベルはアリサの目を見て、まっすぐに言う。これが自分の信じた道だと、決して譲れるものではないのだと、暗に告げている。

 彼の瞳に宿る炎を感じとったアリサは、肩を落とし目を逸らした。


「そうですか」


 納得はしていないようだが、ノベルの意志を曲げるのが不可能であるということだけは理解したようだった。

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