女騎士アリサ

 ハンガス工房を出て路地の角から大通りに出ると、たくさんの人でごった返していた。

 通りの脇には多くの露店が並び、活気溢れる声が飛び交っている。

 生前、まだ元気だった小学校時代に行ったバザーを思い出し、ランダーは懐かしさに頬を緩ませた。


「いやぁ、盛況、盛況っ」


 ランダーは満足そうにうんうんと頷くと、歩き出そうとする。


「――あぁっ! とうとう見つけましたよ!」


 突然背後から可憐な高い声が上がり、ランダーはビクッと肩を震わせた。

 聞き覚えのある声に恐る恐る振り返ると、そこにいたのは女騎士であった。

 ランダーおつきの護衛『アリサ・サラマンレッド』だ。

 燃えるような深紅の長髪でポニーテールを作り、まだあどけなさの残る可憐な顔だちで二十代前半。体格は華奢に見えるが、機敏さは常人の域を超えるほどで、並の騎士では手も足も出ない。

 おまけに健気で礼儀正しく、誰にでも優しいからランダーの親友の騎士団長『オーキ・クルト』が惚れるのも無理はない。


「もうっ、城内をどれだけ探してもいないから来てみれば、こんなところにいらっしゃったんですね!」


 ジトーっと半眼でランダーを見据え、甲冑をカチャカチャと鳴らし歩み寄って来る。

 フードを被っているから見た目では分からないはずだが、彼女は一目で見抜いたようだ。


「あっ、いや……」


 ランダーは口ごもり後ずさる。

 アリサとは親しい仲なので、正直に見逃してくれと頼むべきか逡巡する。

 彼女は元々貧しい農家の出で、家族を養うためにハンターギルドで日々危険なクエストに挑んで稼いでいた。

 本人は生活のために仕方なくという風だったが、次第に難易度の高いクエストまで攻略していく彼女にギルドの商会長は注目し、出資者だったランダーに紹介した。ランダーも腕が立って信頼のおける護衛が欲しいと常々話していたからだ。

 彼女の事情とその実力を全て知った上で、ランダーは彼女を自分の護衛にと、反対する文官や大臣たちを押しのけて登用したのだった。

 年齢も自分より一つ下なので、話も合いランダーとしては護衛というより友達に近い。

 だがそれとこれとは話が別だ。

 ランダーは説得する手間を面倒に思い、脱兎の如く走り出した。


「ひ、人違いですぅっ!」


「あっ、待ってくださいよぉ! ランダー王子ぃぃぃ!」


 アリサはまるで懇願するかのように弱々しく叫ぶ。

 少し心は痛いがアリサも悪い。

 そんな大声で第三王子の名を呼ぶから市民たちもざわめき出したのだ。

 とにかくランダーは、疾風の如く大通りを駆け抜け、追手のアリサから逃げおおせたのだった。



「――まったくもぅ……」


 アリサはぷくぅと頬を膨らませる。

 しかしその表情はどちらかというと楽しそうだ。


「仕方のないお人ですね。早く帰って来てくださいよ?」


 頬を緩ませてそう呟き、きびすを返す。

 ランダーの突発的な外出は今に始まったことではない。

 護衛のアリサはもう慣れっこだ。

 彼女も護衛として放っておくわけにもいかず、よく外を探し回っているが、彼を恨んだことはなかった。

 それも当然。

 ランダーは、自分と家族たちを救ってくれた恩人のような存在だ。

 彼の護衛となったことで、収入はハンターのときの何倍にも増え、母や弟たちを生活の不自由から解放することができた。

 それでもランダーは気にしていないというように接し、アリサを含め騎士たちにも優しくしてくれる。

 同年代の異性として、特別な感情を抱くのは仕方のないことだった。


「――さてと……」

 

 秘めたる情熱的な感情を抑え、城まで引き返してきたアリサは城門をくぐる。

 ランダーには気の済むまで町で遊ばせておくるもりだ。

 というのも実際のところ、エデンの治安は非常に良く事件などはあまり起きない。

 だからアリサは、護衛としてランダーの自由奔放ぶりを注意するものの、強引に彼を縛ろうとはしなかった。


「――アリサ、戻ったのかっ!?」


 城内に入るなり駆け寄って来たのは、親しい間柄の騎士だった。

 彼の表情はいつもの穏やかなものではなく、緊張感からかこわばっていた。

 ただならぬ雰囲気にアリサは首を傾げる。


「そんなに慌ててどうかされたんですか? それに、みなさんなんだか慌ただしいようですが……」


 周囲を見回すと、騎士や文官たちが慌てた様子で行き交っている。

 明らかにいつもの様子ではない。

 外国のお偉いさんでも来たのだろうか。


「実は――」


 驚愕の事実を耳打ちされ、アリサの顔がみるみる青ざめる。

 そして彼女はいてもたってもいられず、仲間の静止を振り切って再び城の外へと飛び出した。

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