狼の獣人

「――お、おいっ! 邪魔だ、どけぇぇぇっ!」


「へ?」


 左横から猛スピードで走って来る男がいた。

 みすぼらしい恰好のガタイが良い角刈りの男だ。右手には、花柄の綺麗な巾着袋を握っている。

 彼は突然進行方向上に現れたノベルを怒鳴りつけるが、むしろそのせいでノベルの足が止まってしまう。

 あまりの勢いで方向転換も間に合わず、二人は激突した。


「いたっ……」


 ノベルは勢いよく尻餅をつく。その拍子に、手提げ代わりにしていた風呂敷を下敷きにしてしまい、グシャッと嫌な音を立てる。

 突進してきた男は、うつ伏せに倒れ顔を歪めていた。


「こいつ……」


 一度顔をノベルへ向け、殺気立った視線をぶつけてくるが、すぐに立ち上がろうと膝を立てる。

 そのとき、彼の背後から駆け寄って来た獣人の姿があった。


「逃がすかっ!」


「くそっ、やめっ……ぐわぁぁぁぁぁっ!」


 男の体が綺麗な弧を描いて宙を舞い、背中から地面に叩きつけられる。

 立ち上がろうとした男を獣人が投げ飛ばしたのだ。

 その獣人は、蒼白の毛皮を纏った狼の獣人だった。凛々しい顔は獰猛な狼のものでありながら、思慮深さを感じさせる眼差し。深緑のレザーアーマーを身に着け、長身で筋骨隆々という巨漢だ。

 彼は、男の落とした花柄模様の巾着袋を拾い上げる。

 痛みに耐えながら、それでも立ち上がろうとする男を、さらに後ろから駆けつけた人間の騎士二人が取り押さえた。


「大人しくしろ!」


「ちぃっ、離せ! この税金泥棒が!」


「なんだとぉ!?」


 暴言を吐かれた騎士が男の頭を殴った。騎士はガントレットを装着しているため、ガコンという痛そうな音が鳴る。

 男は痛みに呻いて肩を落とし、それ以降なにも言わなくなった。

 騎士の一人が男の手を縄で縛り、元来た道へと引っ張って行く。

 するともう一人の騎士は、獣人の元まで歩み寄るとその手にあった巾着袋を奪い取った。そして未だに尻餅をついて、目を白黒させているノベルを一瞥すると言った。


「ご苦労。お前はそこに倒れている一般人を介抱してやれ。もう夕方だからな、今日はもう上がっていいぞ」


「し、しかしっ」


「いい。後の始末はこちらでつけておく。上への報告もな」


「……承知致しました」


 獣人は声のトーンを落とし、頭を下げる。頭のケモミミが垂れていて、少し可愛い。しかし納得いかないように拳を握りしめていた。

 騎士は片頬を吊り上げて鼻を鳴らすと、こちらに背を向けもう一人の騎士の後を追う。


「大丈夫か?」


「は、はい」


 ノベルは、獣人が差し伸べてきた手を握り、立ち上がる。

 その手は、ふわふわの毛皮とは裏腹に、とても大きくて硬かった。


「俺は王国騎士団のシグムントだ。巻き込んでしまって悪かった」


「いえ、大丈夫です。僕はノベルと言います。さっきのはいったい……」


「強盗だ。貴族の持ち物を盗みやがった。ただの金銭目当ての犯行だろう」


「そうだったんですね」


 治安の悪い国ではあったが、騎士団は正常に機能しているようだった。

 シグムントは見た目こそ強面こわもてだが、随分と理性的な雰囲気だ。


「あれ?」

 

 ノベルはようやく、手に提げていた風呂敷がないことに気が付く。背後を振り返ると、ぺしゃんこになっていた。なかに入れていたパンや野菜は潰れていることだろう。

 ノベルは悲しげに肩を落とし、深いため息を吐いてそれを拾う。

 すると、シグムントが鼻をひく付かせた。


「む? それは……食べ物か?」


「え? そうですけど」


「それは本当にすまないことをした。もう夕方だし、夕食でもどうだろう? お詫びにそれぐらい奢らせてくれ」


「いいんですか!?」


「もちろん」


 思いがけない提案に、ノベルは顔を上げて目を輝かせる。

 もう見栄を張るほどのプライドも残っていなかったので、彼はありがたくシグムントの提案を受けることにした。

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