貧富の差

「――だからっ! 何度頼まれてもダメなものはダメだと言っただろ!?」


 そのとき、ノベルのいた左端のカウンターから離れて右にあるカウンターから、怒声が上がった。ノベルは思わず手を止め右を見る。 

 驚いた。

 怒鳴っていたのは人間の店員だったのだ。

 カウンターにしがみつくように身を乗り出しているのは、痩せ細った体型で気弱そうな人間の男。色褪せたベージュのロングコートを羽織り、内側にはグレーのブラウスを着こんでいる。商人のような雰囲気だ。

 男は、何度も頭を下げながらしつこく懇願する。


「そこをなんとかお願いします。このままではうちの商会は……」


「知るか! 融資を頼む前に、今までの借金をまず返すのが筋ってもんだろ。それができないあんたらの商会には、追加融資できるほどの信用はない」


「そ、そんなぁ」


「返済金を用意できるまで、二度と来るな!」


 取り付く島もなく、店員は奥の業務机へと戻っていく。

 断られた男はガックリと肩を落とし、トボトボと出口へ歩き出す。

 ノベルは憐れむが、金を貸す側の立場に立ってみれば、仕方のないことだ。金を返せる信用のない相手へ、無制限に貸していては、いつか自分をも巻き込んで破産しかねない。融資や投資というのは、想像以上にシビアな判断力が求められるのだ。

 やがて男は店を出て、ノベルは自分の手が止まっていることに気付いた。目の前には既に店員の姿はなく、苦い気持ちを抱きながらテラの収納を終えると、店を出た。


「――お父様!」


 店を出てすぐに、ノベルは目を見開いた。

 先ほど出て行った男が道端で崩れ落ち、駆け寄って来た娘によって支えられていたのだ。

 目もまともに合わせられず、暗い表情で謝る父を慰める娘の姿は、なんとも嘆かわしい。

 しかしノベルにとってなによりもショックだったのは――


「――イーリン……」


 先日自分を助けてくれた女の子だったのだ。

 彼女はノベルのことには気づいておらず、声をかけようか迷った。

 しかし、今自分が声をかけたところでなにもできない。今自分が手にしている通貨なんてちっぽけなもので、彼らの商会が背負っている負債は相当なものだろう。

 

「くっ」


 無念さに拳を握りしめる。

 なんと無力なのだろう。目の前で苦しむ恩人一人救えないなんて。

 それに今近づけば、無駄に気を使わせてしまうことは間違いない。

 ノベルはきしむ心を無理やり抑えつけて彼らに背を向け、静かにその場を去るのだった。


 それから日中、ノベルはノートス中を歩き回った。

 どこも状況は似たようなもので、たまに綺麗な屋敷や上品な服を着た金持ち風の人を見かけ、なぜここまで貧富の差があるのか気になるが、少数であろうと富裕層は存在しているのだ。その点は希望でもある。


 この国に住まう人種は、主に人間、獣人、稀に鬼人とオークがいるようだ。

 人間は一般的に、勤勉で穏やかな気質が特徴の種族。他種族に比べて比較的知能が高く、手先も器用なことで知られている。

 獣人は主に、毛深く犬や猫などの動物のような身体的特徴を持つ種族。人間と比べて知能は劣るが身体能力は高く、体格に恵まれる者も少なくない。

 鬼人は頭に鋭い角が生えている人型の種族。獣人を超える戦闘能力を持ち、好戦的な性格の者が多い。最強武闘派種族として有名。

 このように、異なる種族を民として受け入れている国は多い。

 

 ノベルは適当な服屋に入り、安いシャツとズボンを買って着替えると、元々外套の内側に着ていた一張羅を売り払う。

 家紋の刺繍がされた特注品だったが、高く売れたので良しとする。

 今は王族の誇りよりも、金が必要だった。

 一日生活して分かったことだが、この治安の悪い国では他にも家なき者が大勢おり、いつ身ぐるみを剥がされるか分からない。そう考えると、もう外で無防備に寝てなどいられないと思った。


 それからは宿探しに没頭した。

 別に、宿が埋まっているという理由で多くの人が野宿しているのではないので、空き部屋は簡単に見つかりそうだった。今の資金でも一か月は生活できそうな格安の宿を探していく。


 すぐにいくつかの候補が見つかり、日も暮れ始めそうな頃。

 道をショートカットするため、ノベルは狭く暗い路地を歩いていた。

 日の当たらない通りの裏には、たまに怪しげな店が構えてあった。周囲を黒いベールで包み、外からでは商品が見えない。店主も黒ずくめで顔には布を巻き目元以外を隠している。

 ノベルは見て見ぬふりをして通り過ぎた。

 雰囲気からして闇商人だ。表では扱えないような品物を扱っているに違いない。

 建物とその隙間から夕日が差し、それに導かれるように通りに出て、そのまま横切ろうとした次の瞬間――

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