腐敗の原因

「――そうだったのか……まさかエデンから、こんなところに来る者がいるなんて」


 ノベルはシグムントに連れられ、近くの酒場に来ていた。

 ここは意外と盛況で、血気盛んな商人や、腕っぷしの強そうな男たちが大勢いて、活気に溢れ賑わっている。

 料理や酒の値段も特別高いということはなく、たまに外食する程度なら丁度良さそうだ。

 ノベルの前には肉野菜炒めとスープと麦酒が並び、彼はじっくりと、うま味を噛みしめるかのように食べている。ちなみに、シグムントは肉料理が多めだ。


「にしても、エデンからこんな小国に来た理由はなんだ?」


 ノベルはシグムントの問いに頬を引きつらせ、下を向いて答える。

 

「色々と理由があって……」


「なにか複雑な事情がありそうだな」


「そういうシグムントさんは、ずっとノートスに?」


「いや、生まれはノートスだが、剣はシグルズ騎士養成所で学んだ」


「シグルズ? あの有名な?」


 ノベルが目を丸くして聞き返すと、シグムントは誇るように胸を張って頷いた。

 シグルズ騎士養成所といえば、ドルガンの州の中でも世界一を誇る経済特区『デスドラ』の名門学校だ。ここは今までに何人ものエリート騎士を輩出している。

 ノベルの親友だった騎士団長オーキも、ここの出身だったと聞く。


「それは凄いですね。将来の騎士団長と言っても過言じゃない」


「そう言ってくれるのはあんたぐらいだよ。このノートスじゃな、他国での栄光なんて、なにも評価されない」


 シグムントは吐き捨てるように言って、重苦しいため息を吐く。

 ノベルにも彼の言いたいことはなんとなく分かった。

 先ほどシグムントの後から来た騎士は、大したオーラもなかったがシグムントにはえらく横柄な態度をとっていた。

 ノベルが複雑そうな表情を浮かべて黙ってると、シグムントは鼻を鳴らして忌々しそうに眉をしかめる。


「やつら、獣人が気に入らないらしい。だから俺は、どんなに真面目に仕事をしても昇給できないんだ」


「それはひどい。しかし獣人への差別というのは妙ですね」


「どうしてそう思う?」


「だって、この国の王は獣人じゃないですか」


 ノベルは解せないというように眉を寄せた。

 現在のノートスの王は、『ドーベン』という名の獣人だった。そんなこと、まだ来て二日しか経っていないノベルでも知り得た情報だ。

 その王と同じ獣人を差別するなど、危険ではないのか。そう思うノベルだったが、シグムントは皿を横へのけ、向かいのノベルへ身を乗り出してささやく。

 

「あれはな、ジーンズ宰相が国を思い通りに操るためにかつぎ上げた人形だ。その証拠に、なんの能力もないし、宰相や大臣たちの不正にも気付いていない」


「え? そんなことが……」


「信じられないかもしれないが、あの小さな城に出入りした奴なら誰でも分かる。だから獣人の差別なんて咎められることもないし、むしろ影でバカにされてるくらいだ。図体ずうたいだけの能無しだってな」


 ノベルは唖然とする。

 ノートスの国民が貧困にあえいでいる理由は、想像以上に根が深かった。

 この国は、どうしようもなく歪んでいる。


「で、でも、いつまでもジーンズ宰相の天下じゃないですよね? 任期が来て宰相が変われば、少しは改善すると思いますが」


「甘いな」


「え?」


「ジーンズの野郎はな、自分の政権を長く保つために、今まで何度も適当な理由をつけて法律を改正し、宰相の任期を伸ばしてきたんだ。それをドーベンの意向だと強引に押し通してな。だから大臣たちも、ジーンズがいつトップの座を降りるか分からないから、逆らえないってわけさ」


「なんてことだ」


 ノベルは顔を絶望に染めて呟く。

 権力というものは、同じ人間が長く保ち続けると必ず腐敗する。だから、それを防ぐために任期が決まっているのだ。

 この腐敗した国で這い上がるというのは、想像以上に難しいのかもしれない。


 それから二人は、エデンやドルガンのことなど、たわいもない会話をしながら食事を済ませ酒場を出る。

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