亡命
夜空に月が爛々と輝き、時刻が深夜を回った頃、ランダーは体を丸め馬車の荷台に乗っていた。その体の上には他の品物同様、大きな布がかけられている。
リュウエンの用意した馬車で闇夜に紛れ、検問をあざむこうという魂胆だ。
さすがの騎士も、この視界の悪さで品物にかけられた布一枚一枚を剥いで確認はすまい。
――恩人を助けるためです。このリュウエン、危険な橋ぐらいいくらでも渡りましょう――
自分を助ければ、逆賊扱いされるかもしれないぞと脅したランダーだったが、リュウエンは恐れることなく気丈に言い放ったのだった。
最も気に入っているホロウ商会だからこそ、ランダーは巻き込みたくはなかったが、ここまでくれば死なばもろともだ。
ランダーは、
馬車は闇夜に紛れ、町の外れへと進んでいく。
そして止まり、検問が始まった。
「どこの者だ?」
「ベルティ商会でございます」
「ふむ、聞かないところだな。目的地は?」
「ドルガン連邦国の外れにある『コンゴウ州』へ」
「こんな夜ふけに町を出る理由は?」
「商談の日程が急に決まりまして……」
「怪しいな」
「い、いえ、そんなことは……」
状況が芳しくないのは聞いていて分かった。
馬車に乗っている二人の商人は、リュウエンが信頼を寄せる男たちだ。
怪しさを出さないためにハキハキと答えるが、それでも騎士は用心深く手を抜かない。
「荷物はなんだ?」
「麦や果物などの食べ物でございます」
「分かった。荷物は全てこちらで確認させてもらう」
「は、はい?」
男の声が裏返る。
「なんだ? 不都合でもあるのか?」
「いえ、そんなことはございません。ですが、急いでいるゆえ、せめて一部だけではダメでしょうか?」
「ダメだ。おいっ、こっちを手伝ってくれ!」
騎士の呼びかけで、周囲の騎士たちも複数集まる。
次第に近づいてい来る甲冑のガシャンッガシャンッという足音に、ランダーの恐怖心は増大していった。
止めようと慌てて声をかける商人たちを無視し、騎士たちが荷台に上がって手前の品物から一枚一枚乱暴に布を剥いでいく。
今度こそ終わりだと、ランダーがギュッと目を瞑ったそのとき、遠くで声が上がった。
「……なんだ?」
「――ランダー王子だっ! ランダー王子が逃げて行くのを見たぞ! 早く来てくれ!」
「なにっ!?」
騎士たちは驚いて荷台を飛び降りる。
その瞬間、馬車は動き出した。
「なっ!? おい、待てっ!」
慌てて追いかけてくる騎士たちを振り切り、馬車は全速力で町の外へ。
「た、助かった……」
ずっと気を張っていたランダーは、安心したことでどっと疲れが襲ってきてまぶたが重くなる。馬車に揺られながら、いつの間にか意識を手放してしまうのだった。
――夢を見た。
経済大国であるドルガン連邦国で、投資家の実力を活かして成り上がり、エデンへと帰る夢を。そのときには、金の力を使ってでもオーキと対決し、プリステン家を解放してみせる――
「――なん、だ?」
ランダーは荷台の上で目を覚ます。
上半身を起こすと、大自然の匂いが鼻腔をくすぐった。
馬車は動いてはおらず、聞こえるのは金属が激しくぶつかり合う音。
「っ!?」
ランダーが慌てて荷台から降り、周囲を見回すと、そこは周囲に建物一つない草原だった。まだ夜明け前の暗さで、馬車の後方には森があり、前方には町のようなものが見える。
そして馬車の前で商人二人が剣を持ち、なにものかと戦っていた。
背が低く緑色の肌をした醜い顔のそれは、ゴブリンだ。
商人たちは慣れない手つきで剣を振りまわし、棍棒を持って取り囲んでいるゴブリン五体を牽制している。
「魔物……」
魔物を始めて見たランダーは足が震えた。
すると、彼の存在に気付いた商人が叫んだ。
「ランダー王子! 逃げてください!」
「で、でも……」
「こんなところであなたになにかあったら、リュウエン会長に合わせる顔がありません! とにかく逃げて――」
叫んだ瞬間、その足に棍棒が叩きつけられ、商人は膝を地につく。それでも彼は剣を振りまわした。
「あ、危ない!」
「いいから早く!」
「っ! ……す、すまない!」
ランダーは「顔を歪ませ、王族にあるまじき惨めな泣き顔を晒して駆け出した。
向かう先は、遠くに見える仄かな明かりがに照らされた町。
それがどこかは分からないが、必死に走る。
後方で断末魔のようなものが聞こえたが、もうどうすることもできない。
「う、うわぁぁぁぁぁっ!」
ランダーはただがむしゃらに駆け抜けた。
数時間もの間、走っては歩き走っては歩きを繰り返したが、幸いにも魔物に遭遇することもなく、夜が明ける頃にはようやく町に辿り着いた。
まだ朝は早いため人はいない。
「……ない」
ランダーは、そこでようやく気付く。
リュウエンに渡されていた、ドルガン連邦国の通貨『リュート』を持っていないことに。
ゴブリンたちから逃げる途中で落としてしまったことは想像に難くない。
だからと言って、どこで落としたかも分からないものを探しに引き返すこともできない。
「くっ、そぉ……」
ランダーは朦朧とする意識の中、棒のようになった足を無理やり動かす。
虚ろな瞳で町の入口付近をさまよい、やがて公園のような場所に植えられた木の幹にぶつかると、バタリと倒れ意識を失うのだった。
これが始まり。
国を追われた王子が、ゼロより這い上がるまでの全ての始まり――
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