復讐の共犯者

「――待ちなさい」


 どこからともなく、凛々しい女の声が響いた。

 刺客が背後を振り向くと、灰色のローブを纏った一人の女が歩いて来ていた。綺麗な姿勢でまっすぐに歩く彼女からは、ただならぬ覇気が放たれている。

 その顔を見たノベルは、驚愕に目を見開く。

 燃えるように美しく赤いポニーテールに、威風堂々として凛々しい眼差し。

 その女騎士の名は――


「――アリサ!」


 ノベルが叫んだ瞬間、アリサの姿が消えた。

 否、地を蹴ったのだ。

 それを認識した刺客が対応しようと動き出したときにはもう遅い。

 甲高い金属音が響き、剣は宙を舞っていた。

 敵の目前に一瞬で移動していたアリサは、無造作に剣の柄でみぞおちを突き、左から迫って来た敵の一撃を紙一重でかわす。

 両手で振り下ろされた斧はその重量で地面を砕くが、アリサの蹴りで持ち主は軽々と吹き飛ぶ。


「このぉっ!」


 剣を振り上げ、右から迫って来た敵には、ローブを投げ捨て視界を奪う。

 彼が慌てて剣で払い、視界を取り戻したときには、既にもう一人が倒れていた。

 刺客が怒りに叫び力任せに斬りかかるも、アリサは剣で軽く弾いて、顔面を殴打し黙らせる。

 そして、あまりの速さと強さに怯え、足をすくませていた最後の刺客の眼前へ剣の切っ先を向けた。


「退きなさい。そして二度と、この方に手を出さないことです。でないと、命の保証はできませんよ」


「……ちっ」


 重苦しい沈黙の後、刺客は舌打ちし、きびすを返した。

 倒れていた刺客たちも立ち上がり、ぞろぞろと逃げるように走り去って行く。

 フードが外れ、素顔の見えた者もいたが、見たことのない獣人だった。


「凄い……」


 久々に彼女の実力を目の当たりにしたノベルは、唖然と呟き立ち上がった。

 すると、アリサはノベルの足元へひざまずく。


「遅れて申し訳ありません。お怪我はありませんか?」


「……僕は大丈夫」


「ランダー様、よくぞご無事で。」


 顔を上げ、ノベルの顔を見たアリサは目を潤ませる。


「アリサ、どうして君がここへ?」


 信じられないというように瞳を揺らし、ノベルが問う。

 

「すべてお伝えします。ただ、一旦場所を変えましょう」


 ひとまず、野宿している人々の視線から逃れようと、二人は公園へ移動した。

 並んでベンチへ座ると、アリサは夜空に見える星を眺めた。

 ノベルはその横顔を見つめ、懐かしさを感じながらも問う。


「アリサ、君はエデンの騎士だろう? どうしてここへ?」


「ランダー様、お忘れですか? 私は騎士でしたが、あなたの護衛でもあるのですよ」


 そう言ってアリサは優しく微笑む。

 そのまっすぐな言葉は、辛い日々を過ごしているノベルの心に響いた。

 自分の味方だと言ってくれる人がいるというだけで、泣きそうなほど嬉しかった。


「もしランダー様が捕まったときは、この身を犠牲にしてでも救出するつもりでした。ですが結局、ランダー様は見つかりませんでした。そこで思ったのです。きっと誰かが匿っているのだと」


「ということは……」


「はい。ランダー様が最も信頼を寄せているリュウエンさんならと思い、ランダー様の行方をお聞きしに行ったのです」


「なるほどね。リュウエンは素直に話したのかい?」


 情報屋は口が堅い。

 そして信用が命だ。

 そう簡単にランダーの情報を渡すとは思えなかった。


「もちろん、すぐには話してくださいませんでした。知らないの一点張りでしたので、私がいかにランダー様の味方であるかを説明し、それでやっと……」


 なんだかアリサの言葉尻が小さくなった。

 それになぜか頬も少し赤くなってもじもじしている。

 どんなことを話したのかは、聞かない方がよさそうだとノベルはなんとなく思った。


「でも、リュウエンは僕がコンゴウ州にいると思っているはずだけど……」


「実は、コンゴウ州にいるお知り合いにランダー様のことを頼んでいたらしいのです。それでまだ到着していないと聞かされ、進行ルートを探索したようで……」


「それじゃあ、僕を運んでくれた商人たちはもしかして」


 ゴブリンに襲われ、ノベルを逃がした二人の商人のことだ。

 アリサ悲しげに口を結び、首を横へ振った。


「そうか……」


 分かっていたことだった。

 自分を逃がすためだけに犠牲になった彼らに、ノベルは申し訳なく思い、そして心から感謝した。


「ランダー様の遺体が見つからなかったことで、もしかしたら逃げ切れたのかもしれないとリュウエンさんは思ったそうです。それで近くにあったのがこのノートス。今日、ホロウ商会がコンゴウ州へ行くということで、私を馬車に乗せてくださったのです」


「そういうことだったのか」


「はい。ランダー様がご無事で本当に良かった」


 アリサはしんみりと目を閉じ、安堵に頬を緩ませる。

 だがゆっくり目を開けると、悲痛に満ちた表情を浮かべていた。

 意を決したように、アリサは立ち上がり、ノベルへ深く頭を下げる。

 

「……レイラ様を、プリステン家のみなさまを守れなくて、本当に申し訳ありませんでした」


「っ!」


 アリサにかける言葉が見つからなかった。

 大丈夫だとか、君のせいじゃないだとか言っても、気休めにもならない。

 彼女は妹たちの近くにいながら、それでも守れなかった。

 その無念さをノベルが理解してやることはできない。

 ノベルは立ち上がって一歩前に出ると、背をアリサに向けて告げた。


「僕はね、家族を奪った奴らを許さない。それがたとえ、エデンの宰相だろうと、親友だろうとね」


「ランダー様……」


「僕は必ず這い上がり、エデンに戻って復讐する」


 しばらく無音が続く。

 やがて、アリサが甲冑の音を鳴らして背後まで歩み寄る。

 ノベルが振り向くと、彼女は片膝を地面につきこうべを垂れていた。


「おそばにいながら守れなかった私には、復讐などと言う資格はありません。ですが、主であるあなたがイバラの道を進むというのなら、御身おんみに降りかかる厄災は全て振り払ってみせましょう。生涯の護衛として」


 その日、アリサは王子の護衛から、復讐の共犯者となったのだった。

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