ホロウ商会

「――所有券取引所を買収しようと思うんです」


「買収? 宣伝を請け負うんじゃなくて?」


 清貧な執務室で木製のテーブルを挟み、二人の男が神妙な表情で話し合っていた。

 ランダーの目の前に座っているのは、この小さな屋敷の主でホロウ商会の会長を務める『リュウエン』だ。三十代半ばではあるが、もうひとまわり若く見える童顔で、体は細く普段は穏やかな雰囲気の優男。しかし、目が細くたまに見せる鋭い眼差しは、狡猾な蛇を思わせる。

 ランダーの出資と助言はあったものの、謙虚さと商才を発揮し、情報屋業を営む弱小商会を急成長させている逸材だ。

 古くからの付き合いで、多くの失敗と成功を共に経験してきたこともあり、ランダーが最も信頼を寄せる商人である。


「今回の計画では、宣伝よりも買収の方が格段に効果的と判断しました」


「所有券取引所かぁ……」


 ランダーは眉を寄せて腕を組み「う~ん」と唸る。

 所有券取引とは、現代でいうところの商品先物取引に似た金融取引だ。

 この世界で一定の需要のある資源に対して値がつけられており、それが様々な要因によって日々変動する。

 それらを保有する権利を券として発行し、取引所を介して売買するのだ。

 たとえば、鍛冶屋に必須の設備として鋳鉄炉があるが、あれを稼働させるために必要な燃料として『ダークマター』が用いられている。

 ダークマターは鉱山で採れるが、それを溶かすことで火をおこすための燃料として鋳鉄炉や暖炉、それに関わらず各種製品の素材としても扱われる重要資源なのだ。これは需要と供給のバランスや産出国の地政学的リスク、国家間の貿易状況などの国際情勢などによって日々価格が変動する。

 ダークマターの各重量に対して所有権を買い、価値変動後にそれを売ることで損益が生まれるという仕組みだ。

 つまり、れっきとした金融商品と言える。

 他にも人気商品として、黄金に輝き安全資産としての価値を持つ『オリハルコン』や、白銀に輝き非常に硬く高級武具にも扱われる『ミスリル』などがある。


「上手く行けば、かなりの儲けが出るはずですよ」


 リュウエンは自信満々に頷く。

 ちなみに、所有券取引では売買時に手数料がかかり、所有券を保持していることに対する運用費も日々かかる。

 取引業者はこの手数料と運用費が儲けになるのだ。


「そうかい……この間まで所有券取引の仕組みも知らなかったのに、凄い行動力じゃないか」


「商人としてお恥ずかしい限りです。しかしこれも、ランダー王子のおかげですよ」


 そう言ってリュウエンは表情を和らげる。

 嘘や世辞を言っているようには見えず、ランダーは照れくさそうに後頭部をかいた。

 ホロウ商会はかつて、情報屋として仕入れた情報を個人や商会に売ったり、情報誌にまとめて販売したりして稼いでいた。

 しかしそれだけでは収益は少なく、商会として弱体化していくのも無理はなかった。

 そんな中、折角の情報網を活かせず失うのはあまりにももったいないと目をつけ、出資したのがランダーだ。

 そのときのリュウエンは彼の正気を疑ったという。気まぐれ王子のお遊びだともさえ思ったらしい。

 しかし、リュウエンはすぐに考えを改めた。

 ランダーの提案してきた商売に力を入れたことで、商会が活気を取り戻したからだ。

 その商売が宣伝請負。

 店や商会の商品の宣伝拡散を請け負って、ホロウ商会の情報網を活かして宣伝していく。これによって実際に紹介した商品の売り上げが上がり、ホロウ商会の取引先は増えた。インターネットのないこの世界だからこそ、情報を拡散できる力は高い価値となる。ランダーはそれを見出したのだ。

 ちなみに、ハンガス工房の宣伝もここで請け負った。

 ホロウ商会の取引先だったハンターギルドに、見本となるハンガス製武具を置くことができたので、ここまで広まったのである。


「でも、それを成功させるための具体策はあるの? 僕も出資者として簡単に認めるわけにはいかないんだけど」


 ランダーは渋る。

 いくら信頼のおけるリュウエンであっても、商売に予想外はつきもの。だから納得のいく理由がない限りは止めるつもりだった。

 もちろん、経営者は出資者の言う通りにしなければならないという決まりはないが、基本的にオーナーの意見を尊重するのが一般的だ。でないと出資を打ち切られて資金繰りが悪化してしまう。

 リュウエンは涼しい表情で頷き、自信満々にランダーの目を見据えた。


「ちょっとした小話こばなしを考えたのですよ」


「小話? それで所有券取引が活発になると?」


「はい。こんな話です……」


 リュウエンは深呼吸すると、ゆっくり語り始めた。

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