横行する闇商売

「――そうかぁ、職探しねぇ」


 夜道を歩きながらシグムントが呟く。

 シグムントはノベルを途中まで送ってくれるということで、ノベルは最後にノートスの商売事情について聞いていた。

 シグムントから返って来た内容はおおむね想像通りだった。

 この国では、専業の投資家というのはほとんどおらず、出資者は金持ちで横暴な貴族か金庫番。ほとんどの商人は貴族の支援など受けられず、金庫番から高金利での融資を受けるが、この国での商売は厳しく返済できない問題が頻発し、新たな事業も発展しない。それによって貧富の差が激しくなっていく。

 金庫番で揉めていたイーリンの父の姿がまさしくそれだ。


「あれは……」


 ノベルは一瞬だけ見えた人影に足を止める。

 全身黒ずくめの人影がそそくさと大通りを小走りで横切り、吸い込まれるように路地裏へ消えて行ったのだ。

 すると、ジグムントが足を止め背中を向けたまま告げる。


「……俺は仕事を紹介してやれないが、これだけは言っておく。どんなに金に困っても、闇商売にだけは手を出すなよ? 敵同士になっちまう」


「闇商売のこと、知っているんですか?」


「まあな」


 シグムントは再び歩き出し、苦々しい口調で語り始めた。

 町の裏に広がる闇の市場では、表の露店では流通できないような、わけありの品が出回っている。品質の保証されない格安の食品や、取扱いが法的に禁止されている薬物などだ。

 闇の商人たちは厳重に素性を隠し、毎回違う場所で店を開いているため、基本的に特定の人物とコンタクトをとるのは厳しいという。


「しかしそこまで情報があるのなら、騎士団はなぜ野放しにしているんですか?」


「上が許可しないんだ。闇商売のおかげでかろうじて生きている国民がたくさんいるからな」


「そんなのおかしいですよ。国が重税をかけているからこういう状況になっているのに」


「言いたいことは分かる。もちろんそれを疑問視して、宰相にかけあった大臣もいたようだが、すぐに左遷させられたらしい」


「んなっ……」


 ひどい話だ。

 政治家が国を私物化しているとしか言いようがない。


 それ以降会話は途切れ、二人は無言で歩いて大通りを抜ける。シグムントが住宅街の角を曲がったところで足を止めた。

 ノベルも足を止め、彼の視線の先を追った。

 立派な服を着た裕福そうでいかつい顔の男が使用人らしきメイド服の女たちを連れ、大きな屋敷に入るところだ。ノベルの目を引いたのは、男の頭部に光る一本の鋭い角だった。


「あれは誰ですか? 見たところ貴族みたいですけど」


「貴族のカルキス。見ての通り鬼人さ。気性が荒くて手に負えねぇ。なんでも、血酒で大儲けしてるって噂だ」


「血酒……」

 

 血酒とは、麒麟キリンと呼ばれる希少種の獣の血を、ぶどう酒に混ぜて造られる特殊な酒だ。

 その血には滋養強壮と長寿の効能があり、時が経つほど味も熟成されて価値が上がる。

 その血の熟成には特定の条件が必要となるため、基本的にバッカニアという国の特定の地域でのみ作られ、バッカニアも製造には厳しい法的制限をかけている。そのため、かなりの値がつくのだ。

 オークションで取引されたり、貴族や権力者の接待に使われたりされ、それで財を成した者も確かにいる。

 しかし裏では、犯罪に利用されることもあり、扱いが非常に難しい酒なのだ。


「はっ、うらやまけしからんな。俺も一度でいいから飲んでみたいぜ」


 カルキスたちの入っていった屋敷を睨みつけ、シグムントが苦し紛れに吐き捨てた。

 ノベルは「そうですね」と適当な相槌を打つ。

 王族だった自分は飲んだことがあるだなんて、言えるはずもなかった。


 やがて、ノベルが泊まる予定だった宿の前まで辿りつくと、シグムントは朗らかな表情で言った。


「今日はすまなかったな。それと、話に付き合ってくれてありがとよ」


「いいえ、こちらこそ」


「なにか困ったことがあったら、俺のところへ来い。家はこの東にある住宅街にあるからよ。表札ですぐに分かるはずだ」


 最後に二人は握手して別れる。

 ノベルは、宿で部屋を借りると、久々に温かい毛布に包まれ、安心して眠ることができたのだった。

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