第一章 復讐の誓い

出会い

「――大丈夫ですか? 返事してください」


 肩を揺さぶられ遠くで声が響く。

 それはしばらく続き、奈落の底へ沈んだランダーの意識を刺激する。やがて彼はゆっくりと目を開けた。

 まず視界に飛び込んできたのは、女の子の顔だった。おっとりとしたつぶらな瞳が、心配そうに自分を見つめている。

 頭上の木の葉の隙間から差す日が眩しい。

 どうやらランダーは、木陰で仰向けに寝ていたようだ。


「……ここは……」


「あっ、やっと起きた! あなた、大丈夫ですか?」


 心配そうに見つめてくる女の子の呼びかけに答えず、ランダーは上半身を起こす。

 ボーっとする頭で周囲をゆっくりと見回した。

 全体的に華やかさがなく色褪せた建物の数々。歩いている人々は、くたびれた服を着て、死んだ魚のような目でトボトボと歩いている。広い通りに点在している露店は屋根として張っている布がボロボロに破れていたり、商品が適当に積み重ねられていたりと、なんとも活気がない。

 まるで貧民街のような様相だ。


「――え、えぃっ」


「あいたっ!?」


 ためらうような小さく可愛らしい掛け声と共に、頭へ小さな衝撃が走り、ランダーは自分を叩いた女の子を恨みがましく睨む。

 すると、叩いた本人は申し訳なさそうに眉尻を下げた。


「叩いてごめんなさい。で、でも無視しないでほしいですわ」


「君は?」


「私は『イーリン・スルーズ』と申します。あなたは?」


 イーリンはゆっくりだがハキハキと名乗った。

 それに応えようとしたランダーは口ごもる。


「僕は……」


 ランダー・プリステン。

 その名を口に出すわけにはいかない。

 この国がどこかは分からないが、エデンの第三王子であることを言っても信じてもらえるはずがないし、逆に密告でもされたら大変なことになる。

 ここは仮名が必要だと考えた。


「……ノベル・ゴルド―」


「始めまして、ノベルさん。よろしくお願いしますね」


「あ、あぁ……よろしく」


 慣れない名前で呼ばれたノベルは、なんだか地に足がついていないような不思議な気分になった。

 とりあえず、微笑んで手を差し出してくるイーリンの手を握る。

 改めて彼女をよく見てみた。

 まるで雪のような白い肌に薄い碧眼で、綺麗なプラチナブロンドの長髪は後ろへ流している。細身だが出るとこは出ており、包み込むような優しげな雰囲気を醸し出していた。

 着ているドレスのような服は、あまり質が良くなく薄い生地に見えるが、それでもしっかり手入れされ着こなしにも工夫が凝らされているようだ。

 所作も育ちの良さを感じさせるものだが、貴族の令嬢にしてはどこか質素。これはどういうことかとノベルが思案にふけっていると、彼女は立ち上がった。


「さてと、それでは私は行きますので」


「え? ちょ、ちょっと待って!」


「はい?」


 優雅な仕草で立ち去ろうとしたイーリンを慌てて呼び止め、ノベルは立ち上がった。

 せっかく知り合えたのだ。この見知らぬ国の情報を得ておきたい。

 それに言動や仕草から、彼女は信頼に足る人物なのだと直感した。

 

「ここには初めて来たから、なにも分からなくて困ってるんだ。少し助けてくれないかな?」


「……いいですわよ」


 イーリンは手を顎に当て逡巡したが、すぐに微笑んでノベルの懇願を聞き入れた。

 そして、近くにあった喫茶店へ移動する。

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