闇の刺客

「――はあ」


 店を出たノベルは、大きくため息を吐いた。

 やはり、オークの迫力は凄まじい。

 だがあの反応、こちらの言ったことを肯定しているようなものだ。

 今回は上手くいかなかったが、必ず尻尾を掴んでみせる。

 そう心で呟き、バグヌス為替商を後にした。



 その夜、ノベルはカルキス邸の近くにある通りを慎重に歩いていた。

 バグヌスたちの商売をあばくには、やはり現場で遭遇するしかないと考えたからだ。

 焦げ茶色の外套のフードを深々とかぶってはいるが、前回と違って夜空は雲一つなく、月明かりのせいで大きく動くと目立ちそうだった。

 周囲に人影はなく、通りがかった細い裏道の奥からコツコツと足音が響いて来る。


「ふぅ……」


 ノベルは深呼吸し適当な隠れ場所を探す。できる限り、通り全体を見渡せる場所を。

 シグムントの話では、闇商人たちは毎回居場所が変わると言っていたため、今回も同じように現れるか分からないが、根気よく待ち続けるしかないだろう。


「――ん?」


 ノベルは足を止める。バタバタと慌ただしい足音が聞こえてきたからだ。

 ゆっくり後ろを振り向くと、灰色のフードをかぶった怪しげな三人組がノベルの方へ走り寄って来ていた。


(なんだ?)


 強烈に嫌な予感のするノベル。

 自分には関係ないはずだと思ったが、どうも怖くなり、彼らから逃げるように駆け出す。

 とりあえず、通りを右へ曲がる。

 すると、目の前にも先ほどと同じように怪しげな、黒ずくめの不審者が二人。

 闇商人にも見えたが、どちらかというとアサシンといった印象だ。

 彼らはノベルの姿を捉えると、こちらをまっすぐ見据え、ゆっくり歩き出してくる。

 その手には鞘に収まった剣。

 ノベルは後ずさる。

 彼らの狙いは間違いなく自分だと確信していた。


「あ、あんたたちはなんなんだ!?」


 ノベルが恐怖に裏返った声で問うが、返答はなく歩みを止めない。

 やがて、追って来ていた三人も追いつき、道の分岐点で挟まれる。


「――あんたがノベルさんかい?」


 知らない男の声だった。

 声をかけてきたのは、目の前の二人のうちの一人。

 彼らが自分の名を知っていることに、ノベルは底知れぬ恐怖を感じた。

 そして考えうる一つの答え。


「ま、まさかっ……あんたたちはバグヌスの――」


 ――チャキッ


 ノベルの言葉を遮って剣が抜かれる。

 白銀に輝く刃が夜闇を照らす。

 そして刺客たちは、前後から一斉に襲い掛かって来た。


「く、くそぉっ!!」


 ノベルは叫び、まだ敵のいない左の細道へ走りだした。

 誰も使わなさそうな暗い裏道に入る。

 追っ手は凄まじいスピードで追って来ていた。


「だ、誰かっ!」


 ノベルは必死に逃げる。

 うかつだった。

 ここはエデンではないのだ。闇商売に関わろうとすればどうなるか、もう少しよく考えるべきだった。

 これが欲に目が眩んだ者の末路だとでもいうのか……


「た、助けてくれぇぇぇっ!」


 喉が張り裂けそうに感じるほど、情けなくも必死に叫ぶ。

 闇の裏道はあまりにも暗く、前がよく見えない。

 恐怖で気が狂いそうだった。


 やがて、仄かな光が見え、住宅街の道に飛び出す。

 視界が晴れ、一瞬は安堵したノベルだったが、目の前には黒ずくめの刺客が一人。剣を振り上げていた。


「くっ!」


 ノベルは咄嗟に横へ跳んで回避。

 足が絡まり無様に転ぶ。

 だがそのおかげで、二撃目の切り払いは頭上すれすれで回避できた。

 ノベルは前のめりに立ち上がりながら走る。

 横を見ると、他の刺客たちも建物の間の細道を走り抜け追って来ていた。

 彼らはこの道を熟知し、回り込みながら迫って来ているのだ。

 

「誰かぁぁぁっ!」


 ノベルは諦めることなく叫ぶ。

 こんなところで死ぬわけにはいかない。

 その身を復讐に投じると誓ったのだ。

 どんなに無様に見えようと、助けを求め走り続ける。


「そうだ! シグムントさんだ!」


 ノベルの脳裏に獣人の騎士が思い浮かんだ。

 足を止め、彼の家の方角を必死に思い出す。

 シグムントでなくても、他の騎士だって住んでいるはずだ。そこで大声を出せばなんとかなるかもしれない。

 彼の家は――


「――あっちか!?」


 足を止め、そう思った方角へ視線を向けると、そちらからも刺客が走って来ていた。


「くそ!」


 ノベルはやむを得ず、町の出口のある方角へ走り出す。

 

 しばらく走り続けた。

 追手は途中で合流し、再び五人になっていた。

 元々体力のないノベルは、とうとう足をもつれさせ倒れ込んでしまう。

 慌てて背後を振り向くと、追手は既に追いついていた。

 先頭の刺客が剣切っ先をノベルへ向けると、残り四人は横へ広がり、ノベルの周囲を取り囲む。


「だ、誰かっ!」


 無様に地面を這いつくばりながら周囲を見回すと、野宿している人間や獣人がちらほらいた。

 しかし彼らは、ノベルと目を合わせようとしない。


「そんな……」


 ノベルは絶望に頬を歪め、無念さに拳を握りしめる。

 そして、刺客の一人が前に出て剣を振り上げた。

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