最終章 恐れを捨てた投資家
帰還
オーキは、エデンの衰退に気付いていた。
政治家たちは国民の人気取りと次期政権の座をかけた争いに終始し、このエデンを本当に良くしようという意志は微塵も感じられない。
挙句の果てには新通貨などというものが広まり、キグスや一部の大臣の「将来性がある」という力説に乗せられ、対応を任せた。だが結果はどうだ。新たな時代が到来するというあては見事に外れ、バブルは弾けた。
それによって、多額の借金を背負った国民も少なくないという。
「――こんなものっ!」
オーキは手元に握りしめていた一枚の紙を破り捨てた。
そこに書いてあったのは、大臣からの増税の提案書だ。民に重税を課すなど、悪政の証拠ではないかと叱責したオーキだったが、そうでもしないと国の財政は厳しいのだと、泣き落とされた。
すべてが上手くいかない。
「くっ、俺が間違っていたのか……」
オーキは玉座に座ったまま俯き、両の拳を強く握りしめる。
国民からの支持は既に失い、レイス王の時よりも貧富の差は広がっていた。
しかしキグスは、自分も宰相としての支持を低下させているというのに、もう少し任期を伸ばすよう手を打てば良いと平気で提案してくる。
それがますますオーキの頭を悩ませた。
「いったいどうすれば良かったって言うんだ!?」
オーキは誰もいない玉座の間で悲痛に顔を歪め叫ぶ。
もはや、自分では民主国エデンを御しきれない。自分は王として期待などされず、ただ政治的に利用されているだけの存在だということ。オーキはそれを認めるのがたまらなく怖かった。
彼が無言で肩を震わせていると、部屋の扉が開きキグスが姿を現した。
キグスは眉にしわを寄せ、神妙な表情で告げる。
「王様、急ぎ重要なご報告がございます」
「……なんだ?」
「先日の新通貨によるエデン国内の混乱。それを引き起こした首謀者の正体が判明しました」
「なに!?」
オーキは思わず立ち上がる。
そしてキグスの口からその名を聞くと、すぐに捕えるよう命じた。
しかし精神が不安定にあったオーキは気づけない。
キグスの頬がわずかに歪んでいたことに。
――――――――――
「――本当によろしかったのですか?」
「……うん。イーリンたちを巻き込むわけにはいかないからね」
悲しげにまつ毛を伏せ問うアリサに、ノベルは淡々と答えた。
二人は再びエデンの地に戻って来た。
そこは大都市ベルセルクの郊外。
辺りは既に暗くなり、まるで以前ここから逃げ出したときまで、時間を
だがあのときとは違い、今は陰謀に対抗するだけの力を手にしていた。
「行こう」
「はい」
ノベルはアリサを連れ歩き出す。
ここに来たのは二人だけ。
本来、魔人族の報復から逃れるため、スルーズ商会はコンゴウ州へ移動すべきだとルインに提案し、各商会との縁も切った。マルベスだけは、共に来てほしいとノベルが直接頼み込んだが断られた。彼にも誇りがあるから仕方ない。キースもノートスに残ると言ったが、ノベルたちとの別れを心から惜しんでくれた。
スルーズ商会と共にノートスを出る直前になって、ノベルはルインたちに告げる。
『僕にはエデンに戻り、果たさなければならないことがあります』
と。
もちろんルインやイーリンは、手伝うと言ってくれたが、彼らを血塗られた復讐の道に引きずり込むわけにはいかない。
そして、スルーズ商会への投資をここで取り止め、元本に対する今までの利益分を所有券で受け取ると、別れを告げアリサと二人でエデンへと向かったのだ。
そのときのイーリンの悲しげな表情がノベルの脳裏に焼き付いて離れない。
『いつまでも、ノベルさんのお帰りをお待ちしておりますわ。それまで、どうかお元気で』
「……イーリン……」
彼女と過ごした輝かしい日々がノベルの心を満たす。
そして、一旦それを思い出の引き出しに封じ、覚悟を決める。
これから自分が行うのは逆襲なのだ。
おそらく、裏では魔人が糸を引いている。
一切の迷いも加減も許されない――
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