リュウエンの計画

 ――あるところに作家を夢見た男がいました。

 しかし彼に文才はなく、小説を書けども書けども一部のコアなファンにしか売れません。それでも彼は諦めることなく、何年も書き続けました。

 そして二十年が経ち、少しずつですが確実に実力をつけていた彼の作品は、ようやくヒットを出すことに成功したのです――


「――ご、ごめんっ、ちょっといいかな?」


「はい、どうぞ」


 思わずランダーは口を出してしまったが、リュウエンは特に嫌な顔を見せることなく口の端を緩めた。


「まだ所有券取引の話が出てきてないところ申し訳ないけど、小説を書いている間、彼はどうやって生計を立てていたんだい? 二十年なんて長い期間、小説を書くだけでは生きていけないだろう?」


 当然の疑問だった。

 この世界においては、現代よりも遥かに作家業は厳しかった。かなり有名な作家でない限り、他の仕事とかけ持ちするのが普通だったからだ。でないと生活すらままならない。

 リュウエンは感心したように深く頷き、そして微笑んだ。


「さすがランダー様。この話の本質はそこです。彼は好きな物語を書いている間、どうやって金銭を得ていたのか……その答えこそ、所有券取引なのです」


「……そういうことか」


 ランダーは驚きに目を見張った。深く息を吐いて静かな興奮を抑え、頭を整理する。

 

「『所有券取引なら、売買するだけで儲かるから、好きなことを仕事にできる』か……悪くない」


 二ヤリと片頬を緩ませた。

 所有券取引で必ず儲かる保証もないし、むしろ損して苦しむ可能性のほうが高い。しかし、その話を聞いた一般人が希望を持つには十分だ。

 リュウエンも、ランダーの反応に満足したように頷く。


「その通りです。この小話を国中に広めて少しずつ浸透させ、所有券取引の売買成立数をじわじわと上げていく計画です」


「なるほどね。それなら確かに、宣伝請負をしてその場限りの収益を得るより、買収して継続的な収益を生むべきか。納得したよ」


「ご理解頂けたようでなによりです。では――」


 次の瞬間、リュウエンの目が光る。

 先ほどまでの柔らかい雰囲気は鳴りを潜め、得体の知れない冷たい表情を浮かべていた。

 今まで何度も見てきた、商人の顔だ。


「――追加で出資して頂きたく存じます」


「……金額は?」


「2000万ジールあれば足りるかと」


「大きくでたな」


 提示された額に、ランダーが眉をしかめる。

 『ジール』とはこの国の通貨で、国際的には『安全通貨』と認識されており、国際情勢の悪化や地政学的リスクなどが発生した有事の際に買われる傾向がある。

 それが2000万ともなると、金庫番が大商会を相手にしてもそう簡単に貸したりはしない。

 

「それだけこのホロウ商会が本気だということです」


 リュウエンの迫力ある表情にランダーは息を呑む。

 そしてため息を吐き、やれやれと頬を緩ませながら告げた。


「分かった。前向きに検討させてもらうよ」


「ありがとうございます。良い返事をお待ちしております」


 リュウエンは立ち上がり、深く頭を下げる。

 ランダーは出資者として、彼を頼もしく思いながら屋敷を去るのだった。


 ――そういえば部下の掴んだ情報ですが、黒づくめの怪しい人物が近頃、城に出入りしているそうです。商人の勘ですが、なんだか嫌な予感がします。ランダー様も十分お気を付けください。


 去り際、リュウエンはそんなことを言っていた。

 穏やかでない話だが、その怪しげな人影というのはランダー自身も城内で一度目撃していた。

 夜遅くのことで、まばたきをしたらいなくなっていたので気のせいだと思っていたのだが、どうやら本当のことらしい。

 前世で読んでいた小説でもよく、権力が集まるところには陰謀が渦巻いていたので、注意せねばと気を引き締めるのだった。


「父上ももう少し優しくなってくれればなぁ……」


 住宅の立ち並ぶ細い道を歩きながら呟く。

 もう日は暮れ、辺りは暗くなり始めていた。


 エデンは帝国であるが故に、政治の主権は国王が持っている。

 それを支える宰相さいしょうや大臣たちがいるものの、基本的には王が意思決定を下す。

 ランダーの父、レイス・プリステンは政治的手腕に定評はあるが、気性が荒く多少は非人道的なこともいとわない性格。そのおかげもあり、国家としての意思決定が早くエデンも他国と比べて先進国的な立ち位置になった。しかしその影で、多くの怨みも買っているから良い王と言えるかは人による。

 だが兄たちはそれを反面教師として、もう少し人道的な王を目指そうとしているので安心だ。

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